第58回目のスポットライトリサーチは、東京大学大学院薬学系研究科(金井研究室)・博士課程3年の関陽平さんにお願いしました。
以前にケムステ研究留学記でも紹介しましたが、タンパク質の化学修飾法はさまざまな応用を切り拓くケミカルツールとして注目を集めており、有機合成を専門とする研究者の参入が著しい分野の一つです。しかしながら、水中・常温で扱わねばならないタンパク分子を対象とする新規反応開発は、有機溶媒の使用に慣れきった化学者にとって、極めて高難度な課題でもあります。今回の成果はその一つです。
関さんは筆者(副代表)の教え子なので手前味噌で恐縮ですが、コンスタントな努力姿勢はもちろんのこと、分野を問わないコミュニケーション力とバランス感覚を持ち合わせた学生であり、彼なしではこの学際的プロジェクトは結実しなかったと断言できます。技術や頭の良さだけではやり抜けない領域を、見事切り開いてくれました。本成果はJ. Am. Chem. Soc.誌の原著論文・プレスリリースの形で公開されています。
“Transition Metal-Free Tryptophan-Selective Bioconjugation of Proteins”
Seki, Y.; Ishiyama, T.; Sasaki, D.; Abe, J.; Sohma, Y.; Oisaki, K.; Kanai, M. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 10798. doi:10.1021/jacs.6b06692
研究室を主宰する金井求教授からも、以下の様なコメントをいただいています。
好奇心が旺盛で、うまく行こうが行くまいが挑戦したいというところが、関君の良いところです。研究に対する集中力があり、意識しなくても納得するまで実験を突き詰めて行ける人です。この姿勢で5年間続けたことが、今回の成果につながっています。結果を求める人が多い中で、彼と話していると本当に楽しいです。お調子者でナイーブな面も少しある関君ですが、のびのびと研究できる環境に将来も身を置いて、さらに成長しながら持てる力をフルに発揮して、創薬の面から人類に貢献してほしいと心から願っています。
Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
タンパク質は生体内機能を司る物質であり、医薬品などにも応用されています。タンパク質の化学修飾法はその機能向上や人工機能付与を行なえる方法論ですが、立体構造への影響を最小限にしつつ、高い化学選択性をもってそれを行うことは従来困難でした。我々は、独自開発した安定有機ラジカル(keto-ABNO: Chem. Sci. 2012, 3, 3249.)を用いることにより、生物活性ペプチド・酵素・抗体などに含まれるトリプトファン残基に対し、多彩な機能性小分子を結合できる方法を開発しました。
表面露出度が低いアミノ酸であるトリプトファン側鎖を標的とする本手法は、反応位置の予測や修飾数の制御が容易であるため、均質性の高い修飾体を得ることが可能です。実際に本反応で得られた修飾体は、試料に極めて高い純度を要求するタンパク質のX線結晶構造解析にも応用できるほどです。また開発した反応は、水中・室温・ほぼ中性条件・短時間で実施でき、試薬を混ぜるだけの大変簡便な操作で行えるため、合成化学が専門でない科学者でも実施可能な、実用性の高い手法です。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究は有機合成化学や構造生物学などの垣根を越えた異分野横断型の研究です。そのため、改変タンパク質のX線結晶構造解析を始めとした高分子生成物の取扱い及び解析経験の少ない私にとっては、極めて挑戦的かつ刺激的な研究テーマでした。俯瞰的な視野を持つことを常に心がけ、物質科学から生命科学にわたる様々なERATO金井プロジェクト所属研究者との議論を通し、研究を遂行してきました。特に、リゾチーム修飾体の結晶構造が明らかとなった際には、胸が高鳴り思わず「おっしゃー!!!」と叫んだことを覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
我々は、タンパク質を人工的な化学反応で改変する手法として、セリン残基選択的にペプチド鎖を切断する反応を報告しています(Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 6501.)。この研究過程で得られた予想外の事象として、トリプトファン残基を含むペプチドを基質とした際、keto-ABNO付加体が相当量得られることを見出したのですが、高分子であるためその構造決定が困難でした。粘り強く結晶化条件を試すことにより、モデル保護トリプトファンを基質として生成するジアステレオマーの片方を結晶化させることに成功しました。この結晶をX線結晶構造解析に付し、生成物の同定を達成することで、本研究成果への道が拓けました
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は、100年後のサイエンスを創出する夢に向かう金井研究室での研究生活を通して、前人未踏の新しい分野に果敢に挑戦し、イノベーションの源泉を生み出す世界最高水準の企業研究員になりたいという志を持ちました。私は学位取得後、製薬企業に就職予定です。今後は有機合成化学をベースに様々な研究分野の幅広い知識を習得していき、創薬という困難な課題に果敢に挑戦し、弛まぬ努力と行動力で道を切り拓き、自身の志を実現させたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
本研究テーマは、前述の通り、前テーマの反応検討過程で見つかった予想外の生成物が始まりとなっています。私はそのような始まりを持つ研究テーマを拡張させ、JACS誌掲載に至るまで磨き上げることに成功しました。このように数々の実験の中、偶然に起こった想定外の実験結果を見逃さず、継続的に実験を行うことはとても重要であると思います。想定外のことが起こった時こそ慎重になる姿勢を持ち、共にガンガン研究に打ち込んでいきましょう!
外部リンク
研究者の略歴
所属: 東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 有機合成化学教室(金井研究室) 博士後期課程3年・日本学術振興会特別研究員(DC2)
研究テーマ: タンパク質及びペプチドの新規化学選択的人工修飾法の開発
経歴:
2012年3月 慶應義塾大学薬学部薬科学科 卒業
2014年3月 東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻(金井研究室) 修士号 取得
現在 東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻(金井研究室) 博士課程 在学中
受賞歴: 第12回次世代を担う有機化学シンポジウム 優秀発表賞、日本ケミカルバイオロジー学会第9回年会 ポスター賞、日本化学会 第96春季年会 学生講演賞、17th Tetrahedron Symposium Best Student Poster Award