有機ホウ素化合物は、ホウ素置換基部位を様々な官能基へと容易に変換することができるため、重要な合成中間体です。例えば末端部位にボリル基を持つアルカン類はアルケンへのヒドロホウ素化によって容易に誘導でき、その後、酸化することによって容易に一級アルコールへと変換することができます。
アルカンの触媒的ホウ素化反応ー問題点
上述の末端ボリルアルカンは、以前紹介した「アルカンの触媒的ホウ素化反応」によっても合成できます。[1] この反応は官能基化の位置選択性の面で非常に優れた触媒反応ですが、低沸点アルカン(エタンやメタン)のホウ素化反応はこれまで報告例がありません。エタン・メタンからエタノール・メタノールが容易に合成できれば、飲み放題かつメタノールエコノミーな世界の実現に一歩近づけそうな気がしませんか?
ところが、低級アルカンのホウ素化を達成し得るような高活性化触媒の開発は、非常に難しい課題であると思われていました。それは、触媒間の反応による失活を防ぐ必要があるため、触媒となる錯体分子内に利用可能な配位子が制限されており、金属中心の電子・立体的制御及び最適化が困難を極めることに起因します。
メタンからボリルメタン
達成困難な課題とされてきたメタンのホウ素、ついにできましたよ!、という論文が、Science誌に、しかも二つの研究グループによって同時に発表されていたので、紹介したいと思います。まずはこちら、ミシガン大学のSanfordらのグループによるもの。
Amanda K. Cook, Sydonie D. Schimler, Adam J. Matzger, Melanie S. Sanford, Science 2016, 351, 1421 – 1424, DOI: 10.1126/science.aad9289
メタンを触媒的ホウ素化反応に利用する際にはいくつかの問題があります。
(1)まず、なんといってもメタンのC-H結合が他のアルカンと比べて強いこと。同じC-H結合でも、メタン(105 kcal/mol)はヘキサン(末端C-H: 101 kcal/mol)やシクロヘキサン(99.5 kcal/mol)よりも4,5kcal/mol 程度強いことが解っています。
(2)また、非極性かつ分子量が小さい(MW: 16.04)ため沸点が非常に低く(-161℃)、溶媒兼基質として反応を行うことができません。つまり、反応を行う際にはメタンを溶存し得る溶媒を使用せざるを得ないという条件になりますが、その溶媒にメタンのC-H結合よりも活性なC-H結合があると、溶媒のホウ素化が進行してしまうことになります(OMG!)。
一方で(1)の問題点に関しては、2005年Hallらによる理論計算によって、既存の触媒でもメタンのCH結合は十分活性化できるという報告がされています。[2] となると、高活性触媒の開発ではなく、(2)の溶媒の問題をなんとかするべき、という研究の方向性に至るのは納得できますよね。
では、C-H結合を持たない溶媒を使ってみましょう、ということで、著者らはまずC-H結合を持たないペンタフルオロメチレンシクロヘキサン(PFMCH)とパーフルオロヘキサン(PFH)を使用しています。その結果・・・溶けないっっ!パーフルオロカーボン溶媒に対する触媒の溶解性が非常に低いため、反応がうまく進行しません。とはいっても、PFHを使用した場合、メタンがボリル化した生成物が26%得られています!(下図)
話が少し前後しますが、ヘキサンを本反応の基質として用いた場合、末端の一級炭素のみがボリル化されます。これは、立体的要因が反応の位置選択制を制御しているためであり、従来の触媒的ホウ素化反応ではより立体障害の大きい内側の-CH2-部位はボリル化されません。ということはですよ、C-H結合を含んでいても二級炭素(-CH2-)のみから成る炭化水素は、溶媒としてつかるんじゃないでしょうか。上述のとおり、C-H結合そのものはシクロヘキサンの方がメタンよりも弱いのですが、ご存知のとおりシクロヘキサンはすべて二級炭素なので、溶媒に使えそうですね。ということで、次に著者らはシクロペンタンとシクロヘキサンを溶媒として検討してみました。その結果・・・シクロヘキサンを使用した系において高収率(99%!)で目的物を得ることに成功しています(上図)!
また、著者らが試したRh, Ir, Ru触媒の中では、Rh触媒がダントツで活性だった模様です。論文中では触媒の選択と生成物の比の関連性についても議論しています。
また類似の条件下でエタンのボリル化にも成功しており、比較実験により同じ反応条件下ではエタンよりも小さなメタンのほうがより効率的にボリル化されることを明らかにしています。
メタンボリル化の反応機構
さて次に紹介するのは、ミシンガン州立大のSmith、KAISTのBaik、ペンシルバニア大のMindiolaのチームによるもの。
Kyle T. Smith, Simon Berritt, Mariano González-Moreiras, Seihwan Ahn, Milton R. Smith III, Mu-Hyun Baik, Daniel J. Mindiola,
Science 2016, 351, 1424 – 1427, DOI: 10.1126/science.aad9730
Sanfordらと同様、Smithらも溶媒にシクロヘキサン(もしくはTHF)を使用しています。目の付け所が リングです。さらに、上では述べませんでしたが、ボラン(HBpin)ではなくジボラン(pinB-Bpin)を用いることも、反応をスムーズに進行させるためには重要なようです。
初期の反応条件最適化段階では、Irと1,10-phenanthroline配位子から成る触媒を使用していますが、収率が最高でも4.1%以下と、いやはやとても触媒反応とは言い難い結果に終わっています。
一方で、理論計算による反応機構の検証により、一般的なσ-メタセシス機構ではなく、酸化的付加-還元的脱離を含む→即ちIr(III)/Ir(V)種を含むことが推測されたことから(下図)、配位子をより電子供与性の高いジホスフィンに変えた反応条件検討をおこなっています。
ジホスフィンを用いた結果では、収率を52%まで上げることに成功し、さらに13CH4を用いたラベル実験によって生成物中のメチル基がメタン由来であることを実験的に確かめています。
最後に
2000年に初めてHartwigらがScienceに本触媒反応を報告して以来、[3]16年間もの年月を重ねて発展してきた研究が結実し、ようやくアルカンの触媒的ホウ素化反応における一つのゴールが達成されたというお話でした。どちらの論文もHartwigのグループによるものではないということが(狙っていたのかはわかりませんが)、プロジェクトの世界的競争の激しさを示唆しているようで、筆者にはとても印象的であるのと同時に、このような長期にわたる世界的研究テーマを生み出すHartwigグループには改めて感服するばかりです。科学の進歩において、課題を解決できる研究者の存在が必要であることは当然で その成果は論文でみることが可能ですが、一方で、重要課題を提示できる・した側の研究者とは果たしてどの程度の割合でいるのか、確認する術・さらには評価される方法があってもいい気がしますね。また、16年の歳月が長いと感じるか短いと感じるかは人それぞれだと思いますが、真摯に向き合い続ける研究者が世界中に居る限り、科学的課題は設定された瞬間から解決へ向かうのだろう、ということを感じずにはいられない論文でした。
参考文献
- I. A. I. Mkhalid, J. H. Barnard, T. B. Marder, J. M. Murphy, J. F. Hartwig, Chem. Rev., 2010, 110, 890–931, DOI: 10.1021/cr900206p
- J. F. Hartwig, K. S. Cook, M. Hapke, C. D. Incarvito, Y. Fan, C. E. Webster, M. B. Hall, J. Am. Chem. Soc., 2005, 127, 2538–2552, DOI: 10.1021/ja045090c
- H. Chen, S. Schlecht, T. C. Semple, J. F. Hartwig, Science 2000, 287, 1995-1997, DOI: 10.1126/science.287.5460.1995
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