第76回のスポットライトリサーチは、大阪大学産業科学研究所永井研究室の鈴木和志さんにお願いしました。
永井研究室では、細胞や個体における刺激受容から形態変化までの一連の現象に関わるメカニズム及びシステムに関する研究が行われています。遺伝子工学、蛍光・発光科学、顕微鏡技術の三拍子を持ち合わせていることが特徴で、物理・化学・生物の境界を超えた、オリジナリティある研究が高いレベルで展開されている印象を受けます。
2012年に永井研究室では、nano-lantern (ナノ-ランタン)と名付けられた黄緑色の超高輝度発光タンパク質が開発されました[1]。ナノ-ランタンは従来の化学発光プローブに比べ10倍以上も明るく、感度の高いカメラ等を必要とすることなく発光を検出することが可能になりました。また、ナノ-ランタンを改変してCa2+やcAMP、ATPを検出できる発光プローブの開発にも成功しています。2015年には青緑(シアン)色およびオレンジ色の超高光度発光ナノ-ランタンも開発されています[2]。そして今回、これらの続報という形で、単一タンパク質分子を検出可能な高光度マルチカラーナノ-ランタンの開発が報告されました。
Kazushi Suzuki, Taichi Kimura, Hajime Shinoda, Guirong Bai, Matthew J. Daniels, Yoshiyuki Arai, Masahiro Nakano and Takeharu Nagai
“Five color variants of bright luminescent protein for real-time multicolor bioimaging”
Nat. Commun. 2016, 7, 13718. DOI: 10.1038/ncomms13718
プレスリリースの発表に伴い、筆頭著者である鈴木さんに研究紹介を依頼しました。研究室を主宰しておられる永井健治教授は、鈴木さんを以下のように評しておられます。
鈴木君は修士課程では有機合成化学を修め、博士課程から私の研究室に入った学生です。彼には、当研究室が長年取り組んできた大きなテーマの1つである高光度化学発光タンパク質の開発に携わってもらい、化学的に洞察に溢れ、今後の生命科学に大きく貢献する独自性の高い論文として仕上げてくれました。
これは、彼の修士研究で培った化学への深い知識と好奇心があったからこそ成し得た事だと確信しております。彼は本成果を基に3月には博士号を取得する見込みです。学生時代に学んだ化学と生命科学を武器に、彼が今後どんな研究を展開するのかが楽しみでなりません。
博士号取得おめでとうございます!というわけで、鈴木さんによる研究紹介をお楽しみください。
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?
酵素活性の高い化学発光タンパク質と5種類の異なる蛍光タンパク質をハイブリッド化することにより、従来のものより2倍から10倍明るく、水色、緑色、黄緑色、橙色、赤色に発光するタンパク質enhanced Nano-lantern (増強型ナノ・ランタン)を開発しました(図1)。5色の増強型ナノ・ランタンが完成したことにより、細胞内の5つの微細な構造を同時に計測することに成功しました(図2右)。また、増強型ナノ・ランタンを用いることで、1個単位のタンパク質分子の結合・解離を化学発光で検出することに世界で初めて成功しました(図2左)。これまで、このような計測は蛍光タンパク質を用いて真夏の日光の何倍もの強度の光を照射しながら行われており、自家蛍光や光毒性の影響が問題になっていました。増強型ナノ・ランタンは、外部からの励起光を必要としないため、自家蛍光や光毒性の影響を全く受けません。従って、これら化学発光タンパク質は細胞をより生理的な状態で実時間計測イメージングすることが可能となり、生命科学研究に大きな貢献が期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
この研究テーマに取り組む中で最も工夫したところは、”どのように蛍光イメージングに対する優位性を示すか”という点でした。ただ明るい5色の化学発光タンパク質を開発しただけでは、蛍光イメージングが主流となっている生命科学研究領域に対してインパクトのある研究成果とは言えません。そこで、蛍光観察に必要な励起光が問題となる高速な生命現象や単分子計測に目をつけて、実験をデザインしました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
最も難しかった実験は、単一分子発光の実験でした。指導教官から単一分子からの発光検出を提案いただき、最初は懐疑的であった私はしぶしぶ実験を行いました。結果は、意外な事にポツポツと輝点が存在する画像を得られ、実験前の疑念はどこ吹く風といった具合に、大いに喜びました。しかし、そこである疑問が浮かびました。
「これらの輝点は、本当に単一分子からの発光か?」
得られた輝点が凝集したタンパク質由来ではなく、単一分子由来であることを示す根拠がありませんでした。一時は論文からデータを引き下げることも考えましたが、連続画像を何気なく再生していた時に輝点がデジタル的に明滅を繰り返していることを発見しました。これをきっかけに、明滅が単一分子のガラス基板への結合と解離に対応することがわかり、速度論的な考察と合わせて、単一分子からの発光であるという根拠を示すことが出来ました。このデータはレビュアーから好評で、私の論文の大きな柱になったと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
修士課程では有機蛍光色素の合成 (Chem. Commun., 2012, 48, 765.)[3]、博士後期課程では化学発光タンパク質プローブの開発に取り組んできました。思い返してみると、私の博士課程は化学という基本原理に基づく分子プローブを探究してきたのだと感じました。その中で強く感じたのは、現在の分子プローブの用途は非常に限定的であり、圧倒的に汎用性が足りないことでした。将来は、様々な生命現象に適用できる新しく汎用的な化学のコンセプトを打ち出していこうと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。私は博士後期課程から研究室・研究手法をがらりと変えたため、成果を出し論文化にこぎつけるまでに長い時間を要してしまいました。オーバードクターになり、生活が困窮を極め、朝昼晩パスタを茹でで食べる生活をしていたときは、かなり精神的に堪えました。それでも、新しい分野に飛び込んだことで研究の視野が大きく広がり、研究者としてプラスになったと思っています。なので、若い研究者は自分の研究分野に固執せずに、どんどん新しいことに挑戦しましょう。
参考文献
- Saito, K.; Chang, Yu-Fen.; Horikawa, K.; Hatsugai, N.; Higuchi, Y.; Hashida, M.; Yoshida, Y.; Matsuda, T.; Arai, Y.; Nagai, T. Nature commun. 2012, 3, 1262. DOI: 10.1038/ncomms2248
- Takai, A.; Nakano, M.; Saito, K.; Haruno, R.; Watanabe, TM.; Ohyanagi, T.; Jin, T.; Okada, Y.; Nagai, T. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2015, 112, 4352. DOI: 10.1073/pnas.1418468112
- Suzuki, K.; Ubukata, T.; Yokohama, Y. Chem. Commun., 2012, 48, 765. DOI: 10.1039/C1CC16516J
研究者の略歴
鈴木 和志(すずき かずし)
所属:大阪大学大学院 工学研究科 生命先端工学専攻 生物工学コース 永井研究室 博士後期課程3年
研究テーマ:マルチカラー高光度発光タンパク質の開発と生命科学研究への応用
略歴:
1986年 神奈川県横浜市生まれ
2010年3月 横浜国立大学 工学部 物質工学科 卒業
2012年3月 横浜国立大学大学院 工学府 機能発現工学専攻 博士前期課程修了 (横山泰研究室)
2017年3月 大阪大学大学院 工学研究科 生命先端工学専攻 生物工学コース 博士後期課程 修了見込み
受賞歴:第20回産研国際シンポジウム&第15回産研ナノテク国際シンポジウム ポスター賞