[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑧(解答編)

[スポンサーリンク]

このコーナーでは、直面した困難を克服するべく編み出された、全合成における優れた問題解決とその発想をクイズ形式で紹介してみたいと思います。

第8回は、J. A. PorcoらによるOximidine IIIの全合成が題材でした(問題はこちら)。今回はその解答編になります。

“Total Synthesis of the Salicylate Enamide Macrolide Oximidine III: Application of Relay Ring-Closing Metathesis”
Wang, X.; Bowman, E. J.; Bowman, B. J.; Porco, J. A., Jr. Angew. Chem. Int. Ed. 2004, 43, 3601. DOI: 10.1002/anie.200460042

オレフィンメタセシスのリミテーション

有機合成的観点からは万能感の強いメタセシス触媒ではありますが、リミテーションも勿論あります。たとえば閉環メタセシス(RCM)による四置換オレフィン合成では、開始過程(分子間反応)からのRuカルベノイド形成が立体障害のために難しく、上手く反応が進行してくれない典型例とされています(下記スキーム)。これにかぎらず立体障害に富む基質や、配位性官能基に富む基質に対しては、少しばかり実施上の工夫が必要になることも多くあります。

next_move_8a_6

このための解決策の一つとして、リレー閉環メタセシス(relay ring-closing metathesis)と呼ばれる手法[1]がHoyeらによって提案されています。これは下図のように、反応させたいオレフィンに立体障害の少ないオレフィンをまずぶら下げておき、開始過程が末端オレフィンから始まるように基質を設計しておくというものです。またリンカーの長さにも工夫があります。速度論的に進行しやすい5員RCM過程によって、シクロペンテン形成→放出を経る長さにしてあるのがミソです。この連続的過程によって、立体障害の大きなオレフィンへ触媒が反応した場合と同一の中間体へ導けるのです。

next_move_8a_7

この考え方はなかなかに応用範囲が広く、メタセシスの環化順序を制御することもできます。たとえば下図のスキームAでは、どちらのオレフィンからも同程度の速度で開始するため、生成物は混合物となってしまいます。しかしリレーメタセシスを応用したスキームB・Cでは、片方の生成物が優先的に得られます。

next_move_8a_9

本合成への適用

さていよいよ問題となっていた合成です。問題文中で述べたとおり、普通に設計した原料ではRCMの収率が上がらない!困った困った!ということがアイデアの発端になっています。無置換基質Aを用いた場合の実験結果(低収率・オリゴマー副生)から、左の2置換Zオレフィンから開始すると不活性中間体を与え、右の1置換オレフィンから開始したものが望みの生成物を与えるものと考察されました。左の中間体が問題なので、この生成を抑えるべきだとの仮説です。

next_move_8a_4

そこでリレーメタセシスの考え方を適用したところ、見事にこの問題はクリアされました。上の説明で述べたとおり、左のオレフィンで開始する過程は抑制され、望みの環化体を与える経路が優先されます(下図)。

next_move_8a_5

この高収率環化体を後続の変換に伏すことで、見事にOximidine III全合成を成し遂げています。

おまけ

リレー閉環メタセシスのコンセプト論文[1a]がWeb公開されたのは2004年7月29日。Porcoらの全合成(冒頭論文)がWeb公開されたのは2004年6月29日。おや、このアイデア、どちらが先に考案したのでしょうか?・・・論文上の日付だけ見るとそう考えてしまうのですが、PorcoはフェアにHoyeの研究を引用しています。ACS Meeting(アメリカ化学会年会)で発表された成果として。やはり距離的に近くで凄い仕事をする人が沢山いると新鮮な情報も入りやすくなり、素晴らしい解決法も生まれやすくなるんだろうなぁ・・・と化学コミュニティの重要性を感じ入る研究でしたとさ。

冒頭論文より引用

冒頭論文より引用

参考文献

  1. (a) “Relay Ring-Closing Metathesis (RRCM):  A Strategy for Directing Metal Movement Throughout Olefin Metathesis Sequences” Hoye, T. R.; Jeffrey, C. S.; Tennakoon, M. A.; Wang, J.; Zhao, H. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 10210. DOI: 10.1021/ja046385t (b) Highlight: “Relay Ring-Closing Metathesis—A Strategy for Achieving Reactivity and Selectivity in Metathesis Chemistry” Wallace, D. J. Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 1912. DOI: 10.1002/anie.200462753

関連書籍

[amazonjs asin=”3527306447″ locale=”JP” title=”Dead Ends and Detours”][amazonjs asin=”3527329765″ locale=”JP” title=”More Dead Ends and Detours”]

外部リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. ホウ素が隣接した不安定なカルベン!ジボリルカルベンの生成
  2. マイクロ波とイオン性液体で単層グラフェン大量迅速合成
  3. 5分でできる!Excelでグラフを綺麗に書くコツ
  4. プレプリントサーバー:ジャーナルごとの対応差にご注意を【更新版】…
  5. 自己治癒するセラミックス・金属ーその特性と応用|オンライン|
  6. 工程フローからみた「どんな会社が?」~半導体関連
  7. 美麗な元素のおもちゃ箱を貴方に―『世界で一番美しい元素図鑑』
  8. 産総研の研究室見学に行ってきました!~採用情報や研究の現場につい…

注目情報

ピックアップ記事

  1. トムソン:2006年ノーベル賞の有力候補者を発表
  2. 常圧核還元(水添)触媒 Rh-Pt/(DMPSi-Al2O3)
  3. 有機合成から無機固体材料設計・固体物理へ: 分子でないものの分子科学を求めて –ジャン ロッシェ材料研究所より
  4. 第87回―「NMRで有機化合物の振る舞いを研究する」Daniel O’Leary教授
  5. 【第14回Vシンポ特別企画】講師紹介:酒田 陽子 先生
  6. タイに講演にいってきました
  7. エキモフ, アレクセイ イワノビッチ Екимов, Алексей Иванович
  8. 1回飲むだけのインフル新薬、5月発売へ 塩野義製薬
  9. SciFinder Future Leaders in Chemistry 2015に参加しよう!
  10. アルカロイドの科学 生物活性を生みだす物質の探索から創薬の実際まで

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年11月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

注目情報

最新記事

植物由来アルカロイドライブラリーから新たな不斉有機触媒の発見

第632回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(中分子化学研究室)博士課程後期3年の…

MEDCHEM NEWS 33-4 号「創薬人育成事業の活動報告」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化する化学」を開催します!

第49回ケムステVシンポの会告を致します。2年前(32回)・昨年(41回)に引き続き、今年も…

【日産化学】新卒採用情報(2026卒)

―研究で未来を創る。こんな世界にしたいと理想の姿を描き、実現のために必要なものをうみだす。…

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP