皆さん、数学は好きですか? 筆者はそちら方面には才能が無かったせいか、知識は大学1年レベルで止まっております・・・(苦笑)。そんなレベルの筆者であっても、数学が織りなす世界観からは、全てを圧倒しうる”凄み”を感じて止みません。
・・・おっとと、このブログは「化学者のつぶやき」=化学ブログ。なにも数学話をメインにしたいわけではありません。
数学は時に物質の発見にも役立つ、という事例を紹介したいのです。
つい先日、東大工学部の藤田誠教授・藤田大士研究員のグループから発表された研究成果は、そんな「数学のチカラ」が予測する超分子構造体の発見物語です。
“Self-assembly of tetravalent Goldberg polyhedra from 144 small components”
Fujita, D.; Ueda, Y.; Sato, S.; Mizuno, N.; Kumasaka, T.; Fujita, M. Nature 2016, 540, 563-566. doi:10.1038/nature20771
ゴールドバーグ多面体とは
一連の話の基礎知識となる「ゴールドバーグ多面体 (Goldberg Polyhedron)」について、まずは簡単に解説しておきます。
人名を冠する多面体は、以下の二群が有名です。定義上の制約が厳しいため、限られた種類のみ存在するとされています。
一方のゴールドバーグ多面体は、ごくごく簡単に言うと「アルキメデスの立体を構成する面が、平面でなくともよい」とゆるく捉えたものに相当します(より詳しい議論はWikipedia(英語)の記事をご参照ください)。一連の図を眺めていただくとイメージ容易ですが、もともとは6角形と5角形の組み合わせに基づき考案された多面体です。自然界でいうと高次フラーレン類や、人工物で言うとゴルフボールのディンプルなども、この構造に分類されることが知られています。
また、各頂点から生えている辺の数によって、「価数」を定義できます。例えば下図a)の様な6角形―5角形の組み合わせは、「3価」のゴールドバーク多面体と定義されます。下図b)のようなものは、「4価」です。
この多面体は、特定の記述法則に基づく「特徴量Q」を変えることで、際限なく大きなものを考案できます。以下は4価ゴールドバーグ多面体群の例ですが、理論上は無限に存在します。
数学理論で多面体の存在を予測!
藤田研究室では平面四配位構造をもつ金属イオン(M)と、適切な折れ曲がり角を持つ有機配位子(L)を自己組織化させ、巨大な超分子構造体を作り上げる研究に長年取り組んでいます。たとえば先日のスポットライトリサーチ記事で紹介した同グループの最新成果[1]は、M30L60錯体=90成分自己組織化体の創製です。これはアルキメデス立体の一種(二十・十二面体)を超分子構造体で実現したものに相当します。
この流れにあって次なる標的は、当然ながらより複雑なアルキメデスの立体=M60L120となるわけです。
しかしM60L120合成を様々に検討する最中に得られた化合物をX線像で捉えると、狙った構造ではなく、まったく新しい構造体M30L60であることが分かりました。
そしてこの構造を数学的に紐解いてみると・・・なんとアルキメデスの立体ではなく、「4価のゴールドバーグ多面体(Q = 5)」であることが分かったのです!
ゴールドバーグ多面体群は、グラフ理論を用いることで端的な記述が可能です。この記述理論をもとにすれば、より大きな特徴量Qを持つ、さらに巨大なゴールドバーグ多面体M48L96(Q = 8)も合成できるのでは?と考えられました。配位子の折れ曲がり角度から言えば、これも許容な構造体だからです。
M30L60は実のところ準安定構造なのではないか?とする考察に基づき、さらなる条件検討を続けたところ・・・構造体M30L60に付随する副生成物としてそれが取れてくることが分かりました。
かくして144成分もの自己組織化プロセスを経て生成するM48L96の有する、4価ゴールドバーグ多面体構造(Q = 8)のX線像が明らかにされました。理論的予想に基づく実験トライアル(丁寧な結晶観察)が為しえた、画期的発見です。
構造解析はやっぱり大変!!
こうして、自然界・人工系いずれからも報告例のない「4価のゴールドバーグ多面体」を持つ物質2つを発見・合成することができました。
しかしながらその道筋は一筋縄ではなく、何よりも構造決定に困難を極めた様子が論文からは読み取れます。
巨大自己組織化体の宿命として構造は不安定、質量分析条件でも壊れてイオンピークが見えない、多成分系ゆえNMRはブロード化して情報にならない、DOSYスペクトルでもM30L60とM48L96が区別できない・・・などなどの困難に直面し、定番分析法がことごとく討ち死にします。
最終的にはやはり単結晶X線構造解析が、構造決定の唯一の手立てとなりました。しかしながら結晶構造の大部分(70-75%)はvoid spaceであり、結晶取得にも時間がかかる(2~3ヶ月)、高解像度のX線像を得ることも至難でした。構造体が重元素(Pd, Se)を含むため、キー原子の位置はある程度決められました。そのうえで最大エントロピー法(というデータ精密化を経ること、得られた電子密度へのDFTを行なうことで、構造のfinalizeに至っています。
人工物でありながらタンパク結晶のレベル(2.85Å分解能)が解析上限ということで、まさに自然と人工の境界系にある構造体といえるでしょう。
おわりに
「数学のチカラ」を化学の世界に援用することで、新たな構造体を見いだしうる研究戦略の実効性が、今回見事に実証されました。本論文を参考にすることで、自然界からも新種の構造体が見つかってくるかもしれません。「あ、これってアリなんだ!?」との視点を世界の研究者に提示できることが、優れた基礎研究の為しえる効能だからです。また本研究が提示する「人類が至れる超分子構造体の合成限界はどこにあるのか?」という謎も、興味深い一つでしょう。
本論文の読み味はかつて体験したことの無いものであり、良くできた冒険小説を読んでいるかのような心持ちに浸れました。化学どっぷりな身からはなじみの薄い話も含みますが、読者の皆さんにも是非一読をお勧めしたいです。拙い解説ではありましたが、本研究の凄さが少しでも伝われば幸いです。
最後に、筆頭著者でもあり責任著者の一人でもある藤田大士先生から、本研究に関するコメントをいただきましたので紹介させて頂きます。
この仕事のハイライトは、i) 予想外の新規構造を得てから、ii) その生成に対する合理的な説明を一から構築し、iii) そのもっともらしさを予言通りの分子合成をもって示した、この一連の流れにあります。単なる新規構造の合成報告に留まらなかったところが評価されたのではと感じています。
かく言う私も数学の知識が大学1年レベルで止まっているクチですので、数学といえども、三角関数程度しか使っておりません。理系の方ならきっと理解に支障はないと思います。紙幅の都合上、数学的議論はこの解説には含められなかったとの事ですが、是非とも一度本文の方を読み解いて頂き、この面白さを共有して頂ければうれしい限りです。
実は「車輪の再発明」となってしまったため、学術論文としては文献を引用するのみに留まってしまったのですが、①パラジウムが四配位であること、②すべての辺の長さが等しいこと(有機配位子は伸び縮みしないので)、これに対称性の仮定を加えるだけで、本文で述べた新しい多面体系列を演繹的に求めることができます。紙の上で求められたQ=h^2+k^2という二つの自然数の二乗和からなる非常にシンプルな数列が、この予想外の新規構造のみならず、これまで藤田研究室が過去に報告してきた自己集合錯体群まで遡って統一的に説明できることに気付いた時には、興奮のあまり手が震えました。笑 一見複雑に見える現象も非常にシンプルな式で表現できる事に、自然現象の深遠さを感じずにはいられません。
個人的には、熱力学的な安定構造を対象とする自己集合の科学と数学(幾何学や代数学)は、本質的には相性がよいのではないかと感じています。ダイナミクスを追うのであればコンピュータを用いた物理シミュレーションに頼らざるを得ませんが、最終生成物を議論する自己集合の科学では、今回のような紙と鉛筆の議論で事足りてしまうことも有り得るのではと。今回報告したアプローチが自己集合系の設計する際の一つの指針になること、ひいては機能を持った新物質の開発に繋がることを期待しています。
藤田大士
関連動画
関連文献
- (a)“Self-Assembly of M30L60 Icosidodecahedron” Fujita, D.; Ueda, Y.; Sato, S.; Yokoyama, H.; Mizuno, N.; Kumasaka, T.; Fujita, M. Chem 2016, 1, 91. DOI: 10.1016/j.chempr.2016.06.007 (b) “生物に学ぶものづくり―幾何学の定理×自己集合=巨大分子構造体の創製” 藤田大士、藤田誠 化学 2017, 72, 37.
- (a) “The MEM/Rietveld method with nano-applications — accurate charge-density studies of nano-structured materials by synchrotron-radiation powder diffraction” Takata, M. Acta Crystallogr. 2008, A64, 232. doi: 10.1107/S010876730706521X (b) “Protein encapsulation within synthetic molecular hosts” Fujita, D. et al. Nat. Commun. 2012, 3, 1093. doi:10.1038/ncomms2093