第43回のスポットライトリサーチは、理化学研究所 環境資源科学研究センター (袖岡研究室)・特別研究員の河村伸太郎さんにお願いしました。
以前のスポットライトリサーチでも取りあげたように、フッ化アルキル基を炭素骨格に簡便に導入できる合成法は、国内外で開発競争が激化しています。そのような渦中にあって、今回河村さんによって開発された条件は非常に簡便なものであり、実用観点ではトップクラスに位置する一つだと思われます。プレスリリースおよび論文として先日公開されました。
“Perfluoroalkylation of Unactivated Alkenes with Acid Anhydrides as the Perfluoroalkyl Source”
Kawamura, S.; Sodeoka, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2016, DOI: 10.1002/anie.201604127
それではいつもどおり、現場のお話を伺ってみました。ご覧ください!
Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
ペルフルオロアルキル化合物は、ユニークな生理活性や物理的性質を示すことが多く、医薬品候補群や農薬、機能性材料にしばしば見られます。私たちの研究室ではこれまで超原子価ヨウ素トリフルオロメチル化試薬 (Togni試薬) を活用したアルケン類の求電子的なトリフルオロメチル化反応を種々報告してきました。同研究で用いたTogni試薬は、反応性および化学選択性に優れることから極めて有用な試薬ですが、高価であり自分で調製する場合も複数工程を要します。さらに、最近では潜在的な爆発性のために安定化剤との混合物として販売されており、実用性にやや難がありました。
今回、私たちはより実用的なペルフルオロアルキル化反応の開発を目的に、安価で入手容易な酸無水物をペルフルオロアルキル源とする反応の開発を行いました。酸無水物および尿素–過酸化水素より系中で調製したペルフルオロ過酸化物に対し、銅触媒存在下でアルケンを反応させることで二重結合の移動を伴うペルフルオロアルキル化 (アリルペルフルオロアルキル化) 反応が進行することを見出しました。また、分子内の炭素鎖の適切な位置に芳香環を有するアルケンを用いた場合は、無触媒条件においてペルフルオロアルキル基の導入と炭素環の構築を伴うカルボペルフルオロアルキル化反応が進行することがわかりました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究の開始時、私はより複雑で趣向を凝らした反応系を想定、設計しており、トリフルオロ酢酸から調製したジアシルペルオキシドは活性中間体の前駆体として利用しようと考えていました。しかも、初期の検討で中程度の収率ながら選択的に生成物が得られたことから意気揚々としていました。しかし、詳細を調べていくうちに元々考えていたトリックなどほとんど関係なく、ジアシルペルオキシドと銅塩というシンプルな組み合わせで目的の反応が効率よく進行していることが分かりました。当初の予想を外したのは悔しいですが、より実用的な反応を開発することができたことと、自然科学の奥深さを実感できたので結果的には良かったと思っています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
ペルフルオロ酸無水物および過酸化水素から調製した過酸化物は、銅または芳香環との電子移動を経てペルフルオロアルキルラジカルを生じることが知られています。(電子豊富な)芳香族化合物との反応であれば、このラジカルを出してしまえば求電子的な付加と続く芳香族化によって目的生成物を得ることができます。しかし、アルケン基質の場合、ペルフルオロアルキルラジカルとアルケンとが反応して生じるアルキルラジカル中間体が凶暴なため、複雑な混合物を生じます。私たちの反応では銅(II)触媒または基質分子内の芳香環によってアルキルラジカルを準安定な中間体へ転化することで効率の良い反応を可能にしています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
よりチャレンジングな課題に進んで取り組むことと、僅かなチャンスも見逃さないことをモットーに研究を進めていきたいと思っています。つけ加えて、それぞれの仕事の質と化学のより深い理解に拘って解像度の高い研究に仕上げたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回ご紹介した反応は、実験操作も簡単なので様々な分野の方々に使って頂けたらと思っています。皆さんの注目している化合物にペルフルオロアルキル基を導入すれば何かが起こる可能性大です。是非、お試しください。また、「当研究室の研究に参加したい方は、お問い合わせください。ヤル気のある方大歓迎です (袖岡研HPより抜粋)。」
関連リンク
研究者の略歴
所属: 理化学研究所 環境資源科学研究センター 触媒・融合研究グループ (袖岡研究室) 特別研究員
経歴:
2012年 京都大学大学院工学研究科 博士後期課程単位認定退学
2012年 理化学研究所 ERATO袖岡生細胞分子化学プロジェクト 研究員
2013年 京都大学大学院工学研究科 学位取得 (指導教官: 中村正治教授)
2014年より現職