第37回のスポットライトリサーチは、岡山大学大学院自然科学研究科・博士課程2年の藤居 一輝さんにお願いしました。 藤居さんの所属する菅研究室では、環境調和性に優れた有機合成法の開拓とその統合プロセス化を念頭においた研究が日々行われています。新しい骨格を持つ有機分子触媒の開発もその一つです。藤居さんが萬代先生に続く著者としてメインで取り組まれた論文が、プレスリリースとともに先日公開されたことを機に、紹介させて頂くこととなりました。
“Enantioselective Acyl Transfer Catalysis by a Combination of Common Catalytic Motifs and Electrostatic Interactions” Mandai, H.; Fujii, K.; Yasuhara, H.; Abe, K.; Mitsudo, K.; Korenaga, T.; Suga, S. Nat. Commun. 2016, 7, 11297. doi: 10.1038/ncomms11297
今回は直接ご指導された研究室スタッフのお二方からコメントを頂いております。
菅誠治 教授からのコメント
藤居一輝君は福井高専から3年次編入生として本学に入学してきました。実は、小職は彼が高専生のときに福井高専にご挨拶に行く機会があり、その時からの付き合いですから、もう、6年ですね。少々やんちゃ系ではありますが、藤居君の有機合成に対する熱情は群を抜いており、その彼の強い思いが今回のすばらしい成果につながりました。さらに自分を磨いて有為な研究者へと飛躍してくれることを大いに期待しています。
萬代大樹 助教からのコメント
藤居君がプロジェクトに参画した当初は,10工程近くかけて合成したビナフチル骨格を有するDMAP誘導体を不斉触媒反応に適用しても,生成物のエナンチオマー比がほぼ50:50 erと散々な結果でした.この時期は何をやってもうまくいかない時期で精神的にきつかったと思います.藤居君はこれにめげず試行錯誤をした結果,触媒のビナフチル骨格3,3’位に水素結合性置換基を導入するというアイデアにたどり着きました.見事この触媒がヒットし,わずか0.5 mol %の触媒量で劇的な反応加速効果(DMAPの16倍)をもたらすとともに生成物のエナンチオマー比が98:2 erという素晴らしい触媒を見いだしました.本触媒は触媒合成の最終段階で様々な置換基を導入できるので,触媒ライブラリーを迅速に構築することができます.また様々なタイプのエナンチオ選択的アシル化反応に適用できる優れた触媒として,東京化成工業(株)から販売されています. 藤居君の数多くの実験をこなす能力に優れていることはもちろんのこと,実験から得られた結果を注意深く考察し,次の実験にどう活かすか自分できちんと考える事のできる優れた学生です.彼が居なかったら,このプロジェクトは成功しなかったと思います.今後の彼の研究者としての更なる活躍に期待しています.
新しい世界を切り開くには、粘り強くかつ熱意を持って取り組むことが重要であることがよく分かるのではないでしょうか。藤居さんご自身から現場のお話を伺ってみました。ご覧ください!
Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究は高活性な不斉求核触媒の創製です。アシル基移動反応によく用いられるN,N-ジメチル-4-アミノピリジン (DMAP, 図1a)は求核触媒として広く知られており、その不斉誘導体がこれまでに数多く報告されています。しかし、それらは一般に触媒活性が低いという問題を抱えていました。その原因は不斉環境を反応点近傍に配置することにより、その立体反発によって反応中間体iiや遷移状態iiiの安定性が大きく損なわれてしまうからです (図1b)。そこで我々は、触媒を立体的・電子的にチューニングする従来のセオリーではなく、触媒構造中の極性官能基 (FG)と求核剤 (Nu-H)の静電的相互作用を利用することによって反応遷移状態を安定化させ、劇的な反応加速効果と高いエナンチオ選択性を発現させるという解決方策 (図1c)を考案し、その触媒の合成に成功しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
最も工夫した点は触媒設計です。この触媒構造に行き着くまでに、指導教員である萬代先生と何度も議論し、最終的に触媒活性を失わないようにあえて遠隔位にエナンチオ選択性発現の鍵となる官能基を導入することを決めました。しかし、実際はどのような官能基が良好な結果に結びつくか見当がつかなかったため、最終ステップで多様な極性官能基に変換できる触媒合成ルートを選定しました。その結果、ヒドロキシ基を有する触媒誘導体が様々なアシル基移動反応を著しく促進することを見出すことができました。特に、Steglich転位反応では我々の想定を大きく超えた劇的な反応加速効果を示し、低触媒量化や大量スケールでの反応、触媒の回収・再利用が可能な触媒反応系を確立できました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
最も難しかったのは、本論文のメインテーマである不斉Steglich転位反応 (図2a)ではなく、シンプルなアルコールのエナンチオ選択的なアシル化反応 (図2b)でした。私は、求核触媒 (主にDMAP)が最もよく用いられるアルコールのアシル化反応でどうしても良好な結果を出したいと考えていました。本触媒は反応基質との静電的相互作用による不斉認識を行っているため、シンプルな構造の反応基質に対しての不斉認識は非常に難しいのですが、そうした強い思いから触媒構造の更なるチューニングや反応系の検討に長い時間を費やしました。現段階では、完全に満足できる結果は得られていませんが、触媒反応系をどのように最適化すればよいかの沢山のヒントを得ることができ、反応適用範囲の広い触媒へと発展させることができました (図2c,d)。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
どのような形であっても、有機化学分野における研究に生涯携わっていきたいです。今の好奇心をそのままに絶えずチャレンジし、これから待ち受ける様々な困難に自分にしかできないアプローチで立ち向かって行きたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
有機化学は私に沢山の楽しさや感動を与えてくれました。そんな有機化学を専攻し、ほんとに良かったと思います。私は学部生時代から自分自身で機能のある分子を創りあげたいと考えていたので、この研究は大きなやりがいがありました。これから先の研究においても様々な問題に直面すると思いますが、もっと驚くような研究成果を発表していきたいと思います。在学中にさらに満足できる結果を出したいので、日々の研究により一層励みたいと思います。
関連リンク
研究者の略歴
藤居 一輝(ふじい かずき)
所属: 岡山大学大学院自然科学研究科応用化学専攻 合成プロセス化学研究室 (菅研究室)
略歴: 2013年3月 岡山大学工学部物質応用化学科卒業。2015年3月 岡山大学大学院自然科学研究科化学生命工学専攻修了、同年博士後期課程に進学。現在に至る。
研究テーマ: 「高活性な不斉求核触媒の創製と不斉反応への展開」