[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

テルペンを酸化的に”飾り付ける”

[スポンサーリンク]

高度に酸化されたシキミセスキテルペンPseudoanisatinの全合成が報告された。原料である天然物の環拡大反応と、鉄触媒によるC–H結合の酸化的な”飾り付け”(官能基化)が本合成の鍵である。

様々な酸化様式をもつシキミセスキテルペンと合成

セスキテルペン類(Sesquiterpene)は、3つのイソプレンから構成される天然物である。その中でも、シキミから50種類ほど単離されたシキミセスキテルペン(Illicium Sesquiterpenes)は、各々ユニークな生物活性が報告されており、これはγ-Aminobutylic acid (GABA)受容体への作用の違いに起因する。seco-prezizaane骨格に様々な酸化様式をもつ化合物が報告されており(図1A)、生物活性だけでなく、構造的にも合成化学者の注目を集める化合物群である。[1,2]

シキミセスキテルペン類の合成は、seco-prezizaane骨格の構築法と酸素官能基の導入法、その2つが合成化学者の腕の見せ所と言える。

例として、(-)-jiadifenolide (4)の全合成を2つ紹介する (図1B)。Sorensenらは、ロビンソン環化反応によりシクロヘキサン環を構築し、Pd触媒を用いたC–H酸化により酸素官能基の導入を行うことで、合成容易な原料から4を18 工程で合成した。一方で、Shenviらは、同時Michel付加を利用してseco-prezizaane骨格を一挙に構築し、4を僅か8工程で合成することに成功した。

今回、カリフォルニア大学バークレー校のMaimone助教授らは、シキミセスキテルペンの生合成経路を参考にすることで、(+)-pseudoanisatin (1)の初の全合成を報告したので紹介する(図1C)。

“Oxidative Entry into the Illicium Sesquiterpenes: Enantiosecific Synthesis of (+)-Pseudoanisatin”

Hung, K.; Condakes, M.-L.; Morikawa, T.; Maimone, T.-J. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 16616.

DOI: 10.1021/jacs.6b11739

彼らは、原料として5–5縮環された天然物 (+)-cedrol (10)を用い、5–6縮環構造への環拡大反応、鉄触媒を用いたC–H結合の官能基化(酸化)を鍵反応として1の合成を試みた。

図1. シキミセスキテルペンの全合成例と生合成経路(一部)

 

論文著者の紹介

研究者:Thomas J. Maimone

研究者の経歴:

-2004 B.S. University of California, Berkeley (Prof. Dirk Trauner)
2005-2009 Ph.D, The Scripps Research Institute, CA (Prof. Phil S. Baran)
2009-2012 Posdoc, MIT, Massachusetts (Prof. Steve L. Buchwald)
2012- Assistant Professor at University of California, Berkeley

研究内容:天然物の全合成

論文の概要

1を、5–5縮環構造をもち酸素官能基が少ない (+)-cedrol(10)から合成するにあたり、

  1. 5–5縮環構造から5–6縮環構造への環拡大
  2. 不活性なC(sp3)–Hの官能基化

の二つの反応が必要となる。環拡大反応は、α-ケトール転位により達成した。10から3工程で誘導した12に対して臭化銅(II)を用いることで、ケトンのα位を分子内カルボン酸により直接アシルオキシ化、続く加水分解により、α-ケトール14が中間体として生じる。14は加水分解における塩基性条件下で転位を起こし、目的の5–6縮環構造をもつ15を与えた。α-ケトール転位は、酸性・塩基性のいずれの条件でも進行するが、本反応においてはカリウムイオンの存在が必要であると述べている。

一方で、C(sp3)–H官能基化は、酸素官能基の少ない10を、”飾り付ける”にあたり、必須となる反応である。反応は15の水酸基をTBS基で保護した16の、分子内のカルボン酸部位を配向基とし、鉄触媒[3]を用いることで進行し、16のメチン水素が官能基化(酸化)されたγ-ラクトン化合物(17-19)を与えた。低収率・保護基の脱離が起きているものの、アルキルエーテルやシリルエーテル、他のC–H結合の存在下で、C(sp3)–Hの官能基化に成功したことは特筆すべき点である。

詳細は本論文を参照されたいが、この後、17および18のγ-ラクトンを開環し、エーテル部位と縮合させることで、ε-ラクトンに組み直し、最後に生じたアルケンのジヒドロキシル化反応でヒドロキシ基を2つ導入することで、(+)-pseudoanisatin (1)の全合成(12工程)に成功した。

図2. (+)-Pseudoanisatinの合成

参考文献

  1. (a) Niwa, H.; Nisiwaki, M.; Tsukada, I.; Ishigaki, T.; Ito, S.; Wakamatsu, K.; Mori, T.; Ikagawa, M.; Yamada, K. J. Am. Chem. Soc. 1990, 112, 9001. DOI: 10.1021/ja00180a067 (b) Ogura, A.; Yamada, K.; Yokoshima, S.; Fukuyama, T. Org. Lett. 2012, 14, 1632. DOI: 10.1021/ol300390k (c) Kende, A. S.; Chen, J. J. Am. Chem. Soc. 1985, 107, 7184. DOI: 10.1021/ja00310a076
  2. (a) Siler, D. A.; Mighion, J. D.; Sorensen, E. J. Angew. Chem., Int. Ed. 2014, 53, 5332. DOI: 10.1002/anie.201402335 (b) Lu, H.-H.; Martinez, M. D.; Shenvi, R. A. Nat. Chem. 2015, 7, 604. DOI: 10.1038/nchem.2283
  3. Gomeź, L.; Garcia-Bosch, I.; Company, A.; Benet-Buchholz, J.; Polo, A.; Sala, X.; Ribas, X.; Costas, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2009, 48,5720. DOI: 10.1002/anie.200901865
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. トコジラミの話 最新の状況まとめ(2023年版)
  2. 世界初のジアゾフリーキラル銀カルベン発生法の開発と活性化されてい…
  3. 快適な研究環境を!実験イス試してみた
  4. 第16回ケムステVシンポ「マテリアルズインフォマティクス?なにそ…
  5. 2007年ノーベル化学賞『固体表面上の化学反応の研究』
  6. 「脱芳香族的二重官能基修飾化反応の研究」ーイリノイ大学David…
  7. キラルアミンを一度に判別!高分子認識能を有するPd錯体
  8. 小スケール反応での注意点 失敗しないための処方箋

注目情報

ピックアップ記事

  1. トムソン:2008年ノーベル賞の有力候補者を発表
  2. 世界医薬大手の05年売上高、欧州勢伸び米苦戦・武田14位
  3. 三角形ラジカルを使って発光性2次元ハニカムスピン格子構造を組み立てる!
  4. マイクロ波合成装置の最先端!
  5. 繊維強化プラスチックの耐衝撃性を凌ぐゴム材料を開発
  6. 寺崎 治 Osamu Terasaki
  7. ふるい”で気体分離…京大チーム
  8. 【書籍】「ルールを変える思考法」から化学的ビジネス理論を学ぶ
  9. ポンコツ博士の海外奮闘録XVIII ~博士,WBCを観る~
  10. 2018年3月2日:ケムステ主催「化学系学生対象 企業合同説明会」

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年1月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポ…

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の開発

第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願い…

第57回有機金属若手の会 夏の学校

案内:今年度も、有機金属若手の会夏の学校を2泊3日の合宿形式で開催します。有機金…

高用量ビタミンB12がALSに治療効果を発揮する。しかし流通問題も。

2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン…

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー