Tshozoです。既にエントロピー誕生から151年目になっています。151年目も150周年のうちに含まれると天の声がしたので引き続き書いていきます。前回はクラウジウス個人のことでしたので、今回は本題のエントロピーのことを書きます。釈迦に説法の部分が多々あると思いますが、どうか暖かい目で生殺し願います。
ルドルフ・ユリウス・エマニュエル・クラウジウス(再掲)
ファンクラブでも作ったら2人くらいは会員が来てくれるでしょうか
エントロピー概念の変遷(再)
アウグスト・ホルストマンの回でエントロピーのことを恋愛状態に例えたりしましたが、「結局エントロピーとは物理的に何なのか」を表現できていませんでした。ただクラウジウスによるエントロピー主論文(1865年)は元の文章がアレ難解なのでアプローチの本質はなかなか窺い知れない(筆者が)。あと何でここから統計力学が出てくるのかの必要性も感覚的に納得できない。
ということで今回はクラウジウスの混迷に始まりボルツマンによるわかりにくい統計力学的なエントロピー発案未満までのステップを歴史の裏道から追ってみることにしました。もちろん、既にボルツマンとギブスという不世出の2人の天才によって統計力学という形で100年くらい前にほぼ完全に説明しきられているし、わざわざ先人がしくじった道を描いてどうすんだってご意見もありましょう。ですが、「(人間は)真理を逡拒にした故に其れに値する真理に到達した(“… kommt zur Wahrheit, indem und insofern es sie zueruckgestossen hat.“)」という言葉もある通り、しくじりの顛末を描いてみるのも何か意味があるんじゃなかろうかと思って書いていきます。なお今回主に参考にした[文献1]は、同じく毎度参考にしている[文献2]山本義隆著「熱学思想の史的展開」の「その後」に該当する、いわば統計力学の導入部とも言える内容ですのでご興味がある方は一読されることをお勧めいたします。
①エントロピーに至るそもそもの歴史的経緯
エントロピー概念の発端は、クラウジウスがまだ幼少時に発表された「蒸気機関の最高効率は何で決まるか」という問いに端を発したサジ・カルノーにより骨組みを構築されたピストン内の気体に関する熱力学第一法則、
注:1~2番目は等温過程、2~3番目は断熱過程ということにしておいてください
この式です。こういうシリンダをもとにしたモデルが熱力学の基礎として出来上がったのは、歴史的に当時勃興していた「蒸気機関が何の法則に従うか」を明らかにするための単純化モデルが必要だったからでした。クラウジウスの正しい解釈により完成をみたこの式、現代でみれば「熱量dQを物体(基本的には気体/クラウジウスは水蒸気を特に意識していた)に与えたら、内部エネルギー増加dUと外部仕事PdVに消費される」(注:上記の図ではmghというエントロピー変化の無い純粋な力学的エネルギーに変換される、というのが正しいかと)という至極あたりまえな式なのですが、1850年当時に「熱は保存されず、消費される(変換される)」主張をするのは勇気の要ったことではなかったかと。
そしてクラウジウスが色々この式をいじっていた時に気が付いたのが、「(特に理想気体の場合、そして摩擦やめんどいことを全て無視した場合)両辺をTで割ると保存量が出てくる」ということでした。ここで先走りますがヘブライ大学のアリー・ベンナイム教授の提案(こちらの書物の最終章)に従った方が今後の都合がいいので上の式を「両辺をkTで割ってぐるっと経路積分かけるとピストン内の気体に関する保存量が出てくる」と書き替えると
上の過程とこの図の過程を合わせて可逆サイクルが成立
なお「完全」可逆サイクルにするにはエントロピーが行きと帰りで1ビットしか変化しない力学的エネルギーで戻すしかない
(厳密にはその1ビットを動かすデーモンが必要になるのでは・・・)
に気づいたことになります。詳細な計算はともかく、式の意味は「ピストン内の気体について元の状態(平衡状態)に戻ったら戻る値がある」くらいに考えていただければ。この「保存量」をおさらいすると「平衡後の状態(圧力、温度、体積)が決まれば一意に決まる値」のことで、位置エネルギーや内部エネルギーと同じ分類のものですね。
では何が一体保存されているのか。エネルギーとかは具象的なイメージがすぐ浮かぶのですが、この「実体がよくわからんけど保存量」というエントロピーほどイメージしにくいものは無い。どう説明すればいいのやら、とクラウジウスも相当困ってたみたいです。歴史的にクラウジウスの主な成果として認識されているのはこの後「Kompensation」という概念を経由してから「エントロピーとは不可逆性の指標である」、として提唱したところまでです。しかし、実はクラウジウスはこの後もランキン、ボルツマンらと並行してエントロピーの増加とは、そして不可逆性とは物理的に一体何なのかを追及していました。この1865年前後のクラウジウスの論文を色々眺めてみると「機械論的・力学的世界観」に基づき、エントロピーを出来る限り機械的・直観的に解釈しようと苦悩していた様子が見てとれます。
ここは筆者の推測ですが、[文献2]にもみられるように、もともとクラウジウスは「研究は実学(工学)につながるものだ」という理念を常に持っていたように思います。事実彼の論文冒頭でも、蒸気機関がどうエネルギーを生み出すか、社会にどれだけ貢献しているか云々の記述が頻繁に見られます。そしてエントロピーという抽象的な概念を何とか工学的にわかりやすい表現にしようと苦闘していた形跡、それが下記3つの論文のもようで。特にA論文の冒頭では分子論に踏み込まねばならないことをあらかじめ記載しており、エントロピーが結局マクロ的には解釈し得ないことをある程度把握していたように伺えます。
A. “Ueber die Anwendung des Satzes von der Aequivalents der Verwandlungen auf die innere Arbeit”, Ann. Phys. 1862, 192, 73.
「内部仕事に係る変換の当量に対する(熱力学の諸)法則の適用について」
B. “Ueber die verschiedene fuer die anwendung bequeme Formen der Hauptgleichungen der mechanischen Waermetheorie” Annalen der Physik, 1865, 201, 7.
「熱の力学的理論の基礎方程式の(多方面の)応用に便利なる形式について」
C. “Ueber die Zueruckfuehrung des zweiten Hauptsatzes der mechanischen Waermetheorie auf der allgemeine mechanischen Principien”, Poggendorffs Annalen, 1870, 141, 124.
「一般力学法則に依る力学的熱力学第2法則の再検討について」
日本語でも理解できないこのタイトル群を見るだけで嗚咽が出ますが、まぁざっと見ていきましょう。今回はまずAとBから。
「Disgregation=分散」概念の提唱とエントロピーへのあてはめ
A論文表紙 エントロピー主論文の3年前(1862年)に発行
この頃から1871年までにかけ、分子論的に解釈しようとしていたもよう
A・Bはホルストマンの記事でも書いたように、「Disgregation」という概念の導入に関する論文。Disgregationとは「分散」と訳されますです。クラウジウスはこの論文で「熱力学第二法則の式におけるエントロピー増加とは、『熱的なエネルギーの分散 Y』の増加、そして『物理的な分子の位置の分散 Z』の増加の和である」と主張しました。ただ上の式では原文と違い1/kTで割ってしまったのでそれぞれY’, Z’とすると
という関係が成り立つことを主張したことになります。この時点でエントロピーが本当に加算量であるのかどうかは疑問があるため、ここでクラウジウスが特にdZ’に注目して持ち込んだのは下記の仮定。
Z’以外の文字は本論文内の表記に従った なおJは上で言う内部エネルギーU、pは圧力
クラウジウスは論文中でコロコロ文字表記を変える癖があったようだが、
議論ごとに整理するためにそうしたのかどうかはどうにも不明
つまり温度が上昇すると分子同士がその結びつきを緩める方向に進むことに注目し、その値を外部仕事と関係させることを考え出したわけです。これは「熱は、力学的粒子の位置変化を引き起こし、その結果の外部仕事は絶対温度に比例する」(“Die mechanische Arbeit, welche die Waerme bei irgend einer Anoerdnungsanderung eines Koerpers thun kann, ist proportional der absoluten Temperatur, bei welcher die Aenderung geschieht.”)というなかなかムチャな仮定です。要はZ’≠Z'(T,V)、かつZ’=Z'(V)と置いてしまったということ、しかも一番簡単にZ∝Vと置いてまったと。分子間力のかなり少ないヘリウムの低濃度ガスならそういうことも有り得るような気がしますが・・・。是非はともかく(現代から考えると理想気体にしか当てはまらないのは明らかですが)ここらへんのクラウジウスの考えとしては
「体積がデカくなりゃ分子がバラバラになるだろう、それが分散Zの増加じゃ。そして分子同士の平均距離(の対数的)増加がエントロピーの増加じゃ」
という解釈をしていたことになりましょう。サイクルが回って元の状態に戻れば、分子の配置も元に戻るから(たとえ途中が不可逆行程であっても)系のエントロピーの値は元に戻ることになる、と。非常に直観的でわかりやすくないでしょうか。
この点、まずモデルケースとして理想気体における断熱系での真空中への気体の自由拡散でのZ’について考えましょう。この場合平衡前後で温度が変わらないので上の式でdU=0となり dY’=0 のはず。となるdZ’の変化量は、理想気体の状態方程式を使い、第2項だけを積分して
NAはアボガドロ定数、nはモル数です
と表せます。これにより、Q=0、つまり外と熱や仕事のやりとりが無い断熱変化においてもエントロピーが増えるケースについて、分散という値に対応したdZ’が増えることになります。なおこれで増えたエントロピーは、これを補完することのできる外力を加えなければ元には戻りませんからこのプロセスは不可逆、ということになります(注:可逆プロセスでもエントロピー変化量は同じだが、外部に上図で挙げたような位置エネルギーなどのエントロピー変化の「無い」形でエネルギーが保存されていれば元に戻せるので不可逆ではなくなる)。
一方、右辺第1項の分散とは何なのか。これもエネルギーの「分散」、要は構成粒子のエネルギー密度が薄まると増大する値だと考えられます。上記のモデルと少し違いますが、エネルギーに「距離」という概念が当て嵌められると仮定すると、下のような熱容量が猛烈に巨大な熱溜りから低温物体への熱拡散の場合、
エネルギーが距離の離れた分子へ「分散」した結果として、上記の値をあてはめることが出来ます。クラウジウスはこのY(Y’)の方についてはあまり考察をしていなかった(ように見える)ためこのように考えていたかどうかは疑問が残りますが、アナロジーとしてはZ(Z’)と同等の考えで成立しそうではないでしょうか。
こうした検討から、クラウジウスは「エントロピーは物理的意味を持っていて、しかも熱の『カタチ』と分子間の『距離』と大きな関係がある」という予測を出します。つまりエントロピーはエネルギーや仕事とセットで「エネルギーのかたち」を表現するものでもあり、そのかたちは状態量であって、系の変化があれば変換され、状態が戻れば必ず元に戻り、仮に分散の増加として表される熱拡散や自由膨張などの不可逆過程を元に戻そうとするためには系外から仕事を加えなければ戻せない、ということがこのモデルの一面の解釈と考えられます。
この表現、是非はともかく直観的にはなんかわかりやすい表現な気がします。今回のクラウジウスの推定に基づいて考えると、特に理想気体を対象とした熱力学上のエントロピーは上記で述べたように「熱エネルギーの拡散度合」と「構成粒子の拡散度合」の対数の和で示され得ることが推定されるわけです。ということは温度がゼロになりゃ基本的に熱的にも物理的にもその拡散度合は自動的にゼロになりますから、単原子分子(の完全結晶)とかだと絶対零度ではS→0となることは感覚的に理解できますよね(理論的に負に発散する可能性があるため、実際には厳密な理論付けが必要・また実際の単原子分子であるHe4はT→0でも固化しないが、ここらへんは今の筆者の知識を遥かに超えるので割愛)。
また、不可逆であるのも分散がきちんと系内で保存されるか、という点で理解できそうです。一番最初の図で示した可逆サイクルのように、エントロピーが大きくなったとしてもその系外で熱or分子位置の「分散の増大」が発生しない位置エネルギーにより補償されていれば、このピストン内のガスのエントロピーはきちんと元に戻せる=可逆的、なわけですが、上で述べた真空への単純拡散だけだと分散が準備され、発生されることになるので元に戻せない=不可逆、と判別できるわけです。もちろんその真空状態を作るための機械的仕事が準静的な過程により系外に位置エネルギーとして保存されていれば部分的に可逆的になるかもしれませんが、まぁこんなのは現実的なモンじゃないですね。
話を元に戻しましょう。実際、この分散という解釈が成り立った例として、以前採り上げたホルストマンがこの式を応用して物質の昇華時の平衡圧で正しさを示したように、分子間力がかなり少なく、理想気体とみなせる場合にはある程度正しいと言えるようです。この結果を一部修正して再掲しますが
このように分散Zという概念から高い蓋然性と実験的証拠を以て現象を推定しつつ、比較的容易な式で平衡圧を推測できることが出来たわけです(1873年・[文献4])。[文献1]によると、ボルツマンによる状態関数からもこうしたことは導出できる(らしい)のですが数式乱舞でとにかく分かり辛い! 難解な有難いお経を唱えれば幸せになるわけではないのと同様、我々は現象とその数学的な表現との整合性、具象イメージを理解したいだけなのです・・・それに比べこの分散という概念は実際に起きている現象をうまくイメージ出来たからこそ、ホルストマンが現実の材料(五塩化リン、臭化ヘプタンなど)に適用出来、その結果化学熱力学の扉を開く端緒となったのではないでしょうか。そのことを考えると歴史の中でこの概念が果たした役割は、(たとえかなり一般性が低いものだったとしても)決して小さくなかったのではないか、と主張したいわけです。
この後この「分散」概念に根付き、クラウジウスは論文Cをもとに「分散Zとは、時間平均的な分子間の距離の拡大である」と解釈して気体のエントロピー概念を発展させていこうとします。しかしながら稀代の天才ボルツマンや英国軍ランキン・マクスウェル・テイトとの殴り合い論文誌上での議論の結果、最終的にこのモデルが花開くことはありませんでした。おそらくお気づきと思いますが、色々無茶な仮定を置いていたのがその理由です。それゆえに、後にボルツマンが大成させたエントロピー概念の中の、極めて特殊なケースに限られる概念となってしまった、というのがオチになりますが・・・さらに長くなりそうなので今回はここらへんで。
なんせ150周年なのでもう少し続くのです。
【参考文献】
- Guenter Bierhalter ”Die mechanichen Entropie- und Disgregationkonzepte aus dem 19. Jahrehundert; ihre Grundlagen, ihr Versagen und ihr Entstehungshintergrund” Arch. Hist. Exact Sci., 32, 1985, 17-41
- 山本義隆 ”熱学思想の史的展開 3″
- 朝永振一郎 “物理学とは何だろうか” 上・下
- August Horstmann “Theorie der Dissociation” Annalen der Chemie und Pharmacie, 170, 1873, 192-210