第41回のスポットライトリサーチは、工学院大学 先進工学部 の橋本英樹 助教にお願いしました。
今回の内容はいつもと少し毛色が違い、「日本の伝統工芸を科学的に解明する」ことに挑んだ研究です。端的には、磁器に使われる赤絵具の成分を詳しく調べ、その成り立ちを解明したという成果になります。日本発の文化的研究と言うことで、論文に加えて、アメリカ化学会のWebページでも特集されています。
“Controlling the Color of Lead-Free Red Overglaze Enamels and a Process for Preparing High-Quality Red Paints”
Hashimoto, H.; Inada, H.; Okazaki, Y.; Takaishi, T.; Fujii, T.; Takada, J. ACS Appl. Mater. Interfaces 2016, 8, 10918. DOI: 10.1021/acsami.6b01549
普段気に留めることは少ない点ですが、これもしっかりとした化学で語りうるお話なのです。それではいつものように、担当された橋本先生からお話を伺ってみましょう。
Q1. 今回の紹介対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
柿右衛門様式に代表される伝統的赤絵磁器は赤絵具(酸化鉄顔料とガラス粉末(フリット)の混合物)によって描かれており,その発色は酸化鉄(α-Fe2O3)微粒子が赤絵のガラス層に分散した結果得られることは良く知られています。その色彩は歴代の職人が長い年月をかけて培ってきた勘(経験則)によって制御され,美しい鮮やかな発色から深みのある濃い赤色まで実に様々な色が表現されてきました。
1958年に京都大学の故高田利夫先生は,酸化鉄赤絵に関する先駆的な研究を行い,酸化鉄の粒子径と凝集粒子サイズが小さいほど明るく鮮やかな赤絵が得られることを発見しました。しかし,それ以降赤絵磁器に関する科学的な研究はほとんど行われていませんでした。
私達は酸化鉄の粒子径だけでなくフリットの粒子径に着目して,様々な粒子径の酸化鉄とフリットを用いて赤絵磁器のテストピースを作製し,赤絵の発色とガラス中での酸化鉄の分散状態の関係を明らかにしました。更にこの結果を基に,明るく鮮やかな色彩が得られる赤絵具の新しい作製方法を開発しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
赤絵の発色には酸化鉄の粒子径のみが重要だという固定概念がありました。今思えばなぜフリットの粒子径を考慮していなかったのかと不思議です。あるとき何気なくテストピースを光学顕微鏡で観察し,ほとんど使っていなかった偏光板を入れて観察したところ,酸化鉄の粒子が驚くほどクリアに見えました。その時に酸化鉄が分散していない暗い部分(ガラスのみの部分)の大きさがテストピース間で異なることに気づき,フリットの粒子径が重要だということに思い至りました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
この研究は京都市産業技術研究所との共同研究で成し遂げられました。赤絵のテストピースを京都市産業技術研究所で作製してもらい,酸化鉄の作製とテストピースの分析を主に私が担当しました。電子顕微鏡の試料を作ることが難しかったのですが,幸いなことに試料作製装置が近くにありましたので,昼夜を問わず時間をかけて装置の技術を習得することで,深いディスカッションが可能な写真を取得できるようになりました。テストピースの作製,分析,ディスカッションの繰り返しを根気よく続けることで,赤絵の発色メカニズムの解明と新しい赤絵具の作製方法の開発に辿り着いたと感じています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学を通じて日本の伝統工芸や伝統技術の素晴らしさを伝えていきたいです。今回取り上げていただいた研究以外にもエネルギー変換材料に関する研究も進めています。化学の力を借りて伝統技術の解明から未来のエネルギー問題に資する基盤材料の開発に取り組んでいきたいと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
不思議を楽しんでください。そしてその不思議を楽しむためには,合成技術はもちろんのこと物質の本質を見抜くための分析技術が大変重要です。自分の目の代わりになる分析技術を習得すれば化学の楽しさを再認識できます。研究に失敗や無駄は何一つ無いと思いますので,色々な技術を身に着けて化学を思いっきり楽しんでください。
関連リンク
研究者の略歴
所属:工学院大学 先進工学部 応用化学科 無機表面化学研究室(阿相研究室)
研究テーマ:金属酸化物の合成と構造解析