[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アルケンとニトリルを相互交換する

[スポンサーリンク]

 

シアノ基は、様々な官能基に変換可能であるだけでなく、電子求引基として近接炭素の官能基化を容易にするため、医農薬品や機能性ポリマーの原料として広く用いられています。シアノ基を有するニトリル類合成法は、アルケンにシアン化水素を付加させる方法が主流です(図1)。しかし、この方法では高い毒性と揮発性、さらに爆発の危険性をもつシアン化水素を大量に用いる必要があります。

2016-05-04_10-24-25

図1. オレフィンのヒドロシアノ化反応

 

最近、ドイツマックスプランク研究所のMorandi教授らは、シアン化水素を用いないニッケル触媒によるアルキン–ニトリル相互変換反応の開発に成功しました。

“Catalytic reversible alkene-nitrile interconversion through controllable transfer hydrocyanation”

Fang, X.; Yu, P.; Morandi, B.;Science 2016, 351, 832. DOI: 10.1126/science.aae0427

アルケン–ニトリル相互変換反応の設計

 著者らは、水素ガスの代わりにアルコールを用いてケトンを還元する水素移動反応を参考に、シアン化水素の転位反応を設計しました。

炭素–シアノ結合の金属触媒への酸化的付加、β水素脱離、配位子するオレフィンの交換、オレフィンへのヒドリドの挿入、還元的脱離による炭素–シアノ結合の形成を連続して行うことで、アルキン–ニトリルの相互変換を平衡反応にできるのではないかと考えました。

炭素–ニトリル結合への活性の高い0価のニッケル錯体(Ni(cod)2)、配位子としてビス[2-(ジフェニルホスフィノ)フェニル]エーテル(DPEphos)、強いルイス酸性を有する塩化ジメチルアルミニウムを共触媒とし、トルエン溶媒中加熱することで、望みのアルケン–ニトリル相互変換反応を実現しました(図2)。

2016-05-04_10-26-33

図2. ニッケル触媒を用いたアルケン–ニトリル相互変換

 

本反応のポイント

  1. 有毒なシアン化水素が必要なく、また発生もしない
  2. ヒドロシアノ化だけでなく、脱シアン化水素反応も可能になりうる
  3. 単純な駆動力で平衡を偏らせることが可能になる

 

ヒドロシアノ化反応

副生物が気体として系外に放出されるようなニトリル類を用いることで、平衡を生成系に偏らせることに成功しています(図3)。

この方法では、通常のヒドロシアノ化が分岐体を与えることとは相補的に、直鎖状生成物が得られます。さらに、官能基許容性が高く、ヘテロ環をはじめ、多くの官能基をもつオレフィンに対して良好な収率でニトリルを与えます。そのため、合成終盤での適用が可能であり、セドレンやスクラレオールなどの天然物、及び、チロシンやエストロンのような生体分子でも高収率でのヒドロシアノ化に成功しています。また、ブチルニトリルを溶媒研反応剤として用いることで、低コストかつグラムスケールでのヒドロシアノ化にも成功しています。

2016-05-04_10-29-37

図3. 副生物の放出を駆動力とするヒドロシアノ化反応

 

逆ヒドロシアノ化反応

逆ヒドロシアノ化反応は熱力学的に不利であるが、ノルボルネンまたはノルボルナジエンといった環ひずみを有するオレフィンをシアン化水素の受容体とし、その環歪の解消を駆動力とすることで、平衡を偏らせることに成功してます(図4)。

1級、2級、3級ニトリルにおいても反応は良好に進行し対応するオレフィンを与えるようです。また、このオレフィン形成においてほとんど異性化生成物が観測されていません。一般にニッケル–ヒドリド種はアルケンの異性化を起こすことが知られているにもかかわらず、異性化がみられていません。

さらに、ヒドロシアンの受容体としてノルボルネンとノルボルナジエンのどちらを用いるかで熱力学的支配による生成物か速度論的支配による生成物かの作り分けが可能です。またDiels-Alder反応と組み合わせることで芳香族化合物の合成にも成功しています。

図4. 環ひずみの解消を駆動力とする逆ヒドロシアノ化反応

図4. 環ひずみの解消を駆動力とする逆ヒドロシアノ化反応

 

反応機構解析

初期的な反応機構解析として、重水素標識反応及び熱力学による反応解析を行っています(図5)。重水素化されたシアン化物によるヒドロシアノ化反応により、cisに重水素とニトリルを有するシアノ化物が得られたことから、重水素とシアノ基がsyn付加していることが明らかとなりました。また、4種類の反応物質を当量を変えて反応させても最終生成物の存在比がほぼ同じになることから、この反応は熱力学的平衡状態に落ち着くことがわかりました。

2016-05-04_10-31-59

重水素標識反応及び熱力学による反応解析

 

まとめ

今回Morandiらは、シアン化水素を用いない安全で実用性の高いアルケン–ニトリル相互変換反応の開発に成功しました。ニトリルの化学の発展を促し、ファインケミカルの生産においても利用される可能性があります。

一方で、量論量の副生物が生成してしまうために、すでにシアン化水素を利用している企業が使用するかどうかはなかなか難しいところです。今後は、不斉合成及び反応機構の解明が進められる中で、今回の反応をモデルにさらなるアルケンの可逆付加反応の開発が期待されます。

 

Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. マテリアルズ・インフォマティクスで用いられる統計[超入門]-研究…
  2. カルボン酸β位のC–Hをベターに臭素化できる配位子さん!
  3. 事故を未然に防ごう~確認しておきたい心構えと対策~
  4. 科学とは「未知への挑戦」–2019年度ロレアル-ユネスコ女性科学…
  5. フリーラジカルの祖は一体誰か?
  6. 力学的エネルギーで”逆”クリック!
  7. 全フッ素置換シクロプロピル化試薬の開発
  8. E. J. Corey からの手紙

注目情報

ピックアップ記事

  1. 新奇蛍光分子トリアザペンタレンの極小蛍光標識基への展開
  2. 留学せずに英語をマスターできるかやってみた(3年目)
  3. 呉羽化学、社名を「クレハ」に
  4. 重いキノン
  5. 中国へ講演旅行へいってきました②
  6. カルノシン酸 : Carnosic Acid
  7. すぐできる 量子化学計算ビギナーズマニュアル
  8. リンダウ会議に行ってきた②
  9. 分子振動と協奏する超高速励起子分裂現象の解明
  10. マイケル・グレッツェル Michael Gratzel

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年7月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP