Tshozoです。
タイトルの件、ACIEやNCなどの昨年分をざっと見直していましたところ、JACSの中身がずいぶん偏った特徴があった内容だったので採り上げてみることにしました(注:2017年2月5日時点でのデータに基づくものです・ご理解を)。お付き合いください。
要旨
Phil Baran教授 無双。この言葉がぴったりだと思います。
こちらのリンクから行けるここ12か月のMost Read Articlesトップ10位(ホームページの上から数えて)を貼ってみると、下記のようになります。
10位までのうち実に6報が有機化学界のスーパースターPhil S. Baran教授(研究室こちら)によるもの。しかも1位から4位までを独占し6位・7位も、という恐るべき結果なのですが、7位の結果に至っては2016年10月という年末に出したのにこんなとこまで上がってきてて、こりゃえらいことで。週刊少年ジャンプで言うとほぼ毎週巻頭カラーといったレベルでしょう。これだけ研究者の注目を集めるテーマと、それにふさわしいトレンドを創成していくのはやはりそのパワーによるもので何と言うか除雪車的な破壊力すら感じられます。勿論論文にも「季節」や「流行り廃り」があるので今回は特別なのかもしれませんが・・・別に他の論文内容がどうこうと言うのではなく、化学界全体がBaran教授に注目しているという証左なのかと。
それぞれについて筆者が述べるのはお里が知れるので今回は諦め概要紹介のみに留めますが、ポイントを2点絞って書いてみます。
①反応開発5割、全合成 3割、材料関係 2割
「Baran教授の去年の成果のまとめ」という感のある中身なのですが、基本的には全合成をメイン論文として据え、その中で出てきた汎用性の高い反応を反応開発として論文に仕立て上げてらっしゃいますね。その意味からも何のかんの言ってもやはり全合成は有機化学の王者であるのだなぁ、と。
中でも注目すべきは3位の(-)-Maeocrystal Vの全合成。OL紙上でガンへの薬効があるという論文が出て以降主要な合成ターゲットになっていました。既に先達が何例かあった同合成物でしたが、今回はステップ数短縮とブルドーザ押しまくり的合成手法検討と乱れ打ちによって出てきた感じがします。その結果も含めて色々議論を呼んでいる(詳細こちら)のですが、凄まじい実験数を淡々とこなせる熟練のワザを持つスタッフを多く輩出している同研究室でないとここまで徹底した検討は出来なかったでしょう。論文のAuthorを見るにつけ実働部隊がたった2人しかいないというのも驚愕なのですが、一つのキー物質にここまで集中して、しかも結果を出せるそのパワーにただただ圧倒されるばかりです。
また反応開発では、Macmillan教授の光レドックス反応を用いたものが9位に入っていました。この分野は近年非常に注目を集めており、光反応でなければ進まない、というか俄かには信じがたいような形式の反応も出てきている感覚を受けます。また、機会をみて取り上げてみたいところですね。
②日本人化学者の活躍
本ケムステのWebmasterは同研究室に所属されていたことがあるなど、伝統的にBaran研には結構な数の日本人化学者が所属していまして、現在も数名の方々がお見えになります。今回の論文にもお三方(Shuhei Kawamura殿、Shigenobu Umemiya殿、Fumihiko Toriyama殿)のお名前が記されており、同研究室のパフォーマンス向上に貢献されていることがわかります。ここらへんのレベルまでいくと日本人がどうの、といった議論は不適切な気もしますが・・・ともかくいずれ劣らぬ経歴の持ち主のようで、今後益々ご活躍されていくことを期待しましょう。
2016年JACSトップ10の論文にお名前が記された方々
同研究室から引用(Kawamura氏は既に同研究室を離れられているようです)
おわりに・筆者の蛇足
全合成はある意味パズル、と言うかゲームでいうと「ソロモンの鍵」というパズルものに近い気がします。ゴールは「ある程度」わかっている、敵もガンガン攻めてくる、その中で技と魔法を駆使してゴールを目指すけど、途中途中に宝物(思わぬ発見)が隠れているっていう感じ。筆者が高校生のころ「フラッピー」と共に嵌ったゲームなのですが、プレイヤーのテクが高くなければならないことは大前提として、最終的なストーリが事前に見えてないとGAME OVERっていうところもぴったり当てはまりそうです。
ファミコンの名作ゲーム「ソロモンの鍵」 旧テクモ社により発売された
石を出したり崩したりでうまくルートを組まないとゴールにたどり着けない
一方、数年前にかのWhitesides教授がNAS(National Academy Science:アメリカ科学会)で出したこちらのプレゼンテーションから文章を抜き出してみます。
上記のWhitesides教授の意見(実際には著名科学史家トーマス・クーンによるもの)に従うと、2016年JACSでメインストリームだった全合成はどっちかというとソロモンの鍵よろしくPuzzle(つまり「結果が細部まで予想出来て結果そのものが面白くない(可能性がある)けどどうやって到達すればいいのかが詳細にはやってみないとわかんね」的なこと)に分類され、これを解くには技と匠の世界に突入せねばならないことは皆様よくご存知なことだと思います。
その中で技術と知見を洗練させて先読み力を鍛え、新たな反応を仕上げて別の分野でも活躍されている方は多数お見えになりますから絶好の訓練の場だとは思います。実際製薬会社でもそうしたレベルの高い方々をまだまだ必要とされているのは間違いないでしょう。加えて、化学の「美」やパズル的な面白さを追及する分野があっていいと思いますし何事もバランスだとは思いますからその点を云々するわけではないのですが、筆者個人としては正直、Whitesides教授が主張するようにProblem Solvingに重きを置いた論文も前面に出てきてほしいなぁ、と思うわけです・・・
要は、「全合成以外の分野もガンバレ、JACS TOP10を埋め尽くすくらいに」ということを申し上げたいわけです。ドラゴンボールだけじゃジャンプが面白くないように、刃牙道だけがチャンピオンの看板ではないように、なんというかこのままではBaran教授無双が続いてしまうんでないかとすこーしだけ危惧しておるため(そうなっても別に誰も困らんのでしょうけど)、このような記事を書いた次第です。
それでは今回はこんなところで。