第67回のスポットライトリサーチは、京都大学物質-細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS)今堀研究室の高野勇太 特定拠点助教にお願いしました。高野先生は先日、第51回フラーレン・ナノチューブ・グラフェン総合シンポジウムにおいて第13回大澤賞をご受賞されました。大澤賞は、フラーレン・ナノチューブ・グラフェン学会における、40歳以下の若手研究者による優秀な学会発表に対して与えられる賞の一つで、フラーレンに関する研究が受賞対象となっています。フラーレンの存在を予想したとして有名な大澤映二先生の名を冠して賞が設けられました。来る3月にある同シンポジウムにおいて、大澤映二先生ご本人から賞状をいただけるとか。また同学会には、飯島澄男先生の名を冠し、ナノチューブに関する研究を受賞対象とした飯島賞もあります。
今回、大澤賞の受賞に至った研究成果に関してお話を伺うことができました。では、高野先生による研究紹介をお楽しみください!
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?
フラーレンの内部空間に金属原子を隔離した「金属内包フラーレン」という分子について、我々はこれまでに新しい化学修飾法やユニークな分子特性を発見し、その利用価値を数多く提示してきました。今回受賞対象となった研究は、これまでの知見を基にフラーレンに内包された金属原子のf電子スピンを利用することで、フラーレン周囲の原子の位置を知る「分子レーダー」のように働くことを実証したというものです。
f電子と言うと聞きなれない方も多いかもしれませんが、周期表の第6周期以降の希土類金属等が持つ電子です。その特異な電子特性を利用してGdのMRI造影剤が実用化されていますし、量子コンピュータの部品となる単分子磁石に向けた研究がDy等ではされています。我々の今回の研究では、フラーレン内で位置を固定した「f電子スピン」からの磁気効果を利用したNMR測定を行うことで、内部Ce原子を基準点として周囲の原子(今回はプロトン)の位置を同定する方法論を確立しました。
関連論文:Y. Takano et al. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 8000. DOI:10.1021/jacs.6b04037
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究は私にとって一つの集大成で、論文の随所に私が今まで行ってきた研究のエッセンスを詰めました。2008年に私が初めて報告した金属内包フラーレンに特異的な化学反応手法を使うことで目的達成を可能にする化合物を合成し、以前に報告した分子系を用いたダブルチェックから今回の解析法の妥当性を確認し、最近私が研究に焦点を当てているライフサイエンス分野を研究アウトプットの方向性として示すことが出来ました。連続性を持った研究発展を効果的に行えた結果による成果だと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
今回の研究は着想から論文として形にするまで足掛け5年かかりました。開始当時一緒に研究をしていた学部4年生(田下諒さん)の猛烈な頑張りによって基本的なデータは1年足らずで得られました。そして期待通りのf電子スピン効果をNMR測定から確認したまでは良かったのですが、この結果を分かりやすく且つ一般的な科学的興味を引くように解釈・説明することに苦労しました。
そこで、論文原稿を少し寝かせることにしました。研究内容の独創性には自信がありましたが、今思えば他グループから類似報告が出ないとも限らなかったので少し危うい選択でしたね。そして寝かせた間に行った別研究から得た知識と経験でデータと議論の大幅な肉付けに成功し、納得のいく論文となりました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学というのは、私たちの世界を形作るプログラミング言語のようなものだと感じています。化学によって、この世界や生物の中で起きる現象をある程度理解することが出来ますし、まだ不完全な点も多いですが私たち人間はその言語を利用できます。将来は、私自身は化学を最大限利用して人の役に立つ新しい物質を創り続けていきたいと思いますし、周囲の友人や学生たちにも化学を知ることで見えていく新世界を伝えていければと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私が尊敬する先生から教えてもらった言葉で「自我作古」というものがあります。もとは中国の『宋史』に見られる語で、私自身は「自分が歴史を創り出す」という開拓精神を表す言葉として胸に刻んでおります。これから研究者を志す方、研究を続けられる方には是非とも「自我作古」の精神で研究して新発見をしていくとともに、これからの社会変化に適応した研究者スタイルを見つけ作って欲しい(私自身もそうしたい)と思います。そして時には今回の私の研究のように、焦らずじっくり取り組むことも重要だと思います。
参考文献
- Takano, Y.; Tashita, R.; Suzuki, M.; Nagase, S.; Imahori, K.; Akasaka. T J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 8000. DOI:10.1021/jacs.6b04037
研究者の略歴
名前:高野 勇太
所属:京都大学・物質―細胞統合システム拠点・今堀グループ・特定拠点助教
研究テーマ:光機能性π共役分子を用いた細胞機能制御法の開発、フラーレン・ナノカーボン類の新規分子機能開拓
ホームページアドレス:http://www.moleng.kyoto-u.ac.jp/~moleng_05/
個人ページ:http://www.moleng.kyoto-u.ac.jp/~moleng_05/takano.html