さて、本シリーズも第3回目となりました。まだ講義でいえば、1回分も終わっていません。前回までに、有機アジドの歴史と基本性質・爆発性をお話しました。今回は、アジド化合物をつくる反応に入る前に、代表的な試薬「アジド導入反応剤」(アジド化剤)を紹介しましょう。
代表的なアジド導入反応剤
- アジ化ナトリウム
もっとも一般的で使われるアジド化剤は、アジ化ナトリウム(Sodium azide)。年間約1000トンの生産量があります。古くから知られているのは、1892年に報告されたWislicenusの合成法。ナトリウムアミドを調製し亜酸化窒素と反応させる手法です。その後、1908年にCurtius・Thieleらがエタノールから調製可能な、亜硝酸エチルを使ったアジ化ナトリウムの合成法を報告しています。
- トリメチルシリルアジド
トリメチルシリルアジド( Trimethylsilyl Azide: TMSA)は、有機溶媒に「溶ける」アジド化剤。年間10トン生産されています。アジ化ナトリウムなどと比べ非極性溶媒でも使うことができるのが特徴です。合成法は至って単純で、トリメチルシリルクロリドにアジ化ナトリウムを混ぜるだけ。合成法的にもアジ化ナトリウムよりは高価になります。
- ジフェニルリン酸アジド
ジフェニルリン酸アジド(Diphenylphosphoryl Azide: DPPA)は安全に使えるアジド化剤。カルボン酸やアルコールから直接アシルアジド・有機アジド化合物ができます。開発したのは日本人で塩入孝之教授(名古屋市立大学および名城大学名誉教授)DPPAをもちいるトリメチルシリルジアゾメタンの工業的製法やシラン化合物の安全合成法でも有名です。合成は対応するリン酸クロリドにアジ化ナトリウムを加えます。
- トリブチルスズアジドとテトラブチルアンモニウムアジド
上記3つがメジャーなアジド化剤ですが、それ以外にもいくつか使われているものがあります。そのひとつが、トリブチルスズアジド(Tributyltin Azide: TBSnA)。スズの毒性が問題となりますが、年間100トン生産されているアジド化剤です。テトラブチルアンモニウムアジド(Tetrabutylammonium Azide: TBAA)も相間移動触媒反応に使える、THF溶媒を使った反応に適しているためよく使われます。年間1トンほど生産が行われています。
- テトラエチルグアニジムアジド
すこし変わったものにテトラメチルグアニジニウムアジド(Tetramethylguanidinium azide:TMGA)があります[4]。テトラメチルグアニジニウム基がカチオンを安定化させ、求核性のアジド化剤として高い活性を示します。
- アジド酢酸エチルエステル
ここまで紹介したものはすべて、基本的にアジド基を求核的に導入する反応剤。アジド酢酸エチルエステル(Azidoacetic acid ethylester: AAE)はアジドを導入した化合物をつくるために用いられます。とくに複素環合成法でヘテロ環にアジドを導入する際に便利です。年間約100kgほど生産されています。
- “N3+”型アジド導入剤
以下の3つはアジドを求電子剤として導入する試薬。アジドヨージナン(Azide iodinane)はR基の違いによって少し反応性が異なりますが、求核剤との反応によってアジド基を導入できる反応剤です。4-アセトアミドベンゼンスルホン酸アジド(4-acetamidobenzenesulfonyl azide)も同様に求核剤と反応します。トシルアジドの誘導体です。最後に、2-アジド-1,3-ジメチルイミダゾリニウムヘキサフルオロリン酸塩(2-azido-1,3-dimethylimidazolinium hexafluorophosphate)は強い求電子アジド化剤です。
今回は、アジド化剤の紹介で終わってしまいました。ようやく次回からはアジド化反応の話に移っていきましょう。
関連文献
- Wislicenus, W. Ber. Dtsch. Chem. Ges. 1892 , 25 , 2084.
- (a) Curtius, T. Ber. Dtsch. Chem. Ges. 1890 , 23 , 3023. (b) Thiele, J. Ber. Dtsch. Chem. Ges. 1908, 41, 2681.
- Birkofer, L.; Wegner, P. Org. Synth. 1970 , 50 , 107. DOI: 10.15227/orgsyn.050.0107
- (a) Papa, A. J. J. Org. Chem. 1966, 31, 1426. DOI: 10.1021/jo01343a026 (b) Błaszczyk, R. Synlett, 2008, 299. DOI: 10.1055/s-2007-1000842