さて、本シリーズも第4回目。有機アジドについての講義シリーズですが、今回はようやく有機アジド化合物の合成に突入します。まずは芳香族アジドに限定して、その一般的合成法を述べていきましょう。また、化学者も覚えて欲しいので、有名な化学者も時々登場します。ここで、注意してもらいたいのは、アジドという、学部ではほとんど登場しない置換基を導入する際も、基本的な反応性は学部で習った話と類似しているということです。求核剤と求電子剤の関係を考えながら学んでいきましょう。これまでの本シリーズ記事は記事下にまとめましたので、御覧ください。
アジド基を導入する:導入形式
芳香族化合物をどうやって芳香族アジドに変えるか?様々な反応がありますが、その導入形式に分類して述べましょう。アジド基を導入する形式は導入する窒素の数によって以下の4つがあります。
A.アジド基N3の挿入反応(置換反応)
B.ジアゾ基N2の挿入反応
C.窒素原子”N”の挿入反応(ヒドラジンやジアゾニウム塩から変換)
D.トリアゼン誘導体の開裂反応
わかりやすいものはAですね。それではまず、Aの形式であるアジド基N3の挿入反応(置換反応、付加反応)について説明します。なお、後々アジドを導入することになった読者の為に出来る限り原著論文のある例を挙げながら説明していきます。
A1. 芳香族求核置換反応: SNAr
芳香族求核置換反応によってアジド基を求核的(N3–)に導入する反応形式です。芳香族求核置換であるため、用いることのできる芳香族は「電子をくれ!」と叫んでいる電子不足芳香族化合物に限られます。例えば、以下の例。ペンタフルオロフェニル化合物に対して、アジ化ナトリウムを作用させると1つのフッ素(F)が芳香族求核置換反応によりアジド化され2になります[1]。Xにエステルやニトロ基がついているものは、数工程で3のp-アジドテトラフルオロフェニルアニリンに変換可能です。なお、Fは脱離能は低い置換基ですが、芳香族求核置換反応は、芳香環への求核攻撃が律速段階です。そのため、電気陰性度の高いFを置換した芳香族化合物は根元(イプソ位)に求核攻撃しやすく、かつそこそこ脱離もしてくれるので芳香族求核置換反応には適した置換基になります。
ピリジン4やフラン7などのヘテロ芳香環もニトロ基やなどの電子吸引基を有していることで、芳香族求核置換反応が起こります[2]。少しマニアックですが1,3,4オキサジアゾール9は電子不足ヘテロ芳香環で2位に脱離基(この場合はスルホナート)がついていると芳香族求核置換が起こります[3]。「イミンへの付加・脱離」のように考えればいいと思います。ちなみに、10の合成は、有機化学の巨匠Woodwardの論文で新しいペプチド合成の原料として用いられています。
少しだけ、応用した例を示しましょう。以下の原料のピリミジン11にはチオエーテルリンカーの先にポリスチレン樹脂がついています。固相反応をつかって合成するためです。12に変換した後にチオエーテルをジメチルジオキシランで酸化、スルホンとすることで電子求引基に変えて、芳香族求核置換反応を進行させ、アジド基を導入するとともにポリスチレン樹脂を切断して目的の13を得ています[4]。
A2. 有機金属反応剤を用いた反応
芳香族化合物を有機リチウム反応剤やグリニャール反応剤に変えて、アジド基を導入する反応です。前述の芳香族求核置換と異なり、芳香環は求核剤、アジド基はN3*つまり求電子剤として働いていることに注意しましょう。求電子的アジド化剤としては、トシルアジド(TsN3)やトリフルオロメタンスルホニルアジド(TfN3)がよく用いられます。電子豊富で混み合っている芳香環14や16も良好な収率で、アジド化合物へと変換可能です[5]。反応は、有機金属試薬がスルホニル基に攻撃したそうなイメージですが、実は最も端のNに攻撃し、トリアゼン塩が生じます。スルホニル基と窒素の結合を切断するために一般的に二りん酸ナトリウム(Na4P2O7)が使われます。この求核剤の攻撃の位置に関してはまた後ほど述べることにしましょう。
ヘテロ芳香環でも同様。18のような有機リチウム試薬にトシルアジドを加え、トリアゼン塩19とした後、二りん酸ナトリウムで20としています。もちろんベンゾアゾール21も同様です[6]。
A3. 遷移金属触媒(Cu)を用いたカップリング反応
「電子不足でない芳香環に、安価で安定なアジド化剤(アジ化ナトリウムなど)を水に不安定な有機リチウム反応剤など使えない方法はないのか?」
と欲張り?な考えからあみだされた方法が銅触媒を使ったカップリング反応です[7]。
例えば、芳香族ハロゲン化物や芳香族ボロン酸にNaN3などを銅触媒存在下反応させるだけで、芳香族アジドがつくれます。官能基許容性にも優れており、23のようなアミノ酸もカルボン酸を保護することなく芳香族化合物24へ変換可能です。反応点が沢山存在する25も収率40%前後(1つのアジド化は収率80%)でアジド化合物26へと誘導できます。
有機ボロン酸の場合は、もう少し温和な温度下で反応できるすぐれた反応です。
ではこれらの反応はどのように進行しているのでしょうか。一般式を示すと、芳香族ハロゲン化物の場合、Cuに酸化的付加、アジドの求核攻撃を受けた後、還元的脱離で生成物が得られ、銅触媒が再生します。添加しているプロリンは有効なアニオン性配位子として働いています。芳香族ボロン酸の場合は、トランスメタル化の後、アジドの求核攻撃、続く還元的脱離です。銅触媒を酸化するために酸素が必要です。つまり、これらの反応では芳香族化合物が求電子剤、アジドが求核剤ですね。
まとめ
芳香族化合物の場合は通常は芳香族求電子置換反応が主役ですが、学部で習ったようにベンゼン環は求核剤であるものの、強い求電子剤を用意して挙げないと反応してくれません。アジド基を導入する場合、不安定で高価なN3+を求電子剤として用いるよりも、安価なN3–を使う、つまり、求核剤として、芳香族求核置換反応型の方がよく使われれることが特徴です。まとめると
- 電子不足芳香環の場合=A1
- 電子豊富な芳香環で低温で反応を進行させたい場合=A2
- 一般的な芳香環でとにかく楽に合成したい場合=A3
を用いると良いと思います。では次回は、Aグループに属する最新のアジド基導入反応についてお話しましょう。
参考文献
- (a) Keana, J.F.W. Cai, S.X. J. Org. Chem. 1990, 55, 3640. DOI: 10.1021/jo00298a048 (b) Chehade, K.A.H. Spielmann, H.P. J. Org. Chem. 2000, 65, 4949. DOI: 10.1021/jo000402p
- (a) Barlin, G.B. Aust. J. Chem. 1983, 36, 983. (b) Choi, P. Rees, C.W.; Smith, E.H.; Tetrahedron Lett. 1982, 23, 121. DOI: 10.1016/S0040-4039(00)97550-6
- Confalone, P.N.; Woodward, R.B, J. Am. Chem. Soc. 1983, 105, 902. DOI: 10.1021/ja00342a044
- Gibson, C.L.; La Rosa, S.; Suckling, C.J. Tetrahedron Lett. 2003, 44, 1267. DOI: 10.1016/S0040-4039(02)02782-X
- (a) Smith, P.A.S.; Rowe, C.D.; Bruner, L.B. J. Org. Chem. 1969, 34, 3430. DOI: 10.1021/jo01263a047 (b) Gavenonis, J.; Tilley, T.D. Organometallics 2002, 21, 5549. DOI: 10.1021/om020509y
- Zanirato, P.; Cerini, S.; Org. Biomol. Chem. 2005, 3, 1508. DOI: 10.1039/B500634A
- (a) Zhu, W.; Ma, D. Chem. Commun. 2004, 888. DOI: 10.1039/B400878B (b) Schilling, C.I. Bräse, S. Org. Biomol. Chem. 2007, 5, 3586. DOI: 10.1039/B713792C (c) Tao, C.-Z.; Cui, X.; Li, J.; Liu, A.-X.; Liu, L.; Guo, Q.-X. Tetrahedron Lett. 2007, 48, 3525. DOI: 10.1016/j.tetlet.2007.03.107