2017年はじめて、そして第75回のスポットライトリサーチは、東京工業大学中村・布施研究室の御舩悠人博士にお願いしました。
同研究室では、有機合成化学を基盤に創薬研究やケミカルバイオロジー研究分野での技術革新を目指した研究が行われています。新合成方法論開拓という基礎研究のみでなく、例えばホウ素中性子捕捉療法といった応用研究まで広く展開されています。
反応開発、合成、応用と様々な柱を有する同研究室ですが、今回、その柱のうちの一つである「化合物群の迅速構築を指向した連続的カップリング反応の開発」からマイクロフロー合成法を駆使した難関ペプチドの全合成が報告され、プレスリリースとしても発表されました。近年急速に注目を集めているマイクロフロー合成法によって、創薬研究に新たな道ができたといえる成果だと思います。
Shinichiro Fuse, Yuto Mifune, Hiroyuki Nakamura, and Hiroshi Tanaka
Total Synthesis of Feglymycin based on a Linear/Convergent Hybrid Approach using Micro-flow Amide Bond Formation
Nat. Commun. 2016, 7, 13491.
DOI: 10.1038/ncomms13491
そこで、実際に研究に携われた御舩さんに研究紹介をお願いしました。御舩さんは現在、米国スクリプス研究所Dale L. Boger研究室に長期留学されており、そちらでは生物活性化合物の探索合成研究をされているようです。今後の益々の活躍が楽しみです。
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?
マイクロフロー法を駆使することで、副反応(ラセミ化)を起こしやすいアミノ酸を多数もつ抗HIV・抗菌ペプチドのフェグリマイシンを合成した研究です。この化合物は非常にラセミ化しやすい置換フェニルグリシンを多数含むことから、1残基ずつペプチド鎖を伸長する一般的な方法(直線的合成法)では合成が不可能とされてきました[1]。
今回我々は、マイクロフロー法を駆使して、トリホスゲンによりカルボン酸をわずか0.5秒で活性化し、アミンと反応させることで、ラセミ化を抑制することに成功しました。そして、直線的合成法によるペプチドフラグメントの合成と、それらのカップリングによるフェグリマイシンの全合成を達成しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
我々が独自に開発したマイクロフローアミド結合形成法[2]を応用したところです。以前我々はマイクロフロー法を駆使した「カルボン酸の迅速かつ強力な活性化」という概念に基づくペプチド合成法を開発しました。
本研究では、開発した手法に対して、用いる溶媒や反応温度、保護基を工夫することにより、非常にラセミ化しやすいアミノ酸への適用を可能にしました。また、オリゴペプチドの合成では溶解性の低い中間体の精製が困難になることが多いですが、副生物が除去容易な本手法を用いることにより、簡便な分液操作と再結晶操作でほとんどの中間体を精製できたことは、合成を進めるうえで大きな利点になりました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
3,5-ジヒドロキシフェニルグリシン(図中の青で示したアミノ酸)のラセミ化を抑制することが困難でした。このアミノ酸は、フェグリマイシンの中で最もラセミ化しやすいアミノ酸です。しかし、入手が困難で、数カ月をかけて合成した貴重なアミノ酸であったため、化合物をふんだんに使った網羅的な反応条件検討はできませんでした。
そこで、入手容易な置換フェニルグリシンで網羅的な条件検討を行い、3,5-ジヒドロキシフェニルグリシンを用いた検討数を最小限に抑えました。その結果、一部溶媒の変更でラセミ化を抑制できる条件を見出しつつも、全合成のために十分な量のアミノ酸を残すことができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
有機合成化学を軸とした「ものづくり」にこだわりたいです。私はこれまで手法論開発や探索合成、天然物全合成など様々な研究を行ってきましたが、どんな研究テーマでも化合物を合成しているときが最も楽しいので、今後も有機合成の研究に携わりたいです。
また、研究成果が論文等にとどまることなく、実際の製品や生産技術に利用されて、ものづくりを発展させることで社会に貢献したいです。例えば、マイクロフロー法は実生産に有利といわれていますが、「興味はあるもののなかなか手を出せない」という声をよく聞くので、そのハードルを下げることのできる、実用的な研究を展開できればと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
本研究は、私が博士課程に進学した際に標的化合物としてフェグリマイシンを提案したことから始まり、3年間やりたいようにやらせてもらった研究です。
今研究室に所属している、もしくはこれから配属される学生さんは、多かれ少なかれ自分のやりたいことを持っているかと思います。私は、やりたいことをするためには、やるべきことで手を抜かないことが大事だと考えています。研究は一人ではできません。やるべきことをしっかりと務め上げて、先生や周囲の信頼を勝ち取ってください。そうすれば挑戦の幅が広がると共に、思わぬチャンスが転がり込んでくると思います。
最後に、本研究を含め、東工大でお世話になった布施新一郎准教授、田中浩士准教授、中村浩之教授、現横浜薬科大学の高橋孝志教授、そして中村・布施研究室、田中浩士研究室、旧高橋・田中研究室のメンバーにこの場を借りて心より御礼申し上げます。
参考文献
- Dettner, F.; Hänchen, A.; Schols, D.; Toti, L.; Nuβer, A.; Süssmuth, R. D. Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 1856. DOI: 10.1002/anie.200804130
- Fuse, S.; Mifune, Y.; Takahashi, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 851. (open access). DOI: 10.1002/anie.201307987
- 2014年1月に東京工業大学よりプレスリリース「安価な試薬を用い短時間(<5秒)・高収率のペプチド合成法を開発」
研究者の略歴
御舩 悠人 (みふね・ゆうと)
東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 中村・布施研究室 博士研究員
(アメリカ スクリプス研究所 D. L. Boger研究室 留学中)
日本学術振興会特別研究員PD
2016年3月 東京工業大学 理工学研究科 応用化学専攻 博士課程修了(田中浩士准教授、布施新一郎准教授)
学位論文題目「マイクロフロー法を基盤とするペプチドとビタミンD類縁体の合成研究」
2016年4月より現職
受賞等:2015年7月 野依フォーラム若手育成塾 第一期塾生、2015年9月 第32回有機合成化学セミナー 優秀ポスター賞、2016年3月 日本化学会 第96春季年会 学生講演賞