第47回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院薬学系研究科(内山研究室)博士課程2年・鳥海 尚之さんにお願いしました。
今回の研究は、有機化合物の特性を記述する基礎・芳香族性がテーマです。どんな教科書にも載っている基本概念ですが、最近の巨大π共役化合物研究の加熱に後押しされ、拡張的・多角的に捉えられるようになってきています(メビウス芳香族性なんかも一つですね)。この研究を第14回次世代を担う有機化学シンポジウムで発表され、優秀発表賞を受賞されたことを機に、依頼させて頂きました。
研究室を主宰される内山真伸 教授は、鳥海さんを以下の様に評しておられます。
鳥海くんはルービックキューブを「あっ!」という間にそろえることができます。研究室の新歓などに披露して盛り上げてくれます。研究課題「近赤外光を利活用できる機能性有機色素の開発」は、開始当初は困難を極め、先が全く見えない状況でした。しかしながら、鳥海くんは、持ち前のガッツと独自のアイデア、情熱を持って育て上げ、新たな近赤外有機色素の発見にとどまらず、新概念・新反応・新現象なども見いだしました。気がつけば、「近赤外光」を軸に「芳香族性」「対称性」「π 共役」「分子構築」「軌道論」と一面ずつルービックキューブをそろえるようにテーマを結実させました。ルービックキューブは数学的には群論とも関係があるそうです。鳥海くんには、全体を俯瞰する力、ルールを見極める目、遊び心が知らない間に備わっていたのかも知れません。
・・・とこのようなコメントを拝見して興味を持ち検索しましたが、27秒41という大会記録が。うーむ凄いですね・・・(ていうか上位記録は人間業ではないですね・・・)。
有機化学研究にも諸々の立体的センスが必要であることは間違いありませんが、それに長ける鳥海さんはどのように研究を進められたのでしょうか。お話を伺ってみました。
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
近赤外領域の光(700-2000 nm)を利用できる有機色素は、生体イメージングや癌の光線力学療法、太陽電池などの様々な分野で注目を集めています。当研究グループでは、近赤外色素を設計する手段として、拡張したπ共役系を有する大環状の芳香族化合物に着目してきました 本研究では、分子軌道解析や環電流効果の評価などから、分子の持つ「芳香族性」を詳細に調べました。その結果、芳香族性の強弱の制御に基づき近赤外吸収を調節できるベンジフタロシアニンを創製し、[1] 近赤外領域に強い吸収を持つシクロパラフェニレン(CPP)ジカチオンが「面内芳香族性」という希な性質を示すことを明らかにできました(図1)。[2]
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
ベンジフタロシアニンが、弱い18π芳香族性を持つフェノール構造と強い18π芳香族性を持つキノイド構造という2つの互変異性体の平衡状態で存在することを解明したところです。X線単結晶構造解析からはキノイド構造しか得られなかったため、温度可変NMRや計算化学、メチル化による構造の固定などの手段を用いて最終的に証明しました。
この平衡を利用することにより、ベンゼン環上に位置選択的な修飾反応を行うことで、構造および物性を制御することができました(図2)。芳香族性は有機化学の基礎概念ですが、それを上手く活用することで近赤外吸収の制御という応用に繋げられて良かったと考えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
実験上の問題として、合成できたは良いものの溶解性が著しく悪いために単離、解析が困難な場合が多いことに悩まされました(分子量の大きなπ共役系化合物にありがちなことですが)。例えば、イソインドリンユニット上に周辺置換基を持たないベンジフタロシアニンは、プロトンNMRを測定することさえできませんでした。そのため、非常に嵩高い置換基を導入し、分子間のスタッキングを抑制して溶解性の向上を図りました。芳香族性や吸収波長は計算である程度予測できますが、溶解性に関しては実際に合成してみないとわからないので、試行錯誤しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学の最大の魅力は、分子レベルでものづくりできることだと思います。化学の発展は人類の進歩に寄与してきましたが、まだまだ世の中には環境問題や不治の病など解決すべき課題があります。将来的にも化学の研究に取り組むことで新しい機能や材料を創出し、少しでも社会の役に立つことができればと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私は4年生で研究室に初めて配属されたとき、与えられたテーマに関して、3ヶ月以上も目的化合物を合成できたと勘違いしていたことがあります。帰属するデータが不足していたため起こった誤りで、細かく見てみると全く異なる化合物でした。この過ちから学んだことは、短絡的な思い込みはしないよう心掛けるということです。科学者として常に客観的な視点を持ち、考えうる限り様々な角度から実験結果を見るのが重要だと思います。
とは言え、あまり結果を疑ってかかるばかりだと疲れてしまうので、適度に期待を持って研究に取り組むのが良いと思います。気楽にいきましょう。
参考文献
- “18π-Electron Tautomeric Benziphthalocyanine: A Functional Near-Infrared Dye with Tunable Aromaticity” Angew. Chem. Int. Ed., 2014, 53, 7814-7818.
- “In-Plane Aromaticity in Cycloparaphenylene Dications: A Magnetic Circular Dichroism and Theoretical Study” J. Am. Chem. Soc., 2015, 137, 82-85. DOI: 10.1021/ja511320f
関連リンク
研究者の略歴
所属:東京大学大学院薬学系研究科 内山研究室 博士課程2年
日本学術振興会特別研究員 DC1
研究テーマ:近赤外光を利活用できる機能性有機色素の開発