[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

NMR Chemical Shifts ー溶媒のNMR論文より

[スポンサーリンク]

NMR溶媒の論文といったら、あの論文しかありません。そう、各種溶媒の各種重溶媒中での NMR データをまとめた論文です。今回は、筆者が把握しているNMRのケミカルシフトが掲載されている論文4報を紹介し比較していきます。

論文概要

精製後の生成物は、溶媒を減圧留去してからNMRを測定し純度の確認と構造決定を行います。その際に、ときには溶媒が残存していたり、不純物(脂質や可塑剤。シリコングリースなど)が混入することがあります。その際に便利なものが、「各種溶媒の各種重溶媒中での NMR データをまとめた論文」です。これにより生成物のピークなのか溶媒ピークなのかを判別することができるので、合成を行う研究室にはたいてい一枚は印刷してあると思います。これがあれば新規化合物が合成できたと思ったら、実は溶媒のピークであったとがっかりすることはありません。

JOCバージョン(元祖・参考文献1)

元祖のNMR溶媒の論文で、著者はイスラエルのバル=イラン大学のProf. Abraham Nudelman氏です。ドラッグデリバリーなど、薬化学が専門。1994年にバル=イラン大学の教授となり、2008年には名誉教授となった大御所の先生です。

2017年1月現在、51万回の閲覧回数を持ち1997年に公開されたにもかかわらず未だに「Most Read Articles」の一位に君臨しています。

Organometallicsバージョン(新・参考文献2)

新NMR溶媒の論文で、2010年に掲載されたものです。有機金属錯体の合成で使うtetrahydrofuran-d8, toluene-d8, dichloromethane-d2, chlorobenzene-d5, and 2,2,2-trifluoroethanol-d3などの重溶媒が新たに追加されています。著者は、ワシントン大学とカリフォルニア工科大学のチームに加えて、JOCの元祖を執筆したイスラエルのバル=イラン大学のチームです。責任者は、ワシントン大学のKaren I. Goldberg教授で有機金属錯体が専門。2007年よりワシントン大学の教授となっています。

こちらも17万回ほどの閲覧回数を持ち「Most Read Articles」の一位に君臨しています。

参考文献2のTOCより。これまでになかった重溶媒が追加された(出典:Organometallics, 2010, 29, 2176–2179.

Organic Process Research & Development バージョン(現代版・参考文献3)

OPR&Dはプロセスに焦点を当てた論文誌で過去にケムステでも紹介しています。そのOPR&Dから2016年に現代版NMR溶媒の論文が掲載されました。こちらでは、2-Me-THF, n-heptane, and iso-propyl acetateといった実際の産業で使われる環境負荷の小さい溶媒の化学シフトを収録しています。筆者は、ダウ・アグロサイエンスのチームです。

表には、使用が推奨される溶媒か問題のある溶媒かどうかも付加されていますが、不純物の化学シフトを確認するという趣旨からは外れている気がします。

こちらは、まだ新しい論文なので1万9千回ほどの閲覧回数ですが、「Most Read Articles」の一位に君臨しています。オープンアクセスなので本文もタダで読めます。

参考文献3の一部(出典:Org. Process Res. Dev.201620, 661–667. )

Green Chem バージョン(最新版・参考文献4)

私が知る限り最も新しい論文で、コンセプトは、グリーンケミストリーに関連のある溶媒のデータ。OPR&Dと少しに似ています。筆者は、イギリスの製薬会社であるGSKとフランスの合成会社、C2M AUROCHS Industrieに加えてイスラエルのバル=イラン大学のチームです。

OPR&D同様、GSK Solvent Sustainability Guideに基づき、溶媒の環境への負荷をランク付けしています。

参考文献4の一部。なぜかめちゃくちゃカラフル(出典:Green Chem. 2016,18, 3867-3878.)

比較

各論文の掲載数を比較したのが下記の表です。現代版と最新のNMR表には、重ベンゼンが掲載されていません。やはりとても毒性が高いので眼中になかったようです。新NMR表には、たくさんの重溶媒が掲載されています。

掲載重溶媒数 掲載不純物数
J. Org. Chem., 1997, 62, 7512–7515 (元祖)  7 35
Organometallics, 2010, 29, 2176–2179 (新) 12 42
Org. Process Res. Dev., 2016, 20, 661–667 (現代版) 6 51
Green Chem., 2016,18, 3867-3878 (最新) 6 80

このように現代になってもNMRの不純物のデータで論文が受理されていることに驚きました。新しいアイディアがあればまだ、新しい論文のチャンスもあるかもしれません。

参考文献

  1.  Hugo, E.; Vadim K.; Abraham N. J. Org. Chem. 1997, 62, 7512–7515. DOI:10.1021/jo971176v
  2. Gregory R.; Alexander Miller., Nathaniel H., Hugo E., Abraham N., Brian M., John E., Karen I. Organometallics, 2010, 29, 2176–2179. DOI:10.1021/jo971176v
  3. Nicholas R., Elizabeth O., Gregory T., Belgin C., Nakyen C., Lawrence C., Carl V., Nicole M., Peter L., James A., Fangzheng L., Beth A., Benjamin M., Sarah J., Michelle R., and Qiang Y. Org. Process Res. Dev., 2016, 20, 661–667. DOI:10.1021/acs.oprd.5b00417
  4. Hugo E., Grazyna G., Graham G., Abraham N., David P., Yanqiu Q., Leanna E., Helen F., Richard J. Green Chem. 2016,18, 3867-3878. DOI:10.1039/C6GC00446F

関連書籍

[amazonjs asin=”480790633X” locale=”JP” title=”有機化合物のスペクトルによる同定法―MS,IR,NMRの併用”] [amazonjs asin=”4061543148″ locale=”JP” title=”有機化学のための 高分解能NMRテクニック (KS化学専門書)”]

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 概日リズムを司る天然変性転写因子の阻害剤開発に成功
  2. 原子3個分の直径しかない極細ナノワイヤーの精密多量合成
  3. 2020年ノーベル化学賞は「CRISPR/Cas9ゲノム編集法の…
  4. 粘土に挟まれた有機化合物は…?
  5. 配位子だけじゃない!触媒になるホスフィン
  6. 第7回HOPEミーティング 参加者募集!!
  7. 化学者のためのエレクトロニクス講座~フォトレジスト編
  8. 触媒的不斉交差ピナコールカップリングの開発

注目情報

ピックアップ記事

  1. 第四回 期待したいものを創りだすー村橋哲郎教授
  2. 乳化剤の基礎とエマルション状態の評価【終了】
  3. 科学はわくわくさせてくれるものーロレアル-ユネスコ賞2015 PartII
  4. 花粉症の薬いまむかし -フェキソフェナジンとテルフェナジン-
  5. フィッシャー オキサゾール合成 Fischer Oxazole Synthesis
  6. マテリアルズ・インフォマティクス適用のためのテーマ検討の進め方とは?
  7. 有機合成化学協会誌2021年2月号:デオキシプロピオナート構造・遠隔不斉誘導反応・還元的化学変換・海洋シアノバクテリア・光学活性キニーネ
  8. 中国へ行ってきました 西安・上海・北京編①
  9. ジェフリー·ロング Jeffrey R. Long
  10. 井上 佳久 Yoshihisa Inoue

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年1月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

モータータンパク質に匹敵する性能の人工分子モーターをつくる

第640回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所・総合研究大学院大学(飯野グループ)原島崇徳さん…

マーフィー試薬 Marfey reagent

概要Marfey試薬(1-フルオロ-2,4-ジニトロフェニル-5-L-アラニンアミド、略称:FD…

UC Berkeley と Baker Hughes が提携して脱炭素材料研究所を設立

ポイント 今回新たに設立される研究所 Baker Hughes Institute for…

メトキシ基で転位をコントロール!Niduterpenoid Bの全合成

ナザロフ環化に続く二度の環拡大というカスケード反応により、多環式複雑天然物niduterpenoid…

金属酸化物ナノ粒子触媒の「水の酸化反応に対する駆動力」の実験的観測

第639回のスポットライトリサーチは、東京科学大学理学院化学系(前田研究室)の岡崎 めぐみ 助教にお…

【無料ウェビナー】粒子分散の最前線~評価法から処理技術まで徹底解説~(三洋貿易株式会社)

1.ウェビナー概要2025年2月26日から28日までの3日間にわたり開催される三…

第18回日本化学連合シンポジウム「社会実装を実現する化学人材創出における新たな視点」

日本化学連合ではシンポジウムを毎年2回開催しています。そのうち2025年3月4日開催のシンポジウムで…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー