第52回のスポットライトリサーチは、山口大学大学院医学系研究科(上村研究室) 博士課程2年の田中聡之さんにお願いしました。
今回の研究は独自の多環性スズ化合物と、パラジウム触媒を組み合わせた新しい化合物骨格合成に関する研究です。スズは毒性などの観点で徐々に使われなく成りつつある元素ではありますが、まだまだ面白い反応性があるのだなと思わせてくれる研究です。
田中さんは昨年行われました有機典型元素化学討論会の優秀講演賞を受賞され、これを機に執筆依頼させて頂きました。原稿は早くいただけたのですが、論文として受理されるまでに時間を要し、先日ようやくオープンになったため満を持しての記事公開となりました。それではご覧ください!
“Regioselective Double Stille Coupling Reaction of Bicyclic Stannolanes”
Kamimura, A.; Tanaka, T.; So, M.; Itaya, T.; Matsuda, K.; Kawamoto, T. Org. Biomol. Chem., 2016, DOI: 10.1039/C6OB01018K
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
「1Stepで2回のStilleカップリングを位置選択的に行う」というものです。
Stilleカップリングは「有機スズ化合物」と「有機ハロゲン化物」から新たに「C-C結合」を構築する反応で、天然物合成などに頻繁に用いられています。
我々はキラルな1,6-エンイン化合物の合成法を開発し、それを用いたラジカル環化によって非常に珍しい環状スズ化合物を合成することに成功しました。
この化合物は環内に2つのC-Sn結合を有するので1度に2回Stilleカップリングが進行することが期待されます。
検討の結果、目的のダブルカップリング体がある程度良好な収率で得られました。本反応の特徴として、
①20:1程度の「位置選択性」を伴って進行するので目的の位置異性体を選択的に合成できる
②1回の反応で2つのC-C結合を構築できるのでステップ数の短工程化に繋がる
③一般的に反応性の乏しいとされるsp3C-Sn結合でのカップリングを可能にした
ことが挙げられます。また、得られる「テトラヒドロベンゾイソインドール誘導体」は薬理活性が幾つも報告されていることから医薬品合成にも発展させることができます。更に、オルトブロモベンゼンを有するスズ化合物とヨードアレーン間の分子間-分子内ダブルStilleカップリングも可能になっています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
「重水素標識実験によるプロトン源の解明」です。
臭素原子を有する環状スズ化合物に対してパラジウム触媒を作用させるとエキソメチレンユニットを有する三環性の化合物が得られます。しかし、この反応機構において、エキソメチレンユニットの水素原子がどこからやってくるのか分からないままでした。私はジオキサン溶媒中に含まれている微量の水がプロトン源であると考え、重水を含有したジオキサン中で反応を検討しました。
そして精製後にNMRチャートを見るとエキソメチレンユニットのE位のプロトンピークがなくなっていたのです。このことからプロトン源は溶媒中の水であることが裏付けられました。私自身こんなに選択的に重水素化されると思っていなかったので凄く驚いた記憶があります。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
皆さんが経験したことがあるだろう「収率の改善」です。
「分子間-分子内ダブルカップリング」を検討した時、これまで用いてきたカップリング条件(添加物としてDABCOを3当量用いる)で処理したところ反応が全く上手くいかず、それをきっかけに条件検討の模索が始まりました。パラジウム触媒?配位子?溶媒?それとも添加物?・・・無限の組み合わせがあります。来る日も来る日も収率40%を超えない日々(涙)。何の進展もないまま2か月近く経とうとしていた時、一度初期の条件に戻りこれまで用いてきたDABCOの添加量を触媒量まで低減して反応を行ってみました。
原料の消費をTLCで確認しようとしたところ濃いスポットが1つ。単離収率を求めるまで心臓バクバクでした。そしてなんと収率80%!かつNMRチャートキレイ!。うれしすぎてNMRチャートを研究室の先輩に走って見せに行きました。諦めずに続けて良かったと思う反面、改めて「カップリング反応の難しさ」を思い知った瞬間でした。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
革新的な‘素材’を開発し、社会に貢献したいです。
2016年現在、私たちはスマートフォンを当たり前のように使用しています。これは1990年代前半に日本に普及し始めていたケータイ電話と比較すると非常に革新的で人々の生活を豊かなものにしています。同様に私は革新的な‘素材’を開発し、人々の暮らしを「化学」という分野から支えることのできる人材になりたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私は「議論」することを心がけています。そんなこと当たり前だろっ!とお叱りを受けそうですが、案外出来ていないものです。皆さんは今週どのくらい「議論」しましたか?自分だけで物事を考えると当たり前と思っていることでも見落としていたり、発想に限界があると思います。しっかりと意見を交わすことで発想は豊かになり、実験に対する意欲も増します!一度くらいは深夜まで先生と自身の研究内容に関して熱く語り合ってみて下さい。
関連リンク
研究者の略歴
田中 聡之(たなか としゆき)
所属:山口大学大学院医学系研究科 博士前期課程2年
研究テーマ:パラジウム触媒を用いたスタノランの位置選択的ダブルカップリング反応
略歴:1991年島根県松江市生まれ。山口大学工学部卒業後、同大学院医学系研究科へ進学。2014年山口大学学長賞(学科 首席卒業)、第41回有機典型元素化学討論会優秀ポスター賞、2015年第42回有機典型元素化学討論会優秀講演賞。2016年 医学系研究科奨励賞 修士課程修了。