γ-アミノ酪酸(GABA)は神経伝達物質として知られているアミノ酸です。同じ名前のチョコレート菓子が売れられているので、耳にしたことがある人が多いと思います。このGABAを認識するGABAA受容体はうつ病や統合失調症などの精神疾患に関係していることが知られているため、創薬ターゲットとして注目されています。しかしながらGABAA受容体に対する効率的な創薬探索法は限られていました[1]。
最近、京都大学の清中准教授、浜地教授らは独自に開発したタンパク質の化学修飾法(LDAI化学)[2]及びBFQR(bimolecular fluorescence quenching and recovery)法を用いてGABAA受容体の蛍光センサー化を行い、効率的な創薬探索法を確立しました。そして開発した手法を用いて、今までとは全く異なる構造を有するGABAA受容体に対する創薬候補化合物を見出しました。
Discovery of allosteric modulators for GABAA receptors by ligand-directed chemistry
Yamaura, K.; Kiyonaka, S.; Numata, T.; Inoue, R.; Hamachi, I. Nat. Chem. Biol.2016. DOI: 10.1038/nchembio.2150
今回は本論文について紹介したいと思います。
なぜGABAA受容体に対する創薬探索が困難なのか?
GABAA受容体はたんぱく質5つから構成されるイオンチャネル型受容体です。現在報告されているGABAA受容体に存在する薬剤結合部位は、構成するタンパク質境界に存在しているため、詳細な構造情報を得ることが困難です。この構造的不明瞭さが効率的な創薬スクリーニング法の開発に大きな弊害を与えています。
BFQR法とは
では今回報告されたBFQR法とはどういうものでしょうか。BFQR法は蛍光性バイオセンサーを用いた創薬探索法で、原理は、
- 蛍光分子–受容体(F0)を用意する
- F0にリガンド分子結合消光剤(Gaba–Q)を作用させることでFRETがおこり、蛍光が消光した状態(F1)になる
- 標的の結合部位と相互作用する化合物を加えると、消光剤が追い出され蛍光が回復する(F2)
- 蛍光の回復の割合(F2/F1)が大きくなる化合物が標的の結合部位と強く相互作用していると評価する
近年このような蛍光性バイオセンサーを用いて蛍光の変化を観察することで創薬探索を行う方法が報告されつつあります[3]。スループット性が高く非常に強力な手法ですが、弱点があります。それは蛍光分子–受容体(F0)を構築するために、標的タンパク質の詳細な構造がわからなければならないことです。そのため構造が不明瞭であるGABAA受容体の蛍光性バイオセンサーの構築は困難を極めます。
ここで今回、筆者らは独自に開発した「リガンド指向型ラベル化法」を用いることでこの問題点を解決しました。リガンド指向型ラベル化法の詳細な説明は割愛させていただきますが、重要なことは目的タンパク質の詳細な構造がわからなくとも、薬剤結合部位と相互作用する化合物さえがあれば、薬剤結合部位をマスクすることなく蛍光分子を導入することができるということです。筆者らはこのリガンド指向型ラベル化法をもちいることで適切な位置に蛍光分子を導入し、GABAA受容体の蛍光性バイオセンサーの構築に成功しました。
新規化合物の発見
このように開発した蛍光性バイオセンサーを用いて、今回はベンゾジアゼピン結合部位と相互作用する化合物の探索を行っています。結果としては市販の化合物ライブラリーの1280化合物から薬剤結合部位と相互作用する4つの分子を見出しました。これらの化合物の中でILTGとflumazenilはベンゾジアゼピン結合部位と相互作用することが既に知られているものでしたが、PPTとTBBに関しては新規化合物でした。しかもこれら二つの化合物を詳細に調べると、驚くべきことにベンゾジアゼピン結合部位に結合していないことがわかりました!しかし別の方法で調べるとPPTとTBBはちゃんとGABAA受容体には作用していることは確認できています。
スクリーニング範囲が拡大!
それでは何故ベンゾジアゼピン結合部位と相互作用しないにもかかわらず消光したのでしょうか。詳細は論文を見ていただけたらと思いますが、PPTとTBBはベンゾジアゼピン結合部位とは異なる部分に作用し、その結果受容体の構造が変化することで消光剤と蛍光団とがFRETが起きない位置関係になることで消光しなくなったと結論付けています。
これは筆者たちも意外だったと思います。最初の目論見では競合的な結合のスクリーニングしかできないと予想していたところに、このような非競合的に結合する化合物を見つけ出すことができたのはラッキーだったのではないでしょうか。偶然にもBFQR法は競合的・非競合的に結合する化合物を一挙にスクリーニングできる方法だったのです。
おわりに
筆者らが論文中でも述べていますが、本手法のリミテーションとして”有能な”リガンド分子がなければセンサーを構築できないということです。また標的の薬剤結合部位近辺に求核性アミノ酸残基も必要です。しかしながら本手法は構造が不明瞭な他の受容体の新規薬剤探索にも応用できる可能性を秘めているという点で非常に興味深い方法論ではないかと思います。
今回見出した新たな化合物の行く末、そしてBFQR法の他のターゲットへの適用と今後の展開が非常に気になりますね。
参考文献
- 論文 Supplementary Table 2
- Fujishima, S. H.; Yasui, R.; Miki, T.; Ojida, A.; Hamachi, I. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 3961. DOI: 10.1021/ja2108855
- (a) Simard, J. R.; Getlik, M.; Grütter, C.; Pawar, V.; Wulfert, S.; Rabiller, M.; Rauh, D. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 13286. DOI: 10.1021/ja902010p (b) Brun, M.; Tan, K.-T.; Nakata, E.; Hinner, M.; Johnsson, K. J Am Chem Soc 2009, 131, 5873. DOI: 10.1021/ja900149e