スタチンはメバロン酸経路の律速酵素であるHMG-CoA還元酵素を阻害して強いコレステロール低下作用を示す薬物の総称であり、世界中で成人病治療薬として爆発的に使用されてきました。東京農工大学を訪ねる機会がありましたので、有名すぎる話ではありますが、スタチンの歴史などを少々振り返りたいと思います。
このスタチン類として最初の化合物である (メバスタチン: ML-236B)を1973年、当時三共の研究者であった遠藤章博士がアオカビ(Penicillium citrinum)の培養液から発見し、1974年6月7日特許を出願しました。このメバスタチンは1976年コンパクチンという名で英国の製薬会社ビーチャム(現:グラクソ・スミスクライン)のBrownらのグループが別の青カビ(Penicillium brevicompactum)からの単離を報告しています(1975年7月25日投稿)。[1]ただし彼らはコンパクチンを抗菌活性物質として報告するにとどまっています。
メバスタチンはラットのコレステロールを下げない、毒性の疑いがあるなど再三のピンチを乗り越えた末第一相臨床試験が開始されましたが、1980年に発がん性がある(との誤った?)判断が下され開発を中止しています。
しかし、米国のメルク社はメバスタチンの効果に注目しており、三共からノウハウを供与されるなど共同研究を続けていました。そして1979年にロバスタチンをAspergillus terreusから発見します。ロバスタチンはメバスタチンと同程度の活性を持ち、かつ副作用が認められなかったことからついに1987年にFDAの認可を受け製品として世に出ることになりました。
実はロバスタチンの特許には微妙な問題がありまして、メルクは三共と共同研究を続けていたわけですが、ロバスタチンはメルクの特許となっています。遠藤博士は1979年1月に東京農工大学に勤務しはじめます。その直後に紅麹カビ(Monascus ruber)から新しいスタチンであるモナコリンKとJを発見しているのですが、このモナコリンKはメルクのロバスタチンと同一化合物でした。この特許は1979年4月13日に出願されていますが、メルクのロバスタチンの特許は1979年6月15日に出願されており、遠藤博士の方が早いのです。しかし、米国では先発明主義がとられていることから、メルクの1978年11月に発見していたという主張が認められ、ロバスタチンの特許が認められることになったのです。
その後は次々とコレステロールを下げる薬が開発されていき、スタチンは2005年には3兆円規模の市場にまで成長するにいたりました。
しかし、遠藤博士はこれらの偉大な発見に対する多大な貢献がありながら目立った「みかえり」金を得られていません。これは昨年話題になった大村博士の例とは対照的ですね。特許の重要性、そして「2番じゃ駄目なんです」という数ヶ月、数週間単位の熾烈な開発競争が垣間見えるスタチンのストーリーです。
遠藤章博士は大阪大学の山本章医師と協力して1978年に重症患者に対する臨床試験を実施し、安全性と劇的なコレステロール低下作用を確認しました。[2]この我が国で最初に患者の治療に使ったものと同じロットの錠剤と、この新薬を発見したときの過程を記録した遠藤博士の月報と助手の実験ノートが東京農工大学科学博物館に保存されています。
これらはいずれも、国際的に見て日本の科学技術発展の独自性を示すものとして重要であることが認められ、2015年重要科学技術遺産として認定されました。
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関連文献
- Brown, A. G.; Smale, T. C.; King, T. J.; Hasenkamp, R.; Thompson, R. H. J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1, 1976, 1165-1170. DOI: 10.1039/P19760001165
- Yamamoto, A.; Sudo, H.; Endo, A. Atherosclerosis 1980, 35, 259-266. DOI: 10.1016/0021-9150(80)90124-0
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