第36回のスポットライトリサーチは、九州大学大学院薬学府 ・博士課程3年の森崎一宏さんにお願いしました。
森崎さんの所属する大嶋研究室では、金属錯体触媒の力量をフル活用し、環境に優しい有機合成を実現するという研究テーマに取り組んでいます。プロトン移動だけで進行する「不斉アルキニル化反応」に着目した、非天然アミノ酸単位を合成できるロジウム触媒はその一つです。森崎さんはその触媒メカニズムを深く追究し、得られた知見をさらに発展させる形で、より活性の高い触媒前駆体を見いだすことに今回成功しました。先日論文とプレスリリースが公開されたことを機に、紹介させて頂く運びとなりました。
“Mechanistic Studies and Expansion of the Substrate Scope of Direct Enantioselective Alkynylation of α-Ketiminoesters Catalyzed by Adaptable (Phebox)Rhodium(III) Complexes”
Morisaki, K.; Sawa, M.; Yonesaki, R.; Morimoto, H.; Mashima, K.; Ohshima, T. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 6194. DOI: 10.1021/jacs.6b01590
実は筆者(副代表)にとっても何かと縁の深い研究室であるため、今回の成果を個人的にも嬉しく思っています。それではいつも通り、現場のお話を聞いてみました。ご覧ください!
Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
イミンに対する直接的触媒的不斉アルキニル化反応は、合成素子として有用なプロパルギルアミンを高い原子効率で合成可能であり、これまで数多くの報告がなされてきました。しかし、詳細な反応機構解析を行った例は少なく、不斉四置換炭素を構築する反応などの、より難易度の高い反応の開発に有効な知見は限られていました。
当研究室では、名古屋大学の西山教授らが開発したロジウムphebox錯体1がアルキニル化反応の触媒として機能することを報告していました(Scheme 1)。本研究ではロジウムphebox錯体の安定性に着目し、反応機構解析を行いました。
その結果、
「最初の脱プロトン化で生じる酢酸の存在下において末端アルキンがプロトン源として働くこと」
「アルキニルロジウム錯体2の生成速度が全体の反応性を制御していること」
「錯体2形成後のturnover limiting stepはアルキンの錯体への配位段階である」
ことを見出しました(Scheme 2)。さらに、錯体2へと迅速に変換する前駆体3を新たに開発することで反応性の向上に成功し、種々の不斉四置換炭素含有プロパルギルアミンの合成を達成しました(Scheme 3)。
本研究により、同様のプロトン移動型の反応の開発において、触媒活性種の同定及び迅速な形成が重要であることを示すことができたと考えています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
触媒活性種の形成法です。検討の初期段階で、アルキニルロジウム錯体2を迅速に形成することができれば反応性の向上が期待できることがわかっていました。しかし、一般的な合成法では錯体が分解しうまくいきませんでした。
そんななか、アルキニルロジウム錯体に他のアルキンを加えるとアルキニル配位子が交換した別のアルキニル錯体が得られることがわかりました。普通に見れば別のアルキニル錯体ができるだけの反応ですが、見方を変えれば活性種であるアルキニルロジウム種2の迅速な形成法として利用できると考えました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
活性種形成後の反応機構を説明することが一番難しかったように感じます。 本反応ではそれぞれの中間体が活性種であるアルキニル錯体2よりも熱力学エネルギー的に不安定であり、中間体の観測および合成が困難でした。そこで、Scripps研究所のBlackmond教授らによって開発されたReaction Progress Kinetic Analysisなどの速度論解析を徹底的に行い、考えられる反応機構を1つ1つ棄却していき、最終的に納得のいく結論にたどり着きました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
新しい概念を提案し自ら実証できる化学者になりたいです。ただ単に反応を開発し論文にして終わりにするのではなく、その反応の開発がある領域の問題の1つの解決法を提唱しているような研究がしたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
なにか少しでも不思議な現象、予想と異なる現象があった場合に突き詰めてみると面白いことがわかるかもしれません。本研究も、触媒反応が低温で極端に反応性が下がることに気づいたことから始まりました。
最後に、この場をお借りして、ご指導してくださった先生方、共著者であり基質一般性の検討など最も大変な部分の実験を行ってくれた澤君、米嵜君に感謝致します。
関連リンク
研究者の略歴
[所属] 九州大学大学院薬学府 大嶋孝志研究室 博士課程3年 日本学術振興会特別研究員(DC1)[研究テーマ] 不斉四置換炭素含有アミン類の立体選択的合成法の開発
[略歴] 2012年3月 九州大学薬学部卒業
2014年3月 九州大学薬学府創薬科学科修士課程卒業
2014年4月〜現在 九州大学薬学府創薬科学科博士課程
[受賞歴] 5th Junior International Conference of Cutting-Edge of Organic Chemistry Asia: Outstanding Oral Presentation Award、第 5 回大津会議: 選抜参加、第 31 回有機合成化学セミナー: ポスター賞、九州大学学生表彰 (学術研究表彰)、九州大学研究助成プロジェクト「アカデミックチャレンジ 2013」: 採択、第29 回日本薬学会九州支部大会: 優秀発表者賞、第49 回化学関連支部合同九州支部大会: 優秀発表者賞