Tshozoです。
昨今、化学系の海外企業間での買収・合併が激しいことはこちらの記事などで何回か述べたとおりです。この記事のとおり当時世界最大規模であったダウとデュポンの合併話の発表があってから1年ちょいしか経ってないのに、下記のような数千億円を超える大型買収・合併案件が何件も発生していますね(収拾がつかなくなるため医薬品関係除く)。
●Syngenta(欧州農薬最大手) →中国化工集団(買収@4.3兆円・独禁法承認済)
●Monsant(米国農薬最大手) →Bayer(買収@6.8兆円合意 独禁法審議中?)
●Air Products(米国ガス大手)機能素材部門 →Evonik(買収@4100億円 )
●Chemtura(米国特殊化学品大手) →LANXESS(買収@2400億円)
●PotashCrop(カナダ肥料大手) +Agrium(同左) →新会社(合併・売上高2.1兆円)
●Praxair(米国ガス大手)→ Linde(対等合併・売上高3.2兆円)
このように、前回描いたとおり、やはりこれまで工業材料系・マスケミカルでパワーを発揮していた各社は人間の医・食(農)・欲へ本丸を急ピッチで動かしつつあり、またマスケミカルでの生き残りを図る各社は規模拡大によるコスト・効率メリット最大化への戦略を継続する、という二極化の構造が進むのは間違いがないもようです。では一体今後どうなっていくのか・・・大規模な戦争でもない限り人口増加が進んでいくのはおそらく間違いがないでしょうからこの3点をメインとした領域で地道かつ壮絶な殴り合いが継続されていくのでしょう。
もちろんまだまだ工業材料系でやるべきことは多い印象を受けます。しかし、製薬会社での創薬・研究部門での縮小が相次ぐようなレベルの現状ではじっくり腰を据えて長期の研究開発を行う余裕は各社ともに少ない状況ですから、どこの領域においてどのような戦略で商売の置き石に注力していくか、がきっと勝負の分かれ目なのでしょう。筆者の印象としては材料系ではBAYER(Covestro, LANXESS)とBASFの先読みの力はやはり舌を巻くレベルで、その時代を読む力は圧倒的だと感じているのですが、もう1社、静かに自らの強みを活かしつつ規模拡大を進めている会社があると感じ、今回その企業を紹介することを考えました。お付き合いください。
会社の歴史と概要
ということで今回紹介するのはAkzoNobel「アクゾ・ノーベル」社。
同社のロゴ [文献1]より引用
“Nobel”が入っているその名のとおり、その歴史の中でアルフレッド・ノーベルが立ち上げたニトログリセリン系の材料を扱っていた”KemaNord”という化学会社が同社の成り立ちに大きく関わっています。また前半のAkzoというのはもともと筆者が好きなドイツの繊維会社とオランダの繊維会社がくっついてできたAKUという会社が母体になっています。一部資料によれば合従連衡した企業のうち最も古いのが1641年、ということを考えると現存する最も古い源流を持つ化学系企業と言えるかもしれません。そこらへんの本当にざっくりとした歴史の変遷を書くと下図。
創業~1994年まで[文献2]から引用 基本的に●で印をつけた企業が現状の主軸となっている
で、1994年~2008年はこんな感じ 同じく[文献2]より
実はこの後もEvonikやBASFから色々買収して、同時に分離もガンガン進めている
で、今回調べてみてはじめて知ったのですが、凄まじい回数と他分野の合従連衡を繰り返した結果、同社が存在しているのですね。ただ根っこは上記に述べた通り医薬品、化学原料、繊維等を手広くやっていたAkzoと、同じくアルフレッド・ノーベルが関わったスウェーデンの軍事関係企業であったBorfosが上記のKemaNordの後身であるKemaNobelを買収した結果出来たNobel Industriesが合併した結果できた会社であるわけで。
このように形成された同社の売上規模は2015年時点で2兆円をうかがい、化学系で言うとだいたい2015年時点で世界14位くらい(石油企業含むランキング・こちら参照ください)。従業員は約5万人に上り、売上の大半を占める同社の主力の機能性塗料・通常塗料に特殊化学品を加えた3本柱でバランスよく稼いでいます。なお同社の本社はノーベル財団の存在するスウェーデン・・・ではなく、オランダ。Akzo側の本流がもともとオランダであったことに加え、おそらくは税制上の利点を活かした結果なのだと思いますが、そういえば世界的な家具メーカのIKEAとかもスウェーデン→オランダ組ですね。
同社の規模感 下の円グラフの数字は売上比率を示す [文献1]より引用
2015年の同社の草刈り場売上比率を見てもわかるように欧州が主戦場
2000年あたりはもう少しアジア・アメリカが多かった気が・・・[文献2]より引用
買収した企業はスウェーデン・オランダ国内に留まらずイギリス、ドイツなどのEU諸国の大企業からチェコのやや小規模な塗料メーカまで独特の戦略に基づき拡大を続けている印象を受けます。
得意分野
上図の売上比率を見ればわかるように、基本的には塗料が同社の商売の基本です。ただ、その分野がとんでもなく幅広く、多岐にわたる分野で活躍しています。具体的な技術領域は下図のとおり。
同社資料[文献1]より筆者が改編して引用
Nobelに直接関係していた爆薬関連は補助剤として今も健在のもよう
産業分野以外は同社の得意な「塗装」というキーワードでくくれそうです。たとえば同社のそろえるコーティング材の世界的なブランドシリーズをざっと見てもこのくらい。
[文献3]より引用 船舶用、絶縁ワニス用、車両リペア用、木材用、建築物用など
非常に多彩なラインナップとなっている
・・・いずれも筆者の不勉強もあってあまり日本国内で見たことはないですが、たとえばICI社から買収によって引き継いだ塗装液ブランド「Dulux」は世界で使用されており、欧州を中心にDIY市場やプロ用市場でも使われている稼ぎ頭とのこと。
その他、上に挙げたIKEAなどとも開発や提携を進めており、カラーリングや木材保護材の一部にはどうも同社が関わっている模様(こちらやこちら)。実際に作る側に回るとカタチに合った色を選択するのは本当に難しく、職業的な経験に基づいた原理と何より美的感覚が必要になりますがIKEA社の製品群を見ると非常にデザインが素晴らしい感じる商品が多いので、設計に応じた色を提案し提供できる技術力には一日の長があると推測します。
で、ここ10年くらいの同社の企業活動を見ると上記に述べるように相当な数の企業の買収とJV(ジョイントベンチャー)設立を行ってきているわけですが、やはり最もインパクトが大きかったのが上の図にも記載されている2008年のICI買収(総額1.9兆円)。1990年代に途中で離れたNitro Nobelが一緒になった先の企業がICIで、何らかの関係はあったことが端緒だったと思われます。またこの買収は特殊塗料部門でのトップシェアを狙う戦略に基づいたものだと考えられ、最近でも2016年に実施したBASFの産業塗料部門の買収(総額600億円)などを行いその活動は留まることがありません。なお後者の案件は自動車関連塗料に注力したいBASF社と、幅広い分野でのシェアを確保したいAkzoNobel社との思惑が一致したと考えられます。
ただ塗装材に傾注するあまりか、企業部門で塗装材に関係ない部門を買収後すぐに切り飛ばすようなことをやっているケースも見受けられます。もちろん何らかの意思があってのことなのでしょうが、ここらへんのスピード感は国内企業にはなかなか見受けられないですね(早ければいいってもんではないですが)。なおこうしたM&AやJVの絵を描くことは会計士や法務関係の仕事であるケースが大半なので基本的に技術屋の出る幕はあんまりないのですが最終的に方向性を決定するのは経営者・部門責任者でありますので、民間企業に行かれた各位共々是非昇進していかれて企業としての方向性を創り出せるような人物になられることを切に願っております。
補遺&おわりに
現在のAkzoNobel社の成り立ちを振り返るとわかる通り、小規模~大規模の買収と合併によりその業態・規模を拡大してきた会社です。このため個々の企業が持っていた粒のそろった技術のラインナップは充実しているものの、(大変不遜な書き方をいたしますが)同社による独自技術というのはあまり目につきません。つまり旧Dupontにおけるテフロンや、3Mにおけるノベック、旧ICIにおけるPE・PEEKといったような「代表品目」が歴史を見ても正直なところあまりピンとこない。しかし逆に言えば企業体として多様な文化と多様な人材、多様な分野の商品のコントロールが極めて上手であるからこそ100年以上も生き残ってきているのだという気がします。
そうは言っても買収による規模拡大だけで会社が継続出来るわけもなく、実際には同社も地道な開発を続けており、たとえば同社の大きな成果としてアスファルト添加剤の「WetFLEX」や「Rediset」シリーズ、及びエアバスA380やボーイング787に採用された航空用の特殊コート材「ECLIPSE」があります。特にRedisetは、これまで焼き付けが必要だったアスファルト工事において焼き付け不要とした画期的な材料です。もともとはSASOLやシェルが開発していた(らしい)のですがこれに界面補助剤を工夫したようで、各国で大きな成果を挙げています。一方航空・宇宙分野で使われる特殊ペイントや表面仕上げ剤はとんでもなく苛烈な環境にさらされることから、何をどう使うかは非常にノウハウが必要になる点です。
クアラルンプールで使用されたケースの「WETFIX」(左) 飛行機のような巨大な負荷がかかる滑走路での採用
またアスファルト敷き時の結着温度降下剤「Rediset」(右)によるヒューム量減少効果は一目瞭然
今回色々同社のことを調べて、筆者の目につかないところで活躍する材料はまだまだ数多くあり、まだまだ体験すべき知識、より深く検討していくべき技術領域は数多くあるのだと勉強になることしきりでした。なお同社の日本法人(こちら)は歴史は比較的長いものの規模はやや小さいため、今後塗装をはじめとした強みを活かされて発展されていくことを祈って今回のまとめとさせていただきます。
それでは今回はこんなところで。
【基本的な文献類】
1. Akzonobel “Capital Market Day” 2015年版 こちら
2. Akzonobel “The history of Akzonobel” こちら
3. Akzonobel “2015 Report” こちら