量子ドットとは三次元的な量子閉じ込め構造そのもの,若しくはそのような構造をもつ物質のことを指します。半導体を利用したデバイスや,量子コンピュータなどへの利用などが期待されています。
はじめまして,Eineと申します。現在,中国は北京に住む大学院生です。主に物理化学に関する記事を執筆していこうと思っています。よろしくお願いします。
さて,タイトルの通り,今回は量子ドットというものに関するお話です。量子ドットは「Natureダイジェスト」6月号(出版:シュプリンガー・ネイチャー)で紹介されたり,本サイト 2016年ノーベル化学賞候補者リスト1でも,コロイド状半導体ナノ結晶(量子ドット)の発見2としてLouis E. Brus(ルイ・ブラス)氏の受賞を予測しています。では量子ドットとはそもそも一体どのようなものなのでしょうか。
冒頭に述べたとおり,量子ドットとは三次元的な量子閉じ込め構造そのもの,若しくはそのような構造をもつ物質のことです。今回は物質に関して,いくつか応用例も示しながらお話したいと思います。
量子ドットとは
量子力学を学習し始めた学生が解かされる問題である,量子井戸の問題。これは一次元的な量子閉じ込め構造とも言えます。
これと同じように,三次元的に量子閉じ込め構造を作れば量子ドットになります。
量子閉じ込め効果の半導体への応用研究は1960年代のIBMで既に行われていたと言われています。その後,量子ドットは,1981年にAlexey I. Ekimov 氏によってCuCl結晶の中で4,1984年にLouis E. Brus氏によってコロイド溶液の中で2発見されました。
コロイド状の量子ドットは,例えば以下のような形状をしています。
これはゼロ次元に近い物質となるため,電子の状態密度は離散化します。(理論上,完璧なゼロ次元では状態密度はデルタ関数となります。)
また,電子は不確定性原理に従います。
不確定性原理
量子閉じ込め領域のサイズがこの時電子の Δx に値します。数式からわかるように Δx が変化すると,その変化に応じて Δp が変化します。そして Δp の変化は電子自体のエネルギーにも影響を及ぼします。加えて,電子の状態密度は離散化しているため, Δx の変化は最終的にエネルギー準位の変化をも引き起こします。
量子ドット半導体
例えば,半導体という観点で着目すれば,閉じ込め領域サイズの変化に応じて以下の図におけるバンドギャップエネルギー E が変化します。より具体的に述べれば,以下の図のように L を小さくすればするほど は大きくなります。
これをLEDとして用いれば,閉じ込め領域サイズの変化に応じて異なる色で発光するものが出来上がるというわけです。
量子ドットを利用した発光デバイスには多くのメリットがあります。大きさが一様な量子ドットであれば,バンドギャップに応じたエネルギーしか持たないため,非常にスペクトルピークが鋭い発光をします。この特徴はより高い精度で色を再現することを可能にします。また,理論上達成できる量子収率が非常に高いため,デバイスの省電力化の可能性も秘めています。加えて,そもそも量子ドット自体が既存の半導体等とは全く異なる特徴や生産方法を持つため,デバイスの生産プロセス自体に大きな革命を起こす可能性を持っています。
量子ドットコンピューティング
量子ドット内の電子はトンネル効果などの量子力学に従う性質を持つため,その性質そのものをセルオートマトンとして利用し,量子コンピュータ(量子ゲート)を作れないかという研究もなされています。2次元で1つの例を紹介したいと思います。
1つのセルオートマトンごとに4つの量子ドットを用います。上の図において,円となっている場所に電子は1つずつ入ることが出来ます。1つのセルごとに2つの電子を入れることにします。黒く塗りつぶされた円が電子の入った量子ドットだと考えてください。
すると電子同士の斥力が存在するため,上の図の2つの状態が安定な定常状態となります。これを論理回路として用い,上記の2つの状態を0と1として用いようというわけです。今回は上の図のように,それぞれを 極性:+1, -1 としましょう。また,セルを跨いだ電子同士の斥力もはたらくことにします。
もちろん定常状態は極性が+1もしくは-1のようになるのですが,量子ドットどうしは,それぞれのポテンシャル障壁に応じた十分に近い距離に位置しているため,電子が隣り合った空間にトンネル効果を起こして移動することがあります。
たとえばこのセルを4つ,一列に横に並べたとしましょう。左端のセルはコントロールが可能であるとします。
(a)ではまだ全てが+1の状態で並べたままですが,ここで,左端のセルを-1に変えてみます(b)。すると,隣り合うセル同士で電子間にはたらく斥力から,左端から2つめのセルは-1の極性がより安定な状態となります。それに続きその右隣も-1の極性が安定になり,続いて右端のセルも-1の極性が安定となります。
これを俯瞰して見てみれば,左端のセルをインプットとして,右端のセルがアウトプットとなる回路のようなものが出来たと言えるわけです。この量子ドットセルオートマタは,電子デバイスの小型化において問題となる量子効果そのものを使っているため,量子効果を弊害としません。また,電流が流れることもないので,抵抗発熱等も起こしません。加えて,極性が+1,-1以外の状態を保持することも可能です。
おわりに
これ以外にも,量子ドット太陽電池や量子ドットレーザー,光バーコードなど,他にも多くの応用例が現在模索されています。量子ドットは既存デバイスの改善や,新規デバイスの発明という可能性を秘めています。これからの発展も目が離せません。
関連図書
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- ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2016年版】
- L. E. Brus, Electron-electron and electron-hole interactions in small semiconductor crystallites: The size dependence of the lowest excited electronic state, J. Chem. Phys., 80, 9, 1984
- Aldrich, Material Matters, Vol 2, No.1, 2007
- A. I. Ekimov and A. A. Onushchenko, Quantum size effect in there-dimensional microscopic semiconductor crystals, JETP Lett., 34, 6, 1981