第72回目となるスポットライトリサーチは名古屋大学工学研究科(忍久保研究室)の大学院生(博士後期課程)である野澤 遼さんにお願いいたしました。
同研究室では、有機π電子化合物の合成とくにポルフィリン様化合物に注目し、π共役有機分子の効率的変換反応の開発と、新規π電子化合物の設計と機能性・反応性の開拓を行っています。
今回、インタビュー頂いた研究はポルフィリンの一種でありながら反芳香族化合物である「ノルコロール」を重ねてみたらどうなる?といった研究。一見、単純な発想ですが、秀逸な合成法がその化合物の創成を実現し、かつ得られた化合物が芳香族性を発現するなど面白い物性も有しています。本研究結果はNature Communication 誌に掲載され、名古屋大学からプレスリリースされたことからインタビューへの依頼となりました。
Stacked antiaromatic porphyrins
Nozawa, R.; Tanaka, H.; Cha, W.-Y.; Hong, Y.; Hisaki, I.; Shimizu, S.; Shin, J.-Y.; Kowalczyk, T.; Irle, S.; Kim, D.; Shinokubo, H. Nat. Commun. 2016, 7, 13620. DOI: 10.1038/ncomms13620
主宰教授である忍久保先生は、筆頭著者である野澤さんのことをこう評しています。
野澤君は困難があってもめげないガッツのある人物です。それに、いい感じで野心家でもあります。こっそり実験して面白い結果を出してきて私を驚かすことも多いです。今回の研究は、結晶中での三重積層構造の発見からスタートして、かなり時間がかかっています。ノルコロール二量体の合成と物性測定により、野澤君が決着をつけてくれました。今後、どんなすごい化合物を作ってくれるのかと楽しみにしています。
野心家の野澤さんに今回の研究結果や苦労した点などについておききしました。忍久保先生のインタビューも同時にback to backで公開しましたので合わせて御覧ください。
Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?
私は「反芳香族化合物を積層させて、三次元的な芳香族性を発現すること」に成功しました。
芳香族化合物は高い安定性を持ち、プラスチックから医薬品に至るまで私たちの生活に必要不可欠な分子です。反対に、反芳香族化合物は一般に不安定です。反芳香族化合物の性質に関して、「積層した反芳香族化合物が三次元的な芳香族性を示す」という理論計算による興味深い予言[1][2]がありました。しかし、前述の通り反芳香族化合物は不安定であり、これまで積層した反芳香族化合物の合成は達成されておらず、積層反芳香族化合物の三次元芳香族性を実験的に証明した例はありませんでした。
今回の研究では、反芳香族ポルフィリンであるノルコロールを基本単位として用いることにより、積層型ノルコロール二量体の合成に成功し、この分子において三次元芳香族性が発現していることを明らかにしました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
ノルコロール二量体合成の最初のステップであるアリルメルカプタンの導入は、私が以前取り組んでいたノルコロールの位置選択的直接官能基化の研究[3]を応用したものです。官能基化の研究をしていた時から「せっかく新しい反応を見つけることができたのだから、何かかっこいい構造を持つ分子を創りたい」と思っていました。また、ただ構造がかっこいいだけではなく、反芳香族化合物だからこそできる面白い性質をもつ分子を合成したいと思っていました。結果として、前駆体の合成で私が見出した官能基化の反応を応用でき、反芳香族化合物の面白さを存分に活かした分子を合成できたことに満足しています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
前駆体であるノルコロール単量体の合成および単離に苦労しました。前駆体は反芳香族性をもつため不安定であり、扱いが大変でした。そのため、最初のうちは何度反応を行っても、痕跡量の化合物しか得られませんでした。しかし、諦めず粘り強く反応条件や単離方法を検討することで前駆体を合成、単離することができました。目的のノルコロール二量体が初めて合成できた時、その高い安定性に驚いたことは今でも覚えています。さらに、様々な物性測定から三次元芳香族性の発現が明らかになるにつれて「苦労して合成した甲斐があったな」と思いました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
誰よりも化学を楽しみ、化合物を愛でることができる研究者を目指したいです。それと同時に、ただ自分が楽しむだけでなく、新たな可能性や感動を社会に届けられるような研究者にも憧れを抱きます。50年後、100年後にも社会を支えられるような分子や技術を創りたいと思っています。そのためにはまず、目標に対する強いこだわりを持ち、最後まであきらめない姿勢を大切にしたいと思います。また、豊かな発想力を養いたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
先日、幸運なことに2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智先生のご講演を拝聴しました。大村先生が最後に仰った「One encounter, one chance〜一期一会〜」という言葉が特に心に残りました。一つ一つの現象との出会い、一つ一つの化合物との出会い、そして一つ一つの人との出会いを大切にすることが、どの分野の科学においても大事なのではないかと思っています。
最後になりましたが共同研究でお世話になりました共著の先生方、様々な共同研究の機会をくださりました新学術領域研究「π造形科学: 電子と構造のダイナミズム制御による新機能創出」にこの場を借りてお礼申しあげます。また日々、自由奔放に研究に取り組ませてくださる忍久保洋先生をはじめ忍久保研究室のスタッフの先生方、共に研究に励んでいる忍久保研究室の学生(特に日々ディスカッションに付き合ってくれる後輩)の皆さんのサポートがなければ達成できなかった研究だと思っています。厚くお礼申しあげます。
参考文献
- C. Corminboef, P. R. Schleyer, P. Warner, Org. Lett. 2007, 9, 3263-3266. DOI: 10.1021/ol071183y
- D. E. Bean, P. W. Fowler, Org. Lett. 2008, 10, 5573-5576. DOI: 10.1021/ol802417n
- R. Nozawa, K. Yamamoto, J. Y. Shin, S.Hiroto, H. Shinokubo, Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 8454-8457. DOI: 10.1002/anie.201502666
関連リンク
研究者の略歴
所属:名古屋大学大学院工学研究科化学・生物工学専攻 有機構造化学研究室(忍久保研究室) 博士後期課程1年
研究テーマ:積層型反芳香族ノルコロールにおける三次元芳香族性の発現
略歴:
1992年静岡県静岡市生まれ
2014年3月岐阜大学工学部応用化学科卒業(村井利昭教授)
2014年4月名古屋大学大学院工学研究科化学・生物工学専攻博士前期課程入学
2016年3月名古屋大学大学院工学研究科化学・生物工学専攻博士前期課程卒業
2016年4月名古屋大学大学院工学研究科化学・生物工学専攻博士後期課程入学
平成28年度日本化学会東海支部長賞、第48回構造有機化学若手の会ポスター講師賞受賞。