【6/30 筆者注:K先生、ご連絡有難う御座いました ご連絡内容に沿い見直しましたところご指摘の通りでしたので、当該部分を訂正致しました 今後ともご指導宜しくお願い申し上げます】
Tshozoです。今回は4年越しにぶん投げてきたタイトルの件の続きです。他のネタもやりっぱなしのものがあるのですがそちらも細々と続けてまいりますことを宣言して、まずは本件書いてまいります。
前回は、HB法の概要で終わったわけです。その工業的なところを今回持ってこようと思ったのですが、ちょっと気分を変えて窒素分子に関わる有機金属化学の方から進めてみましょう。
有機金属化学と窒素との関係
有機金属化学というのは・・・有機系と無機系の架け橋とも言うべき分野です。その詳細を「一言で」説明できるのかと言われると説明できませんごめんなさいちょっと苦しいところがあります。幸い奈良女子大の棚瀬知明先生が運営されるこちらのサイトに非常に判りやすく描かれていますので学問的な部分はそちらにお任せするとして、このうえなくラフに表現すると「金属系の原子に有機物がくっつい(て機能を発揮でき)る材料、有機金属化合物に関する学問のこと」です。
野依先生が開発した触媒(左上)も、Kaminsky触媒(右上)も、
Grubbs触媒(下)もこの分野の材料の一種 こちらから引用
上記のとおりほとんどの有機金属化合物は炭素-金属や、分子中リン-金属、分子中窒素-金属などの電子の相互作用をもとに成り立っているのですがその中でかなりマイナーな部分に「窒素分子-金属」というグループが存在するのです。今回はその「窒素分子-金属」に関する歴史とかのお話。
以下、窒素分子に関する有機金属化合物(以下N2-complexと言います)とは「ムチャクチャ反応しにくい窒素分子を常温常圧でトラップ若しくは配位する/できる化合物」ということにしてください(この定義で言いますと金属リチウムとかもこのグループに入ってしまいますがその点はご愛嬌で・・・)。
代表的なN2-complex 図は参考文献1より引用
左上よりChatt,右上Cummins,下Schrockらによるもの
ただ繰り返しますが普通の環境では窒素は極めて安定です。その安定性ゆえに、大気中に大量に存在しているわけで。前回書いたようにバチバチ雷でも飛ばさない限りぶっ壊れてくれないし、だいいち3重結合で電子が中央部に固まってるのに加えて結合が面対称で極性が無いのでくっつく(配位する)ことすら有り得ない、普通は。その窒素が何故配位され得るのか。生物学的にはニトロゲナーゼという、豆類にくっつく菌内の酵素が営々とやってきた歴史があるのですが、今回はまず人工的な試みの歩みに話を絞り、その歴史から紐解いていきましょう。
N2-complexの歴史
科学史上、有機金属化合物によって最初に窒素分子を「とらまえた」可能性が最も高いのは、実はZiegler-Natta触媒の発明者のひとりであるKarl ZieglerのラボのもようですNattaとの仲が非常に険悪だったという根拠の文献を探しているのですがどなたかご存知無いでしょうか。色々文献を探りましたが、論文としてこれ以前に残っている錯体による窒素固定の証拠はどうもなさそうですね(参考文献2)。
んでZieglerのラボで何が起きていたか、ですが、同グループの研究員が有機金属化合物の奔りであるZiegler触媒(TiCl4/AlEt3)をポリエチレン合成に用いる際、窒素雰囲気下でどうも触媒の状態が最初と違う(不溶化物が発生する)ことに気づいたのがきっかけです。何を考えたかそのスタッフはこれを加水分解し、調べてみたところNH3くさいものが出来ていたという、非常に不思議な結果を得たのがそもそもの始まりでした。
同ラボではこの時これ以上追及することが無かったようですが、不純物か何かと勘違いしたのでしょうかね・・・第一窒素ほど不活性なものが錯体によって反応しうるということ自体、ニトロゲナーゼ(次回以降で記載します)の知識が無ければまず気づかんから仕方なかったとも言えます。これに着目したかどうかはわからないのですが、約10年後に当時ソ連のVolpinという化学者がこのZieglerとほぼ同義の実験を再現、論文に著します。
ソ連時代の論文集らしいが一体どうやって見つけたのやら
反応の中身はZieglerグループが見つけたものとは厳密には異なります
続いてその次の年、トロント大のAllen教授・Senoffらがこれまた上記の件とは独立に窒素分子をくっつけた錯体の合成に成功、窒素分子が配位しうる可能性を世界で初めて化学界に知らしめます。
当時この結果は全く信じられなかったようで、著者⇔レフェリーを何度やっても埒があかず、最終的に総計16人のレフェリーをたらいまわしになったとか(参考文献1)。結局翌年に同じくAllen教授のグループがこの材料のX線構造解析に成功したことで解決をみたのですが、まさに「ブラックスワン」だったのじゃないでしょうか。
Allen教授による窒素分子錯体の金字塔とも言うべき成果
ですがこのAllen氏の成果による窒素分子は、反応を見てもらえばわかる通り(言い方が悪いですが)「ヒドラジン分解物から付着した」というレベルのもの。空気中から窒素分子をとらまえることを本件の最終目標に置くとすると、まだまだ階段の1段目にすら到達していない状態でした。
その1段目に初めて到達したのは、筆者が化学に傾注するきっかけになった、有機化学美術館に記載のある「Pearl Harbor Complex」です。発見者は元日本化学会会長でクロスカップリング反応の開発にも貢献された山本明夫先生。この結果はその後何百と見つかるN2-Complexの嚆矢となり、窒素配位の化学が幕を開けるわけです。
山本先生による、気中窒素を世界で初めて配位させたN2-Complexの概要
中心のコバルトが配位子からの電子供与により高い還元性を持つのがポイント
・・・なんかすごく長くなりそうなので今回はここらへんで。
【参考文献】
1. 溝部裕司, “金属酵素活性部位をモデルとした高活性金属クラスター触媒の創製”, 生産研究 56巻5号 2004
2. J. Chatt, G. Leigh, “Nitrogen Fixation”, Chem. Soc. Rev. 1972, 1, 121-144
3.写真・図は各国Wikipediaより引用