キラルなα-カチオン性リン配位子を設計、合成し、Au触媒を用いた分子内ヒドロアリール化反応へ適用することで[6]ヘリセンの新規不斉合成が達成された。
α-カチオン性リン配位子
遷移金属触媒反応における配位子の重要性は高く、触媒の反応性を活かすも殺すも配位子次第である。今回はリン原子に直接カチオン性炭素置換基が結合したα–カチオン性リン配位子について紹介する[1]。
α-カチオン性リン配位子は、カチオン性置換基の強い誘起効果により金属に対し低い電子供与性をもつ。カチオン性置換基としてイミダゾリウム(1)、シクロプロペニウム(2)、ピリジニウム(3)やアミジニウム(4)をもつものが知られており、ジカチオン体(5–7)、トリカチオン体(8,9)も合成されている。Tolmanの電子的パラメータから、モノカチオン体の電子供与性はP(OPh)3と同等かそれより低く、ジカチオン体、トリカチオン体はさらに低い電子供与性をもつことが明らかになっている。
このような低い電子供与性をもつ配位子は金属に配位した際に高いπ-酸性をもつ金属錯体を形成する。この高いπ-酸性は、AuやPt触媒によるヒドロアリール化反応によって証明されている[2]。一般的に触媒的ヒドロアリール化の円滑な進行には触媒のπ-酸性の高さが重要となる。
実際、Au触媒を用いた10のヒドロアリール化反応では、配位子にP(OPh)3やPPh3を用いた場合と比べ、7aの活性がそれぞれ約20倍、500倍高く、α-カチオン性リン配位子をもつAu触媒のπ-酸性の高さが伺える。また、12の反応では、P(OPh)3やPPh3では7-exo環化体14が優先的に生成するのに対し、7aでは6-endo環化体13が選択的に得られる。論文ではこの選択性の変化も触媒のπ-酸性の高さに起因すると言及されている。
今回、ドイツのゲッティンゲン大学のAlcarazo教授らは、α-カチオン性リン配位子を不斉配位子へと展開し、Au触媒を用いた分子内不斉ヒドロアリール化反応による[6]ヘリセンの新規不斉合成に成功したので紹介する。
“Enantioselective Synthesis of [6]Carbohelicenes”
Gonzaĺez-Fernańdez, E.; Nicholls, L. D. M.; Schaaf, L. D.; Fares̀, C.; Lehmann, C. W.; Alcarazo M. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 1428. DOI: 10.1021/jacs.6b12443
論文著者の紹介
研究者:Manuel Alcarazo
研究者の経歴:
–2005 PhD, Instituto de Investigaciones Químicas (CSIC) (Prof. José M. Lassaletta)
2005–2008 Postdoctoral research, Max-Planck-Institut für Kohlenforschung (Prof. Alois Fürstner)
2009–2015 Independent Junior Group Leader at the Max-Planck-Institut für Kohlenforschung
2015– Full Professor, Institute of Organic and Biomolecular Chemistry, University of Göttingen
研究内容:カチオン性配位子開発、新規反応剤開発
論文の概要
今回、Alcarazoらはキラル部位を導入したキラルα-カチオン性リン配位子を初めて開発し、それを用いたジアリールジアルキニルナフタレン15の分子内不斉ヒドロアリール化反応による[6]ヘリセンの不斉合成を達成した(図2)。
彼らはカチオン性部位にイミダゾリウムを、キラル部位としてTADDOL骨格をもつキラルα-カチオン性ホスフォナイト配位子L1を合成した。L1はシリカゲルや空気に対し比較的安定である。L1はAuClと容易に錯形成でき、その錯体のX線結晶構造解析からAu原子が配位子の不斉反応場中深くに存在することがわかった。実際にこの配位子をもつ金触媒存在下、15を用いた[6]ヘリセン10の不斉合成へと適用し、よい収率とエナンチオ選択性で種々のキラルヘリセン17を得ることに成功している。配位子の詳細な構造活性相関は論文を参照していただきたい。比較対照実験として、同じTADDOL部位をもつホスホラアミダイト18を用いた結果、反応が進行せず、配位子上のカチオン性置換基による反応促進効果が示されている。また、種々の機構解明実験から、中間体16からの二段階目のヒドロアリール化が不斉発現段階であることが示唆された。
このように、独自の配位子開発が高効率的なヘリセンの新規不斉合成を可能にした。彼ら独自のカチオン性置換基ではない点が残念ではあるが、多くの検討から行き着いた結果であろう。本成果は有機金属化学の大家、山本明夫先生の言葉を借りれば、「有機金属化学(配位子設計)、3日やったらやめられない」[3]ことを示す例ではないか。
参考文献
- Alcarazo, M. Chem. Res. 2016, 49, 1797. DOI: 10.1021/acs.accounts.6b00262
- Carreras, J.; Gopakumar, G.; Gu, L.; Gimeno, A.; Linowski, P.; Petusǩova, J.; Thiel, W.; Alcarazo, M.; J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 18815. DOI: 10.1021/ja411146x
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有機金属化学ー三日やったらやめられない、山本明夫 有機合成化学協会誌, Vol. 49 (1991) No. 1 P 63-70. DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.49.63