第74回のスポットライトリサーチは、京都府立医科大学医学部医学科鈴木研究室の博士課程大学院生である太田 庸介さんにお願いさせていただきました。
鈴木研究室は医学部・医学科にありながら有機化学やケミカルバイオロジーを中心とした研究を行っています。特に最近は「創薬を目指したエピジェネティクスの分子技術に関する研究」を推進しており、多くのエピジェネティクス制御化合物を見出しています。
主宰教授である鈴木孝禎教授は太田さんと今回の研究結果に関して以下のように述べています。
とにかく太田くんがすごいのは、不屈の精神力ですね。太田くんは、どんなにネガティブデータが出ても、全くへこたれません。ポジティブなデータが出るまで、とことん頑張れる精神力を持っています。知力、体力に加え、この精神力が彼の最大の武器です。最近は、どんどんオリジナルのプロポーザルもするようになってきて、ものすごく頼もしく思っています。今後、どんな研究を展開してくれるのか、太田くんの将来を楽しみにしています。
実は私も鈴木先生とはアメリカで同じ研究所で働き、同じアパートメントに住んでいたというつながりから、いくつかの共同研究をさせていただいています。太田さんは大変仕事がはやく共同研究プロジェクトでも活躍してくれました。今回の結果が論文として発表され、さらに京都府立大学からプレスリリースされたことからインタビューをお願いした次第です。
“Targeting Cancer with PCPA-Drug Conjugates: LSD1 Inhibition-Triggered Release of 4-Hydroxytamoxifen”
Ota, Y.; Itoh, Y.; Kaise, A.; Ohta, K.; Endo, Y.; Masuda, M.; Sowa, Y.; Sakai, T.; Suzuki, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 16115–16118. DOI: 10.1002/anie.201608711
それでは御覧ください。
Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください
本研究で我々はLSD1を高発現するがん細胞で薬物を選択的に放出する小分子化合物の開発を行っています。
リシン特異的脱メチル化酵素1 (LSD1) は乳がんをはじめ多くのがん細胞に高発現し、がん細胞の増殖に関与している酵素です。我々は代表的なLSD1阻害薬trans-2-phenylcyclopropylamine (PCPA) のLSD1阻害機構に注目し、PCPA-drug conjugate (PDC) を設計しました (図1a) 。
PDCはLSD1を高発現するがん細胞でLSD1阻害を引き金に薬物を選択的に放出し、抗がん作用を示します。我々はPDCの一例としてPCPA-tamoxifen conjugateを設計・合成しました (図1b) 。
この化合物はLSD1阻害を引き金に乳がん治療薬の活性代謝物4-hydroxytamoxifen (4OHT) を放出し、LSD1とエストロゲン受容体の機能を二重に阻害することで抗乳がん作用を示すことが分かりました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
化合物の設計です。本研究で目指す化合物は水中で酵素と反応して分解する性質のため、化合物の水中での安定性と反応性のバランスを図るのに薬物の組み合わせとその修飾箇所等かなり試行錯誤しました。
苦労したのもあって、自分で設計した化合物がLSD1存在下対応する薬物を放出したときはとても感動したのを覚えています。
現在、PDCの薬物放出の一般性の確認や生物活性の向上を目指したPCPAの芳香環の最適化研究等の試みも行っており、日々どのような化合物を作ろうかと楽しく考えています。今後、山口先生との共同研究 (ACIE, 2015 DOI: 10.1002/anie.201409186, OBC, 2016, DOI; 10.1039/C6OB01483F) をここでも生かしたいと考えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
化合物の細胞での機能評価全般です。特に、今回発表した論文の場合、細胞内でPCPA-tamoxifen conjugateがLSD1阻害を引き金に4OHTを放出しているかどうかを確認するのに苦労しました。考えられる生物学的なコントロール実験をいくつも行いましたが、4OHT放出のLSD1依存性を証明する明確な実験結果は得られませんでした。
そこで、化学的な視点に立ち返り、PCPA-tamoxifen conjugateのPCPA部分をなくしたコントロール化合物を設計・合成しました。その結果、PCPA構造に依存してエストロゲン受容体の機能を抑制することが分かり、PCPA-tamoxifen conjugateからの4OHT放出がLSD1阻害を引き金としている可能性を示すことができました。
化学と生物学の両面から幅広く可能性を探ることで直面している問題を解決することができ、視野を広くして物事を見る大切さを身にしみて感じました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
今後も化学を利用したものづくりの研究を続けたいと思っています。特に、創薬化学やケミカルバイオロジーに関する研究を行い、少しでも医学、薬学、生物学等の発展に役立つような新規の生理活性分子を作りたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回の研究テーマは化学・生物学の実験共に多くの試行錯誤の連続でしたが、最終的には目的の機能を持つ化合物が得ることが出来ました。研究は失敗がつきものだと思いますが、一つ一つの失敗を活かして、次の実験につなげていけば、事態は好転するように思います。
最後に本研究をすすめるにあたり、ご指導頂いた鈴木教授、伊藤講師をはじめ共同研究者の皆様に厚く御礼申し上げます。
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研究者の略歴
所属:京都府立医科大学大学院医学研究科 鈴木研究室 博士課程4年
研究テーマ:LSD1阻害をトリガーとした二重機能型抗がん剤の開発