第61回のスポットライトリサーチは、東京大学藤田誠研究室の藤田大士主任研究員、上田善弘先生(現・京都大学川端研究室助教)にお願いしました。先日発表があった2016年のノーベル化学賞は、「超分子化学」の分野における功績が受賞対象となりました。(2016年ノーベル化学賞の紹介記事はこちら。) ケムステ愛読者の皆様には耳にタコ状態かもしれませんが、東京大学の藤田誠教授も超分子化学のトップランナーのお一人です。今回は、創刊したてホヤホヤのChem誌に掲載された研究成果がプレスリリース発表となったのを受け、スポットライトリサーチで取り上げさせていただきました。プレスリリースのみならず、Chem創刊号の表紙を飾るという目立ちっぷりで、すでにご存知の方も多いかもしれません。(Chem誌に関するケムステ過去記事はこちら:Cell Pressが化学のジャーナルを出版)
“Self-Assembly of M30L60 Icosidodecahedron”
Daishi Fujita, Yoshihiro Ueda, Sota Sato, Hiroyuki Yokoyama, Nobuhiro Mizuno, Takashi Kumasaka, Makoto Fujita
Chem 2016, 1, 91. DOI: 10.1016/j.chempr.2016.06.007
こちらがその素敵な表紙。
藤田研による自己組織化多面体分子の合成の詳しい説明は割愛させていただきますが、2004年にM12L24[1] (M:金属イオン、L:配位子、数字はそれぞれの要素の数)、2010年にM24L48[2]と、時を追うごとにパワーアップされたものの合成が報告されてきました。今回の成果はM30L60の合成と構造解析になります。それでは、藤田大士主任研究員、上田善弘先生のお二人のfirst authorsによる研究紹介をお楽しみください。
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
「次世代のものづくり」として自己集合の研究をしています。自己集合は、目的の全体構造を、多数のサブユニットの組み合わせにより実現する手法/現象です。生体内では巨大構造を形作る際によく見受けられますが、実は人工系では、設計指針すら立ってないというのが実情です。
我々は、自己集合制御の一つの鍵として「幾何学的制限」に注目しています。モデル系として、金属イオン(M)と折り曲がり二座配位子(L)の組み合わせを用いた場合、図1aに示す5種類の多面体型構造しか取り得ないというのが我々の仮説です。これらを実際に合成することで、サブユニットの設計指針を一つずつ明らかにしようと試みています。
今回、配位子(L)の柔軟性制御という新しいパラメータの導入により、4つ目の多面体、二十・十二面体型錯体の合成に初めて成功しました(図1b)。構成成分数は約100成分。直径は8nmを超える超巨大分子です。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
【上田】錯体の結晶化です。X線結晶構造解析によってのみ、二十・十二面体構造を明らかにすることができます。しかし、中身がほぼ溶媒でふわふわの中空球状分子が結晶化するのかと疑問を持ってしまいました。学生時代の有機合成の経験から「有機配位子の構造によって結晶化しやすそうな錯体にできないか。」と、どうしても配位子の設計によって結晶化問題を解決しようと考えてしまっていました。そんなある時、藤田先生に「上田君、今日から君は合成禁止で。」と言われ、これ以降、一つ一つの配位子と真面目に付き合うようになりました(笑)次はどんな錯形成条件(溶媒、攪拌温度、攪拌時間)と結晶化条件(金属イオンのカウンターイオン、溶媒、温度)の組み合わせにしようかとあれこれ考えている間に、二ヶ月放っておいたチューブから単結晶が出ました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
【上田】 錯形成の成否の評価です。錯形成反応の仕込み自体は至極簡単なもので、配位子の溶液と金属イオンの溶液を混ぜて加熱攪拌するのみです。NMRでピリジン環のパラジウムへの配位や大きな構造体の存在は確認できますが、それがM30L60なのかM24L48なのか、はたまた別の構造体なのかはよくわかりません。質量分析でも測定条件に錯体が耐えられず、ルーチンな測定法ではほぼ何も有意義なシグナルは観測されませんでした。一つ実験を行った後で、次はどうしようという方針が非常に立てづらかったです。結局、(当然ですが)条件を変えれば溶液中の分子の振る舞いに変化があると信じて、可能性のありそうな条件で結晶化を仕込み後は待つということだけでした。
【藤田】 X線構造解析がハイライトです。今回の対象物は、体積中の溶媒比率が90%と、通常では考えにくい数字になっています(ほぼ酢酸エチル!)。安定性・機械強度が共に低く、まだ空隙内の溶媒分子の乱れに起因する回折強度の減少など、様々な困難がありました。分子性結晶、タンパク質結晶のどちらともカテゴライズできない、新領域の物質となります。今回のケースでは、結晶が最初に得られてから論文レベルのデータに仕上げられるまで、2年近くの月日がかかっています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
【上田】 合成化学者として当たり前のことを書いているだけかもしれませんが、「合成」と「構造解析」を柱にして、分野はあまり気にすることなく化学の未解決課題に挑戦し続けたいと思います。
【藤田】 「化学」を柱として保持しながらも、より上位の概念で勝負できる人間になりたいと思っています。「化学」より「科学」、さらには本質である「新しい価値の創造」が個人的キーワードです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
【上田】自分を信じて楽観的にチャレンジを続けましょう。チャレンジにはそれ自体大きな意義があると思います。
【藤田】ACSの某ジャーナル名(”Central Science”)ではないですが、一歩踏み出しさえすれば、化学の可能性は無限大です。化学者がもっと幅を効かせる時代を作りましょう!
研究者の略歴
上田 善弘 (うえだ・よしひろ)
所属:京都大学化学研究所 助教(川端研究室)
研究テーマ:有機合成化学、超分子化学
2013年京都大学薬学研究科博士後期課程修了。2013-2014年 東京大学工学系研究科 特任研究員。2014年-2015年 京都大学化学研究所 特定助教。2015年より現職。
受賞:第20回京大化研奨励賞、平成27年度日本薬学会近畿支部奨励賞
藤田 大士 (ふじた・だいし)
所属:三菱UFJファイナンシャルグループ M-EIRプログラム
東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 主任研究員(兼務)
科学技術振興機構さきがけ研究者 (兼務)
研究テーマ:超分子化学
略歴:
2012年 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 博士課程修了
2012年 学術振興会特別研究員(PD)
2013年 Pohang University of Science and Technology, Research Assistant Professor
2014年 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 助教
2015年 科学技術振興機構 さきがけ研究者
2016年 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 主任研究員
2016年 三菱UFJファイナンシャルグループ M-EIRプログラム
受賞:
IUPAC Prizes for Young Chemists 2013
Reaxys PhD Prize 2013 Finalist
第2回大津会議フェロー
参考文献
- Tominaga, M.;Suzuki, K.; Kawano, M.; Kusukawa, T.; Ozeki, T. ; Sakamoto, S.; Yamaguchi, K.; Fujita, M. Angew. Chem., Int. Ed. 2004, 43, 5621 DOI:10.1002/anie.200461422
- Sun, Q.-F.; Iwasa, J.; Ogawa, D.; Ishido, Y.; Sato, S.; Ozeki, T.; Sei, Y.; Yamaguchi, K.; Fujita, M. Science 2010, 328, 1144 DOI: 10.1126/science.1188605