第73回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院工学研究科関研究室の向井孝次さんにお願いしました。
関研究室では、有機分子や高分子物質の集合体(ソフトマテリアル)の界面組織化と光の精密利用をテーマに研究が展開されています。様々な分子・高分子組織体の組織化手法の開発、組織化状態の動的機能の制御、界面での光応答分子設計など、ソフトマテリアルに関する多彩なテーマをやっておられるのが特徴です。
関研究室の研究対象のひとつに、高分子ブラシがあります。基板面に対して垂直方向に伸びたブラシ構造は、ガラス転移温度や摩擦特性、生体適合性などに特異性を有し、学術的に興味深いことから世界中で広く研究が進められています。しかし、ブラシ構造をつくる表面開始リビング重合法は合成上のスキルを要し、重合操作で必ずしも目的通りのものができるわけではありませんでした。
今回、関研究室から新しい高分子ブラシ調整法が報告され、プレスリリースとしても発表されました。
Koji Mukai, Mitsuo Hara, Shusaku Nagano, Takahiro Seki
High-density liquid crystalline polymer brushes formed via surface segregation and self-assembly,
Angew. Chem., Int. Ed. 2016, 55, 14028. DOI: 10.1002/anie.201607786
筆頭著者である向井さんにインタビューさせていただいたので、ぜひお楽しみください。
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?
高分子材料の表面・界面は、その高分子鎖の凝集構造や配向によって、材料の濡れ性、摩擦性、分子吸着性、生体適合性などの多様な機能を発現することが知られています。近年では、精密高分子重合技術の発展により、高分子鎖が高密度に基盤に対して垂直配向した高分子集合体(一般にポリマーブラシとよばれる)が調製できるようになり、その特異な高分子物性が注目されています。このような垂直に配向する高分子鎖は、従来、基盤に固定化された重合開始末端から高分子鎖を均一に成長させる表面開始リビング重合によって合成する手法が一般でした。
本研究では、液晶性アゾベンゼン高分子から構成される液晶性ブロック共重合体を、汎用性高分子であるポリスチレン基材に少量混合して加熱するだけで、「液晶性ブロック共重合体がポリスチレン基材表面に偏析(*)し、自己組織化の作用で主鎖が表面に垂直に配向する」という現象を見出しました(図)。この現象を利用することによって、これまで煩雑な合成手法によって調製されていたポリマーブラシ構造が、高い高分子主鎖の伸長状態を維持しつつも、より簡便に調製できることがわかりました。
(*)表面偏析…二つ以上の成分を混ぜて膜を作った際、表面エネルギーの小さな成分、高分子であれば低分子量、あるいは柔軟・枝分かれの多いものが表面へ偏在しやすい。こうした物質が表面へ移動することを表面偏析という。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究では、高分子混合膜の表面および内部の分子配向と構造を、接触角測定、X線光電子分光測定、透過型電子顕微鏡(TEM)観察、紫外可視吸収スペクトル測定、斜入射小角X線散乱測定により解析しました。そのなかでも思い入れがあるのは、液晶性高分子鎖が形成するポリマーブラシの膜厚をTEMで観察したことです(図)。異種高分子同士の混合膜は、内部と表面でそれぞれの組成が大きく異なるので、高分子の混合膜に含まれる液晶性ブロック共重合体が、膜の内部でどのような相分離構造をとっているのかを明確にとらえる必要がありました。表面に偏析している液晶性高分子鎖が形成するスキン層をTEMによってとらえられたことで、ポリスチレン基材に少量添加したブロック共重合体が表面選択的に偏析していること、偏析した高分子鎖の膜厚から液晶性高分子鎖が高い伸長状態をとっていることが明らかになりました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
上で述べた高分子膜の断面TEM観察は思い入れがあると同時に苦戦もしました。電子顕微鏡の試料作製は誰もが苦労を経験されていると思いますが、私自身もはじめは、染色処理した断面の相構造のコントラストが見えなかったり、膜断面を包埋する樹脂の剥離が起きたりして、画像解析できるような像を得るのに一年ほどかかりました。ドロくさい作業ですが、試料を包埋する樹脂の柔らかさや重金属の染色度合いを少しずつ変えて検討することでこの問題を乗り越えました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私が所属する関研究室では、高分子や液晶などの界面の構造制御を中心に研究を行っていまして、それらの分子が集合してつくられる構造と物理的性質のつながりが明らかにされていく過程にとても研究の面白さを感じています。新規分子から新しい機能素材を生み出す研究も魅力的ですが、ありふれた材料でも、分子の階層構造をうまくコントロールして、物質が本来有する機能をフルに生かしてあげるような材料設計に携わっていきたいです。それによって、実社会で生かされるようなインパクトの高い技術を生み出せたら幸せですね。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私が研究室に入って感じたのが、化学の先生方はエネルギッシュで体力がある方が多いということです。熱心に研究していると、どうしてもスポーツなどをする機会が減ってしまいますが、研究活動を末永く続けていくのに、科学への好奇心に加えて体力や持続力も大切なのだと感じています。たまには、外の空気を吸って体を動かして、頭をリフレッシュする時間をつくってみませんか?私自身も趣味でやっているランニングを、実験の隙間をうまく見つけていつまでも続けていくことが目標です。
最後になりましたが、本研究を進めるにあたり親身なご指導・アドバイスをいただきました関隆広教授、永野修作准教授、原光生助教および研究室メンバーの方々に心より感謝申し上げます。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
研究者の略歴
向井 孝次 (むかい・こうじ)
所属:名古屋大学大学院工学研究科物質制御工学専攻 関研究室 博士後期課程1年
研究テーマ:高分子高密度ブラシ膜の自己集合的な形成とその応用
経歴:1991年京都府伊根町生まれ。2014年3月名古屋大学工学部化学・生物工学科卒業、同年4月同大学工学研究科物質制御工学専攻修士課程に入学。2016年3月修士課程修了後、同年4月同大学博士課程に進学。