第62回のスポットライトリサーチは、今年の3月まで京都大学化学研究所時任研究室に所属していた長田浩一さん(現・米国カリフォルニア工科大学Jonas Peters研 日本学術振興会海外特別研究員)にお願いしました!筆者は長田さんとは学生時代に学会等でよく一緒になり、仲良くさせてもらっていました。現在も同じアメリカでポスドクとして働く仲間として、その頑張りに刺激をもらっています(感謝感謝)。そんな長田さんの論文がプレスリリースされたのを見て、これはぜひ!と思いスポットライトリサーチへの寄稿をお願いしました。
“Activation of Dihydrogen by Masked Doubly Bonded Aluminum Species”
Koichi Nagata, Takahiro Murosaki, Tomohiro Agou, Takahiro Sasamori, Tsukasa Matsuo, and Norihiro Tokitoh
Angew. Chem., Int. Ed. 2016, 55, 12877. DOI: 10.1002/anie.201606684
長田さんの所属していた時任研究室では、新規結合様式を有する化学種の創成を主軸とした研究が展開されており、これまでに様々な元素を用いた新規化学種が合成され、その性質や機能が明らかとされてきました。筆者は合成化学をやっていて、分子の思わぬ性質を知れる瞬間が一番の醍醐味だと思っています。時任研の研究では、筆者が普段合成対象としては扱うことのなかなかない元素を組み込んだ分子の思わぬ性質を知れるので、いちファンとしてとても注目しています。今回紹介していただく長田さんの研究では、アルミニウムが主人公です。身近に感じる元素であるアルミニウムにも、まだまだ面白い性質が眠っているのだなと感じさせられました。ちょっと個人的な話の多い前振りになってしまいましたが(笑)、ここからは長田さんによる研究紹介をお楽しみください!
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?
『豊富元素であるアルミニウムを利用した水素分子活性化反応の開発』です。水素をエネルギー源とする水素社会の実現を目指して、水素分子を貯蔵・運搬する技術の開発が盛んに進められています。その方法の一つに、水素分子を可逆的に吸収・放出する、水素貯蔵合金と呼ばれる材料が挙げられますが、効率的な水素吸蔵には希土類(レアアース)元素や貴金属といった希少・高価な金属元素が必要であるという問題があります。本研究では、地殻に豊富に存在するユビキタス元素であるアルミニウムに着目し、常温・常圧での水素分子活性化反応の開発に成功しました。具体的には、低酸化状態のアルミニウム化学種であるAl=Al二重結合化学種(以下ジアルメン)を用いて、室温・1気圧という穏和な条件で水素分子を活性化し、水素化アルミニウム化合物を得ることに成功しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
水素分子を切断し活性化するには、H–H結合のσ軌道と相互作用可能な低いLUMOを持ち、高いLewis酸性を示す化学種が必要です。アルミニウムは電子欠損性元素でLewis酸としての性質を持ちますが、2つのアルミニウムを連結させると、空の3p軌道同士の共役によりLUMOがさらに大きく低下すると考えられます。ジアルメンはout-of-planeにπ結合性のLUMOを持つことから、非常に強いLewis酸性を示すと考えられます(図2参照)。加えて、エネルギー準位の高いHOMOも持ちますから、水素などの分子の活性化に有利と考え研究を開始しました。研究を進める中で、ジアルメンとベンゼンの[2+4]付加体に当たる『バレレン型ジアルマン』(図1における出発物質)が、ジアルメンの前駆体として非常に有効であることを見つけましたが、このジアルメンはとんだ『じゃじゃ馬分子』(悪口ではありません)で、当初考えていたよりも遥かに反応性が高く取り扱い方法を確立するまで非常に苦労しました。溶媒のクオリティーを可能な限り高め、反応の濃度や温度を最適化し、さらに反応に使うガラス器具の形状を工夫するなど、あらゆる面で実験技術を磨き上げることでジアルメンを扱えるようになりました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
私が研究してきたアルミニウム化合物は、極微量の酸素や水と反応してあっという間に分解するほど不安定で取り扱いが困難です。このような高い反応性が安定なσ結合の活性化に繋がったわけですから、面白いところでもありますし、逆に構造や性質を調べるのが難しく研究の困難なところでした。所属していた時任研究室には様々な分析機器がありますし、化学研究所にも色々な機器分析装置が揃っていましたが、それでも生成物を分析できないことが多く、沢山苦しめられました。分析装置まで化合物を壊さずに持っていくための器具を考えたり作ったりすることで乗り越えました。
Q4. 将来はどう化学と関わっていきたいですか?
時任研究室は、珍しい実験器具の組み立てや、変わった化合物が出来るといった機会に、スタッフや学生が集まってきてわいわい(?)とケミストリーについて議論する環境でした。そういった環境で研究していたからか、いつしか学生と一緒に学び・楽しみ・成長していきたいと思うようになりました。現在は、アメリカで博士研究員として武者修行している身ではありますが、将来は学生と共に化学が魅せる感動を一緒に味わいながら、全ての元素の性格を理解したいです。こういった基礎研究から新たなブレイクスルーが産まれると信じて。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
多くの人は先生が考えた研究テーマを行っていると思います。初めは研究の進め方を学ぶために、先生の指導方針に従って研究を始めることになりますが、大学は基本的に自由に研究を行える場ですから、自分が今一番やりたいことに挑戦して良いと思います。研究の方向性・問題点の解決法など、その実験方法を『自分の専門分野に捉われず、これまで学んだ知識を総動員して』アイディアを加えていくことが重要だと思います。
最後になりましたが、ご指導して頂いた時任宣博教授、笹森貴裕准教授、吾郷友宏助教(現茨城大学准教授)、また本研究で共同研究して頂いた、近畿大学の松尾司准教授ならびに、どう研究室の室崎貴大さんには沢山の助言や貴重なサンプルを提供して頂きました。この場をかりて感謝申し上げます。
研究者の略歴
長田 浩一(ながた こういち)
[所属] カリフォルニア工科大学 Jonas Peters研究室(日本学術振興会海外特別研究員)
[研究テーマ] 高効率な窒素固定およびアンモニア生成のための新規触媒反応の開発
[略歴] 2011年3月山口大学工学部応用化学科卒業
2013年3月京都大学大学院理学研究科化学専攻 修士課程修了
2016年3月京都大学大学院理学研究科化学専攻 博士課程修了
2013年9月〜2014年2月カナダアルバータ大学Eric Rivard研究室(研究指導委託)
2013年〜2016年日本学術振興会特別研究員(DC1)
2016年〜現在、日本学術振興会海外特別研究員(PD)
[受賞歴] 2012年 第59回有機金属化学討論会ポスター賞、2014年 XXVI International Conference on Organometallics Chemistry 2014 Student Poster Prize、2014年 第5回大津会議アワードフェロー(No.77)、2014年 京大化研学生研究賞、2015年 IRIS-14th International Symposium on Inorganic Ring Systems Best Poster Awardなど受賞多数。