[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

MOFはイオンのふるい~リチウム-硫黄電池への応用事例~

[スポンサーリンク]

Tshozoです。そろそろ記事の収拾がつかなくなってきたのでもう少し何とかしようと思います。そんな中で今回は論文紹介です。産業技術総合研究所 省エネルギー研究部門 周豪慎グループからの報告です。

“Metal–organic framework-based separator for lithium–sulfur batteries”
Songyan Bai, Xizheng Liu, Kai Zhu, Shichao Wu & Haoshen Zhou, Nature Energy 2016, 1, 16094. doi:10.1038/nenergy.2016.94

分子が関連する化学とはあんまり関係がなさそうな単語がタイトルにモリモリ存在するこの論文、金属-有機物ハイブリッドフレームワーク+電気化学+リチウム電池という胃もたれ筆者の大好物でしたのでいっぺんご紹介してみようと考えました。お付き合いください。

研究の背景

今回の論文の研究対象になっているリチウム硫黄電池(Lithium-sulfur battery)について概要を。筆者が申し上げるまでもなくリチウム系電池と言っても一言で括れるもんではなく、色々な特徴を持つものが存在します。ですが無理矢理大くくりでグループ分けすると、下図のように電解質の形状タイプ(液体・固体)と正極材料(酸化物系/硫黄系)の4種類に分けられることになります。Li-S電池の発案はもう50年近く昔(1970年代)なのですが、そこから細々と研究開発は継続されており、近年の電池研究のブームに乗りスポットライトが当たった状態になっています。

redss_05

超ざっくり分類表
今回の論文は左下の黄色のところが対象

蛇足ですが、金属Naを用いたNaS電池(日本ガイシ殿の製品が有名です・こちら)は右下の枠のLi-S電池のLiをNaに置き換えたものですね。

これの一体なにが嬉しいのか。基本的な長所は他のリチウム電池と変わらんのですが、多価反応できる安い硫黄を正極側に使うと、(理論上の)体積エネルギー密度・重量エネルギー密度、コスト性が非常に向上するわけです(注:設計次第/あと色んなコストバランスの問題はあります)。また一般に製造上の課題が山積してます。しかし最終的に電解質の固体化・積層化が実現すりゃさらに小型化・大容量化でき、大電力を要求するデバイス、アプリケーションにも使えるというのは魅力です。

 

redss_04

Li-S電池の基本構成 (参考文献②より筆者が編集して引用)

ただお気づきのとおり、電池にLi金属を使うのはハンパなことではない(注:性能を若干犠牲にすれば安全な方には振れますが)。有機合成で一度でもLi金属、有機リチウム試薬などを使ったことのある方は激烈な危険性を身に染みて理解されているでしょう。あと放電完了後のLi2Sは水と反応するとH2Sを発生する危険性があり、安全性の点で色々議論があります。しかしその省積化・高出力化は大きな魅力であり、しかも充放電が実証されていて市場導入もそれなりに検討出来ている点を考慮すると、「究極の化学電池に最も近い」位置付けにあるわけです。

redss_08

Li-S電池の位置付け
(Continental社の参考文献③より引用)

さて究極のことは一旦置いておいて、一般に電池へ要求される事項について。安全性は大前提で、他の細かいモノを挙げれば星の数ほどあるのですが、基礎的かつ大きなものを挙げると下記3点に絞られます。

① コスト・コスト・コスト
② 出力性能
③ 耐久性(短期/長期)

このうち今回の論文は③の短期耐久性を大幅に改善したものです。短期耐久性とは「電池の自己放電性能」のことで、これが低いとしばらく置いといても使えるけども、高いとちょっと置いただけですぐ使えなくなる、というアレです。

 

今回の論文の意義と詳細

redss_10

本論文における電池の基本構成(本論文より引用)
なおGO(Gaphene Oxide)をセパレータに混入したのは、後に述べる機械的強度を維持するためのもよう

ようやく、論文の詳細です。論文冒頭で下記のようなキーワードが出てきています。

redss_06

本論文より引用

“Shuttle Effect” シャトル効果、という電池屋さん以外はあまり聞きなれない単語が本論文のキーワードであり、かつ上記の③短期耐久性に関係しています。このシャトル効果という現象をものすごくテキトーに述べると

「電池内に2重スパイみたいな奴が居て負極と正極の活物資をてめえで勝手に喰ってしまう」

ということ。より厳密に言うと、「レドックス反応体が電解質経由で正極と負極を行ったり来たりしながら電池内で酸化還元反応を勝手に進めてしまい、自己放電が進んで充電率がガンガン下がる」という現象が起こるわけで、要は電池のお漏らしが発生するということ(なお耳情報レベルですが、電池種類が違うとまた異なるタイプの2重スパイが居るようです)。

ではそのレドックス反応体を無くせばいいじゃないか。それが直球で考えられる対策になるわけですが、このLi-S電池の場合、その正体が硫化リチウム又は硫黄の多量体(LixSy、又はS2-nと表現されることも)=正極活物質の一部ですからそれも出来ない。まさに味方の中に敵が居る。二重スパイと言ったのはそういう意味もあるのです。

めんどくさいことにLi-S電池の場合、放電が進むと下図のように多量体の一番最小単位まで分子径が小さくなって電極から離れやすくなり、フラフラ彷徨いだすという困りもんで。これらの硫化リチウム塩は有機物に分散しやすいことがわかっており、それも二重スパイ化を容易にしているわけです。

redss_03

Li-S電池反応中の正極Sの状態変化の図
この酸化還元(充放電)中に電極から脱落したLixSyが電解質を彷徨って二重スパイとなる
参考文献④より引用(元図はLBNL Cairns研提供)

このガバガバな自己放電性は安全性と並び立ってLi-S電池の大きな課題で、これまであの手この手(例:セパレータにイオントラップを付ける、添加物を両極に入れる、電解質を固体化する)を使って抑制が試みられてきましたが、なかなかコレと言った成果は出ていませんでした。特に最後の固体化は、低温/常温性能の悪化という点で解決の目途が立っていないのがこれまでの現状でした。

そこで今回産総研、筑波大、南京大のチームはMOF(Metal-Organic Framework)を使って、液体電解質は基本的にそのままにして、Liイオンは通れるけど2重スパイであるレドックス体(LixSy)が通れないオングストロームオーダ(9Å!)の多孔フィルタを作り、それをそのままセパレータに適用、自己放電を抑制した電池を実現したというのが成果の要旨です。

redss_11

redss_12

今回論文の主要コンセプト図 論文より引用
用いたMOFはSigma Aldrichなどでも
簡単に購入できるベンゼン-1,3,5-トリカルボン酸銅(こちら)

従来と何が違うのか

先ずは目の付け所が違うと思います。イオンふるいというと、代表的なところでは固体・液体電解質でしょう。燃料電池で使うNafionのような固体高分子電解質を思い出しますがこりゃ結構テキトーなイオンふるいで、Hに加えて水も通す、ついでにガスとかも色々通すという、ガバガバなふるいですのでまず同様の形態の電解質は使えない。

これに対し今回のMOFは、その自己組織化構造により厳密に目のそろったふるいであるためレベルの高い自己放電抑制を実現できたのが何よりのポイントでありましょう。

redss_14

実現した自己放電抑制性能(論文より引用・一部筆者が改変しました)
GOのみの比較品と比べればその性能維持効果は一目瞭然

redss_15

硫化物透過の時間変遷 現物写真
MOFありの方はほぼ完璧に硫化物が抑制できている

あと、GO(Graphene Oxide)を「Substrate」として選択した点も大きなポイントと思われます。MOFをはじめとして有機無機ハイブリッド構造を持つものは概して機械的に脆いものが多いので筆者なら簡単に候補から削除してしまうことでしょう。脆くしないようにするならば有機物を増やさねばならず、結局セパレータのイオン透過性を阻害することになる。では結局どうすればいいのか、ということで、機械的強度を保ちかつ化学的に安定で、それなりにスキ間も空いているGOが発案され、フィルタ上でのフィルム形成を実現されたことが、筆者にとっては驚きでした。この方法なら比較的簡単に大面積化も可能である点も大きな特長と言えると思います。

懸念はないのか

論文を読む限り大きな問題は無さそうですが、あるとすればMOFの高温下/充放電下での材料安定性(特に有機物構造部位)、コスト、あと素材の脆さでしょうか。

redss_13

フィルタ上に形成されたMOFのSEM写真 本論文より引用
粒&極薄フィルムという印象

最初の方に述べた安全性とも関係するのですがセパレータが脆いというのは色々問題があるのです。以前リチウムイオン電池のはなし吉野彰・旭化成フェロ―殿が実験したように、破壊された場合やクギを指された場合などのFailure Modeにおける高い安全性を確保してこそ市場導入に至ったわけですので・・・。

しかしながら以上の点は根本的なところではなくエンジニアリング的懸念であり、セパレータ構造をさらに工夫すれば十分に対策可能と考えられます。やはり今回の意義は、精密なイオンふるいを実現させ自己放電を現実に抑制したその着眼点にあるのではないでしょうか。今回の成果を足がかりに、更に発展したLi-S電池が関係諸氏から成果として出てくるよう今後の益々のご活躍をお祈りして、本記事を閉じさせていただきます。

それでは今回はこんなところで。

参考文献

①産総研プレスリリース リンクこちら

②”Efficient electrolytes for lithium–sulfur batteries”, Front. Energy Res., 21 May 2015 リンクこちら

③”Electric Battery Actual and future Battery Technology Trends” Continental AG, 2010, リンクこちら

④”New lithium/sulfur battery doubles energy density of lithium-ion” GIZMAG Dec. 2013 リンクこちら

※筆者追記

GOは酸化物とはいえ、若干電子伝導性を持つ(=漏れ電流が発生しうる)ことからこのまま製品適用するには色々と難しい印象を受けます。この点はPPとかPEのような多孔セパレータを用いるつもりなのか、それともGOを下敷きに何か対応出来るものなのか、今後の展開を引き続き注視していきたいと思います。

Avatar photo

Tshozo

投稿者の記事一覧

メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

関連記事

  1. ラジカル重合の弱点を克服!精密重合とポリマーの高機能化を叶えるR…
  2. アカデミックの世界は理不尽か?
  3. アイディア創出のインセンティブ~KAKENデータベースの利用法
  4. 投票!2013年ノーベル化学賞は誰の手に??
  5. 2004年ノーベル化学賞『ユビキチン―プロテアソーム系の発見』
  6. ケージ内で反応を進行させる超分子不斉触媒
  7. 異分野交流のススメ:ヨーロッパ若手研究者交流会参加体験より
  8. 大学院生のつぶやき:第5回HOPEミーティングに参加してきました…

注目情報

ピックアップ記事

  1. マテリアルズ・インフォマティクス適用のためのテーマ検討の進め方とは?
  2. シアヌル酸クロリド:2,4,6-Trichloro-1,3,5-triazine
  3. 第89回―「タンパク質間相互作用阻害や自己集積を生み出す低分子」Andrew Wilson教授
  4. 第142回―「『理想の有機合成』を目指した反応開発と合成研究」山口潤一郎 教授
  5. メーカーで反応性が違う?パラジウムカーボンの反応活性
  6. リピトール /Lipitor (Atorvastatin)
  7. カネカ 日本の化学会社初のグリーンボンドを発行
  8. マンチニールの不思議な話 ~ウィリアム・ダンピアの記録から~
  9. 顕微鏡で有機化合物のカタチを決める!
  10. 超原子価ヨウ素 Hypervalent Iodine

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年8月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

四置換アルケンのエナンチオ選択的ヒドロホウ素化反応

四置換アルケンの位置選択的かつ立体選択的な触媒的ヒドロホウ素化が報告された。電子豊富なロジウム錯体と…

【12月開催】 【第二期 マツモトファインケミカル技術セミナー開催】 題目:有機金属化合物 オルガチックスのエステル化、エステル交換触媒としての利用

■セミナー概要当社ではチタン、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素等の有機金属化合物を“オルガチッ…

河村奈緒子 Naoko Komura

河村 奈緒子(こうむら なおこ, 19xx年xx月xx日-)は、日本の有機化学者である。専門は糖鎖合…

分極したBe–Be結合で広がるベリリウムの化学

Be–Be結合をもつ安定な錯体であるジベリロセンの配位子交換により、分極したBe–Be結合形成を初め…

小松 徹 Tohru Komatsu

小松 徹(こまつ とおる、19xx年xx月xx日-)は、日本の化学者である。東京大学大学院薬学系研究…

化学CMアップデート

いろいろ忙しくてケムステからほぼ一年離れておりましたが、少しだけ復活しました。その復活第一弾は化学企…

固有のキラリティーを生むカリックス[4]アレーン合成法の開発

不斉有機触媒を利用した分子間反応により、カリックスアレーンを構築することが可能である。固有キラリ…

服部 倫弘 Tomohiro Hattori

服部 倫弘 (Tomohiro Hattori) は、日本の有機化学者。中部大学…

ぱたぱた組み替わるブルバレン誘導体を高度に置換する

容易に合成可能なビシクロノナン骨格を利用した、簡潔でエナンチオ選択的に多様な官能基をもつバルバラロン…

今年は Carl Bosch 生誕 150周年です

Tshozoです。タイトルの件、本国で特に大きなイベントはないようなのですが、筆者が書かずに誰が…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP