今回は研究現場の話題を取りあげてみます。
有機合成化学の世界では、化合物の合成後に残る有機溶媒を飛ばしたり、容器内部を不活性ガスに置換する目的で、油回転真空ポンプを使います。皆さんの研究室でもお使いのところは多いのではないでしょうか。
実験に無くては成らないものですが、筆者のラボでは最近やたらと故障頻度が高くなりました。運用台数が多いことも一因かも知れませんが、修理代も馬鹿になりません。
なんとかして故障頻度を減らせないか?・・・ということで、周りの人づてにどうやったらマシになるのか?を尋ねてまわりました。ヒアリング過程で分かったことは、現場ユーザの理解もまちまちで、対策も経験則・ラボ文化に大きく依存しているということです。
ならば、一つのスタンダードを理解して周りと共有しておけば、研究現場の方々に有益な情報になるのではないか?と考えました。
今回は、筆者独自に拾い上げた現場・業者の見解をまとめる形で、真空ポンプの故障が起こる原因と、その回避策を紹介してみたいと思います。
真空ポンプはなぜ壊れるのか?
筆者の属する研究室では、佐藤真空製の油回転真空ポンプを主に使っています。ポンプメーカーとしては昔から定評があり、話に聞く限りでは耐久性もかなり高く、普通に使う限りそう壊れないとのこと。
とはいえ実際に壊れているわけで、この原因を追及すべくヒアリングを試みてみたところ、
【オイルに水・有機溶媒・酸が混入してしまうこと】
が故障を引き起こす最大のリスクファクターではないか、との結論に至りました。
判断根拠は人それぞれでしたが、参考になりそうな現場の見解・経験談をいくつか列挙しておきます。
・水や溶媒は、ポンプ内部の錆びを促進させる
・ポンプ停止中に酸などでオイルの重合が促進され、できる高粘度物質がよくない、べったりしたものを掃除で取ると動き始める
・溶媒留去に使わないグローブボックス用ポンプは長持ちしている
・高沸点溶媒(水・DMFなど)の留去に使うポンプの故障頻度が特に高い
故障頻度を下げるにはどうすればいい?
上記の要因を考慮するならば、
- 水・溶媒・酸をオイルの中になるべく入れない
- 水・溶媒・酸がオイルに入ったら、なるべく外に出す
ことが故障防止に有効な対策だといえます。各ラボで実施されている代表的対策を、以下に列挙してみます。状況と予算に応じて採用頂くのがいいと思います。
①アルカリトラップ、冷却トラップを接続する
そもそもポンプに水・溶媒・酸が進入しないよう、手前で止めてしまうという対策です。
水酸化カリウム管(KOH管)は、揮発酸性化合物を扱うときに使っている方も多いのではないでしょうか。プラスチック製は吸水時に発熱して歪んですぐダメになってしまうので、持ちの良いガラス製を業者に作ってもらってます。高額なポンプ修理代の保険料と考えれば、割に合う程度の額だと思えます。溶けて古くなったKOHは、洗い物用アルカリバス(KOH-イソプロパノール溶液)のバケツを作って、そこに捨てるようにすると無駄がありません。
効果はいかほどか?ですが、エバポ・蒸留精製に使う移動式ポンプに大きめのKOH管を接続して数ヶ月使ってみました。するとご覧の通り壮絶なことに・・・今まではこの茶色いのが全て直接ポンプに入っていたわけで、そりゃ壊れてもおかしくないな・・・と思いました(単に使い方が雑なだけかも知れませんが・・・)。
これに加えて、液体窒素トラップをKOH管と並列接続し、防御力をより高めています。タオルなどをデュワー瓶の口に巻いておくと、液体窒素の減りが抑えられます。ラボによってはドライアイス-アセトンを冷媒に使っているところもあるようです。
一方では真空度低下を嫌って、トラップをそもそも付けないラボもあるようです。文化次第と言うことですかね。後述する他の対策をしっかりやっていればそれでも良い、ということかも知れません。
②3分間の空運転をする
トラップを多重にしていても、液体窒素を入れ忘れたり、真空解除のときに誤って吸い込んでしまったり・・・水・溶媒・酸がオイルに入ってしまうケアレスミスは実に多くありえます。
状況を少しでも改善するため、「電源を切る前にトラップを外し、3分間ポンプを空運転する」という対策を教えて頂きました。こうすることで、オイルに混入した水・溶媒・酸を、ポンプ外に追い出すことができるようです。
ご存じの方もいるでしょうが、エドワーズ製ポンプにはそのための「degasツマミ」が最初から付いています。電源ONのままこのツマミをひねるだけで良く簡単です(degas中は真空度は下がります)。
実施費用がかからないのが最大のメリットなので、故障リスクの高い真空ポンプだけでも、定期的にやっておく価値はあると思えます。
③オイル交換の頻度を増やす
水・溶媒・酸が混入したオイルを定期的に新品に変えると、ポンプの持ちは確実に良くなるようです。だからといって交換頻度を不必要に上げると、オイル代がかさむという問題が生じてきます。
ランニングコストを気にするのであれば、「どれぐらいの頻度で交換すればいいのか?」を知っておくことが重要です。知人にヒアリングした限りでは、やはりラボ文化毎に交換頻度はまちまちなようでした。
そこで専門業者に聞いてみたところ、②の空運転を徹底している限りは1年に1度で良いそうです。しない場合は3ヶ月に一度は交換推奨とのこと。丁寧に使っていれば、半年に一度変えるぐらいでも問題無いんじゃ無いか、というのが筆者の個人的実感です。
交換の際には、オイルを少量入れて少しポンプを動かしてあげることで、ロータリー部の間に付いているドロドロの固形物が取れ、ポンプ長持ちに有効なことがあります。交換の際に試してみてはいかがでしょう。
④オイルクリーナーを使う
オイル中のゴミ・ポリマー・水分などをろ過によって取り除く装置です。オイル交換の頻度を下げる効能もあるようです。
ただ初期投資が必要だったり手間もかかるせいか、筆者の周りで聞いた限りでは使用しているラボはありませんでした。
実際にお使いのラボがありましたら、ご意見と効果のほどをお寄せいただけますと有難いです。
⑤自前で分解清掃・修理する
業者によっては、真空ポンプ用メンテキットや、部品のみの販売を行なうところもあるそうです(一例)。これを買っておけば、自前での分解清掃・修理も可能なようです。
ケムステスタッフの一人から教えてもらった掃除法の一例を紹介しておきます。
油を抜いてポンプ部を取り外し、全部ばらして油を拭き取ってから、こびりついた汚れやさびを「クレ556」で落とします。ヘキサンで556を拭き取ってから組み立てて油を入れて終了。ポリマー状のべったりしたものを取り除けば動くようになります。「ベーン」と呼ばれる部分がロータリー部の中で円滑に動かなくなることが故障の大部分なので、破損しているようであればベーンも交換します。
[amazonjs asin=”B000TGHULW” locale=”JP” title=”KURE(呉工業) 5-56 (320ml) 多用途・多機能防錆・潤滑剤 品番 1004″]
うまくやれば修理費をかなり安価に抑えられますが、時間と手間がかかることが最大の欠点です。とにかく大変なので、各自にやらせてみて「自分で直したくない!」と思ってくれれば丁寧に使うんじゃないの?という意見も出たほどです(笑)。
ただ、知識が無いまま中途半端に分解して、元に戻せなくなってしまう事態も頻発しているそうで、自前修理を推奨しない業者も多くいるようです。
アルバック社などは正確なメンテ法を教えてくれる「メンテナンス講習」をやっているそうなので、興味ある方は問い合わせてみてはいかがでしょうか。
おわりに
以上、真空ポンプの故障原因と対策を、知人・業者からのヒアリングをもとにまとめてみました。
特に大学では研究費こそが貴重なので、各器具を丁寧に使うための正確な手順、長持ちさせる工夫、故障回避策の蓄積は何にも増して重要だったりします。
筆者も現在進行形で勉強しているところですが、現場でのニーズがありそうなものは、蓄積があるたびまとめて公開しておこうと思います。参考情報の一つにして頂ければと思います。