[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

砂糖水からモルヒネ?

[スポンサーリンク]

モルヒネ、と聞くと犯罪の匂いがしますよね。きちんと医薬品として利用されているにも関わらず。

モルヒネは、ケシ (opium poppy) から単離されるアルカロイドです。ケシを育てて抽出することによって得ることができます(法律で禁止されています)。

しかし、高度な科学技術に慣れた現代人

“ちまちまケシ植物育ててモルヒネ集めるなんてやってられないぜ!”

と思ってしまいました。

文明の発達は、人間を短気にさせた!

しかし、これこそが科学技術の発展のモチベーションです!

もっと簡単に、錬金術みたいにモルヒネ作る方法ないのかなぁ?

今回ご紹介するものは昨年報告されたものですが、最新の科学技術でそれを実現した論文です。著者らは、オピオイド生合成遺伝子を導入した酵母により、砂糖(sugar)を原料として ThebaineHydrocodone を生産する系を構築しました。

簡単に言えば、”培地に砂糖酵母を入れてシェイクするだけでモルヒネ様物質を生産できるということになります。

 

Complete biosynthesis of opioids in yeast

Stephanie Galanie, Kate Thodey, Isis J. Trenchard, Maria Filsinger Interrante, Christina D. Smolke*

Science 2015, 349, 1095-1100. DOI: 10.1126/science.aac9373

 

オピオイド?

opioid_example

図:代表的なオピオイド化合物

 

オピオイドとは、ケシから採取されるアルカロイドや、そこから半合成された化合物のことを指します。簡単に言うと、モルヒネに非常に近い構造を持つ化合物など、オピオイド受容体に結合する化合物たちです。

モルヒネの薬効については、広く知られていますが、

投与された人に痛みを忘れさせ、逞しく生きようという希望を与えてくれるもの…

とでも書くのがわかりやすいでしょうか? こう書くとヒュウガウイルスの “向現” に近い感じがしてしまいますね?

今回筆者らが合成した Thebaine はオピオイド生合成系の中間体であり、医薬品などの重要な原料として用いられています。Hydrocodone は、他の薬剤と組み合わせて鎮痛剤として処方されています(日本では違法)。また、モルヒネのメチル化誘導体であるCodeineは咳止めとして広く用いられ、アセチル化誘導体である Heroinは依存性の強い麻薬として広く禁止されています。

 

砂糖水からオピオイド

 

opioid_Scheme

(図は論文より)

 

オピオイドの生合成には、上図に示すように多数の生合成酵素が関与しています。

著者らは、Thebaine と Hydrocodone を合成するために、それぞれ 21 個、23 個もの遺伝子を酵母で発現させています。この手の研究でここまで大量の遺伝子を発現させている例はありません(通常は 10 個以下)。

今回の研究の背景としては、数ヶ月〜数年単位で成長を待たなければいけない植物の生合成遺伝子を数日〜数週間単位で成長する微生物に導入できれば、有用物質が大量生産できるんじゃないかということです。しかし、実際に実現するには様々な障壁があります。

異種発現と聞くとそんなに難しくないと思う人もいるかもしれませんが、生物種のレベルを落としての異種発現は難しいです。生物種のレベルは、原核生物、真核生物にまず分けられます。原核生物は大腸菌など、真核生物では酵母、昆虫、植物、動物など。一般に生物種のレベルが低いほど増殖スピードが速いですが、遺伝子を読み取ってから酵素を作る過程(翻訳)の精度は落ちます。なので、植物の遺伝子を酵母に導入することは簡単でも、翻訳された酵素が酵母の中で機能するかどうかはまた別の話です(さらに、発現量を増やすには生物種ごとにコドン配列も最適化しないといけません。)

今回のケースでは、オピオイド生合成経路を構築するために植物のみならず、他の生物種の酵素を導入しております。また、野生型ではなく変異体も多く用いていることから、数多くの検討がなされたことが伺えます。まさに Science にふさわしい仕事だと思います。

今回の研究では、(S)-Reticuline を (R)-Reticuline に変換するエピメラーゼ (DRS-DRR) や CYP の探索など注目すべき点が盛りだくさんなのですが、マニアックな話になってしまうので割愛します。

 

実験室でオピオイド作るのって違法じゃないの?

 

opioid_abstract

許可を取れば大丈夫です!

筆者たちは、abstract の中で許可を取ったと明記しています。論文中にもDEAに許可を取ったと書いてあります(今回の論文を読むまで、筆者は DEA なんてドラマの中でしか聞いたことありませんでした。)

 

最後に

このように複雑な天然物を微生物に作らせるという試みが近年盛んになってきています。成長の遅い植物の生合成遺伝子をより成長の早い酵母や大腸菌に組み込む、”生合成経路の再構築”。別々の生合成経路の酵素をシャッフルして新しい代謝物を合成しようとする試み、など様々です。

これらの手法のメリットは、一度生産菌を構築してしまえば、二回目以降は物質生産が楽という点です。全合成は、一度合成経路を確立しても、最初から最後までもう一度行うには、何週間もかかります。その点、生合成遺伝子を導入した酵母の培養は数日で終わります。微生物はすぐ増えますので、常に少し冷凍庫にストックしておけば、いつでも簡単に増やすことができます。

また、今年に入り、さらに増殖速度の速い大腸菌でモルヒネを作る系を確立した報告がされました(参考文献)。収量も 2.1 mg/L と大幅にアップしました。(2.1 mg のモルヒネを合成するのにどれだけの有機溶媒試薬熱エネルギーが必要かを考えれば、この凄さがわかると思います。この系では実質砂糖水しか使っていませんので、環境低負荷です。培地も砂糖水みたいなもんです。培養もわずか 3 日程度ですし、培養温度も25〜37℃です。)

このような異種発現系がもっと利用され、先進国のみならず、途上国にも医薬品が安く行き渡ることを願っています。

 

参考文献

  • “a microbial biomanufacturing platform for natural and semisynthetic opioids” Kate thodey, stephanie Galanie & Christina d smolke* Nat. Chem. Biol. 2014, 10, 837-844. DOI:10.1038/nchembio.1613
  • Total biosynthesis of opiates by stepwise fermentation using engineered Escherichia coli Akira Nakagawa, Eitaro Matsumura, Takashi Koyanagi, Takane Katayama, Noriaki Kawano, Kayo Yoshimatsu, Kenji Yamamoto, Hidehiko Kumagai, Fumihiko Sato & Hiromichi Minami Nat. Commun. 7, DOI: 10.1038/ncomms10390
Avatar photo

ゼロ

投稿者の記事一覧

女の子。研究所勤務。趣味は読書とハイキング ♪
ハンドルネームは村上龍の「愛と幻想のファシズム」の登場人物にちなんでま〜す。5 分後の世界、ヒュウガ・ウイルスも好き!

関連記事

  1. 【速報】2012年ノーベル化学賞発表!!「Gタンパク質共役受容体…
  2. 含窒素有機化合物の触媒合成について
  3. 第19回ケムステVシンポ「化学者だって起業するっつーの」を開催し…
  4. クロスカップリング反応にかけた夢:化学者たちの発見物語
  5. 露出した銀ナノクラスター表面を保持した、高機能・高安定なハイブリ…
  6. \脱炭素・サーキュラーエコノミーの実現/  マイクロ波を用いたケ…
  7. 科学とは「未知への挑戦」–2019年度ロレアル-ユネスコ女性科学…
  8. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑮:4Kモニタ…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 和田 猛 Takeshi Wada
  2. 炭素文明論「元素の王者」が歴史を動かす
  3. ポンコツ博士の海外奮闘録XIV ~博士,釣りをする~
  4. 向山アルドール反応40周年記念シンポジウムに参加してきました
  5. 盧 煜明 Dennis Yuk-ming Lo
  6. ヘルベルト・ワルトマン Herbert Waldmann
  7. 第23回「化学結合の自在切断 ・自在構築を夢見て」侯 召民 教授
  8. 「消えるタトゥー」でヘンなカユミ
  9. ジョン・スティル John K. Stille
  10. 高分子鎖デザインがもたらすポリマーサイエンスの再創造 進化する高分子材料 表面・界面制御アドバンスト コース

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年8月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

高用量ビタミンB12がALSに治療効果を発揮する。しかし流通問題も。

2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン…

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

有機合成化学協会誌2025年3月号:チェーンウォーキング・カルコゲン結合・有機電解反応・ロタキサン・配位重合

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年3月号がオンラインで公開されています!…

CIPイノベーション共創プログラム「未来の医療を支えるバイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第105春季年会(2025)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「未来の医療…

OIST Science Challenge 2025 に参加しました

2025年3月15日から22日にかけて沖縄科学技術大学院大学 (OIST) にて開催された Scie…

ペーパークラフトで MOFをつくる

第650回のスポットライトリサーチには、化学コミュニケーション賞2024を受賞された、岡山理科大学 …

月岡温泉で硫黄泉の pH の影響について考えてみた 【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい! というわけで、硫黄系温泉を巡る旅の後編です。前回の記事では群馬県草津温泉をご紹…

二酸化マンガンの極小ナノサイズ化で次世代電池や触媒の性能を底上げ!

第649回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院環境科学研究科(本間研究室)博士課程後期2年の飯…

日本薬学会第145年会 に参加しよう!

3月27日~29日、福岡国際会議場にて 「日本薬学会第145年会」 が開催されま…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー