第83回目のスポットライトリサーチは、小寺政人先生と人見 譲先生が主宰する同志社大学分子生命化学研究室の、辻 朋和さんと櫻井克俊さんにお願いしました。
こちらの研究室は、生体内で起きる化学反応に分子レベルで着目し、金属タンパク質の機能モデルの開発・有機化学的応用や、化学物質によるタンパク質の機能性制御などに関する研究を行っています。最近、同研究室では、温和な条件下でC–H結合を選択的に酸化できる酵素を模倣した新規金属触媒を設計・合成し、これを触媒とするアルカンC–H結合の選択的酸化反応を達成しました。本成果は、第42回錯体化学国際会 (ICCC2016)でのポスター賞の受賞対象となり、Chem. Eur. J. のHot paperとしても注目されています。
Prof. Dr. Masahito Kodera, Shin Ishiga, Tomokazu Tsuji, Katsutoshi Sakurai, Prof. Dr. Yutaka Hitomi, Dr. Yoshihito Shiota, Dr. P. K. Sajith, Prof. Dr. Kazunari Yoshizawa, Dr. Kaoru Mieda, Prof. Dr. Takashi Ogura
Formation and High Reactivity of the anti-Dioxo Form of High-Spin μ-Oxodioxodiiron(IV) as the Active Species That Cleaves Strong C−H Bonds
Chem. Eur. J. (Hot paper), 2016, 22, 5924. DOI: 10.1002/chem.201600048
小寺先生によりますと、ポスター賞を受賞された櫻井さんはご多忙とのことでしたので、同じ所属の辻さんに本寄稿をお願いしました。
Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?
生体内には酸素分子を活性化して化学的に不活性なメタンをメタノールに高効率に変換する非ヘム二核鉄酸化酵素:可溶性メタンモノオキシゲナーゼ(sMMO)が存在します(Fig. 1)。
小寺研究室では,sMMOの高い反応性に注目し,この機能や反応活性種の電子状態を模倣する二核金属錯体の開発を行ってきました。最近,我々が開発した6-hpa二核化配位子の二核鉄錯体(Fig. 2)を用いてsMMOの酸素活性化過程に生じる中間体Pから活性種Qへの変換を模倣するモデル化合物の合成とspectroscopic identificationに成功しています。特にQの高原子価オキソ二核鉄(IV) (high-spin S=2)の電子状態を再現した二核鉄(IV)錯体は世界で唯一の例であり,この成果はJ. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 13236に報告されています。さらに最近この活性種Qの高原子価オキソ二核鉄(IV) (high-spin S=2)の電子状態を再現したモデル化合物がアルカン酸化に対して高い反応性を示すことを見出しています。この時のアルカン酸化反応の反応速度は従来最も反応性が高いと報告された二核鉄錯体よりも約600倍大きな値を示します。さらに95という非常に大きい同位体効果(KIE)を示すと伴に,アルカンにC–H結合の開裂がトンネル効果によって促進されていることも明らかにしています。これらのsMMOの高い反応性を再現することができたのは,我々の錯体が活性種Qと同じ二核鉄(IV)のhigh-spin状態を取る為であり,この二核鉄(IV)のhigh-spin状態が高い反応性に重要であることを示唆しています。さらに,この反応における活性種は構造変化(syn-to-anti transformation)を経て真の活性種を生じることも明らかにしました。これらの成果はChem. Eur. J.の”frontispecie”に選定されました(Chem. Eur. J. (Hot paper), 2016, 22(17), 5924)。
今回のポスター発表では,これらの研究成果を踏まえ,さらに高選択的なアルカン酸化を実現することを目的としました。具体的には6-hpa配位子に電子供与性基を導入した新規二核化配位子を用いて二核鉄錯体を合成し,その選択的アルカン酸化に成功した。例えば,cytochrome P-450はヘムモノオキシゲナーゼであり酸素分子を還元的に活性化し,compound Iと呼ばれる酸化活性種を生じて,様々な有機基質を一原子酸素化する。このときヘム鉄の第5配位子としてシステインのチオラト基が配位している。チオラト基は電子供与性が高く高原子価鉄(IV)オキソを安定化する。このチオラト基による電子供与効果が酸化反応の選択性を高めていることがM. Greenらによって明らかにされています。我々は,このコンセプトに基づいて,電子供与性基を導入した6-hpa配位子をもちいて,sMMOのモデル化合物においても高い選択性を実現しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究では,上記に示した様に,二核鉄錯体(III) (1)から調整される高スピンオキソ二核鉄(IV)錯体の反応性と立体電子効果との関わりを明らかにするために錯体1の側鎖ピリジル基に置換基を導入した錯体を合成し,その錯体から調整されるオキソ二核鉄(IV)錯体の反応性を評価しました。このように高スピンオキソ二核鉄(IV)錯体を実現したのは,我々の研究室が世界で唯一であり,その反応性と立体電子効果との相関を明らかにできたことに対して大変やりがいを感じています。工夫した所は,実際のアルカン酸化を行う時の反応条件の検討です。実際に錯体1はアルカン酸化に対して非常に高い反応性を示すのに対して,今回合成した電子供与基を導入した錯体では反応速度の点からは錯体1より劣りますが,アルカン酸化における選択性は高くなりました。また,反応温度を変化させたり,過酸化水素を加える速度を変化させたりした時も今回の錯体では高いアルカン酸化能力と高い選択性を示した。これらの成果が得られたことに感動しました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
配位子の合成や高スピンdi-オキソ二核鉄(IV)錯体の同定や反応性の評価です。今回新たに合成した配位子では,側鎖ピリジル基に置換基を導入する必要がありますが,これは容易ではありませんでした。二核鉄錯体の同定や反応性の評価のための速度論的解析についても,合理的な条件設定や再現性に関しては苦労しました。それ以外にもいろいろな困難がありましたが,小寺政人先生に適切な指導をいただきながらこれを乗り越えることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学を通じてというか,私の専攻している生物無機化学や錯体化学の知識を生かして酵素の機能に学んだ高機能性金属錯体触媒の開発という分野で化学に貢献していきたいと思っています。
また,どの分野の研究にも言えるかと思いますが,本当に面白い物性をもち,なおかつ触媒として有用性の高いものを創生していきたいと考えています.例えば困難な多段階の合成反応を経て化合物を合成しても,もしも残念ながらその化合物の有用性や触媒としての機能が低ければ,‘‘高価なおもちゃ’’を作っているだけであり,資源の無駄遣いになってしまうのではないかと思います。そこで,私は高い機能性や触媒活性を持つと伴にシンプルな金属錯体の開発を通して,化学の発展に寄与して行きたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回このような賞を受賞することができたのは, 私を叱咤激励し指導してくださった小寺先生や温かく励ましてくれた仲間のおかげだと思います.この場をお借りして心より深謝いたします。
参考文献
Kodera, M; Kawahara, Y; Hitomi, Y; Nomura, T; Ogura, T; Kobayashi, Y. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 13236. DOI: 10.1021/ja306089q
【研究者の略歴】
辻 朋和 同志社大学 理工学部 小寺研究室 博士後期課程 2年
櫻井克俊 同志社大学 理工学部 小寺研究室 博士前期課程 2年
研究テーマ: 酸素活性化と基質酸化に最適化された高機能性二核金属錯体の開発