第54回目のスポットライトリサーチは、東京大学大学院薬学系研究科金井研究室で研究をされていた谷口敦彦講師(現東京薬科大学薬学部薬品化学教室(林良雄研究室) )にお願いしました。アルツハイマー病は認知症の最も一般的な病態であり、治療法の開発が活発に行われています。今回の研究では、光触媒反応を利用することによって、アルツハイマー病に関与するとされる物質(アミロイドβ)の凝集を選択的に妨げることに成功しました。
よく見てみると、論文投稿から受理までおよそ1年半かかった大作です!今回の成果はプレスリリースやNature Chemistry誌に報告されています。
“Switchable photooxygenation catalysts that sense higher-order amyloid structures”
A. Taniguchi, Y. Shimizu, K. Oisaki, Y. Sohma, M. Kanai, Nature Chem. 2016, Advance Online Publication. DOI:10.1038/nchem.2550
また、金井求先生から谷口先生について次のようにコメントをいただいています。
「谷口さんは僕にとっては魔法使いみたいな研究者で、彼にお願いしておくといろいろな方向性から工夫をして、最終的にはなるほど!という結果を出してきてくれる人です。コミュニケーション能力や学生指導力にも大変優れており、今回のNature Chemistryの内容も、計算科学の部分や光化学の部分を含め、いろいろな分野の研究者とのコミュニケーションを通じて、基本的にはすべて独力で問題を解決してきました。7月から東京薬科大の林先生の研究室に移られましたが、今後とも研究者として大成功をおさめられ、世界のサイエンスを牽引する人材となられることを願っています。」
Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
アルツハイマー病に関連するとされるアミロイドβ(Aβ)は、特殊なアミロイド高次構造を形成して凝集し、毒性を示します。我々は、光触媒を用いてAβを酸素化(酸素原子を化学的に導入)することによって、その凝集性や細胞毒性を低減できることを報告しています(Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 1382.)。その際、Aβ選択的酸素化を目指して、Aβ親和性部位を付加した触媒を合成しましたが、十分な結果が得られませんでした。今回開発した触媒は、アミロイド構造に結合した時にのみ光酸素化活性がオンになり、結合していない時はオフとなるので、より高い選択性でAβを酸素化することが可能になりました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
アミロイド構造を認識する蛍光プローブであるチオフラビンTのオン/オフ機能を、光酸素化触媒にうまく利用できたところです。チオフラビンTは、2つの平面部位が単結合で連結した化学構造を持っています。アミロイド構造に結合していない時は光励起されても単結合を軸とした回転を起こして速やかに緩和し、蛍光を発しません(オフ)。一方、アミロイド構造に結合した時は、その回転が抑制され、その結果蛍光を出して緩和します(オン)。そこで、この蛍光のエネルギーを酸素化反応に利用できるようにチオフラビンTの構造を改変しました。その結果、アミロイド構造を認識して光酸素化活性がオンとなる触媒を創製することができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
触媒の単結合における回転に基づく、光酸素化活性のオン/オフを証明するところです。オンについては、溶媒粘度を高くしてその回転を抑制すると、酸素化効率が向上することを実験で示しました。オフについては、酸素化効率のような評価指標となる変化が見られないので実験データで示すことは難しく、慣れない計算科学を駆使して、励起された触媒が単結合における回転を起こして速やかに緩和することを示しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化合物の物性は突き詰めればその化学構造に由来しており、また生命現象は突き詰めれば化学反応の集まりだと思っています。よって、化学の力を使って様々な機能分子を創製したり、新しい生命現象を起こしたりしたいと思っています。最終的には、化学をベースにして新しい薬の開発や新しい治療戦略の提案につなげられればと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回の研究は、有機化学、物理化学、細胞生物学など多岐にわたる知識・技術を必要としました。幸運にもERATO金井プロジェクトには様々な分野の先生方が参加されており、その方々との気軽なディスカッションの中で得られた情報やアドバイスによって研究を進めることができました。皆さんも、共同研究者は勿論のこと、色んな方々とコミュニケーションをとって、実験の悩みなどを話してみてはいかがでしょうか?雑談から思わぬヒントが得られるかもしれませんよ。
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研究者の略歴
谷口 敦彦(たにぐち あつひこ)
所属:東京薬科大学・薬学部・薬品化学教室(林良雄研究室) 講師
略歴:2009年3月 博士(薬学)取得、京都薬科大学大学院薬学系研究科(木曽良明教授)。2007年4月 日本学術振興会特別研究員(DC1)、同学。2009年4月 日本学術振興会特別研究員(PD)、同学。2010年4月 医薬品医療機器総合機構、審査専門員。2012年4月 東京大学大学院薬学系研究科、JST-ERATO金井触媒分子生命プロジェクト(金井求教授)、特任研究員。2016年7月より現職。