[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

穴の空いた液体

[スポンサーリンク]

 

ゼオライト(沸石)や金属有機構造体(MOF: Metal organic frameworks)などに代表される多孔性材料は、その広大な表面積を利用した、ガス貯蔵や触媒、分子ふるいなどへの応用が世界中で研究されています。

多孔性材料は空孔を維持するのに十分な強度をもつために室温で固体であるため、現在のフロー・プロセスを基本とする工場規模での実用化が進んでいません。この問題を解決し得る、多孔性を有し、かつ、流動性のある材料として「多孔性液体」が考え出されました[1]。多孔性液体とは、その内部に空孔をもつため少ないエネルギーで物質の吸着・脱着ができ、さらに、ポンプと配管で輸送可能な流動性を併せもつような材料です(図 1)。多孔性液体は、省エネルギー化を目指した化学工場への応用や全く新しい形式の溶媒としての機能が期待できます。

2016-05-01_21-39-17

図1 多孔性液体のコンセプト

 

多孔性液体の合成戦略

連続した構造体で空孔を維持する場合は、どうしても構造が頑強になってしまい、流動性をもたせにくくなります。

一方、液体は必然的に流動してあらゆる隙間を埋めてしまうため、流動性の高い柔軟な構造では空孔を維持するのは困難です。つまり、多孔性と流動性を併せもつ多孔性液体は本質的にジレンマを抱えている。

そこで近年、英国クイーンズ大学のJames教授らは、連続した構造体の最小単位で空孔を維持できる有機分子ケージに注目しました。彼らはまず、リバプール大学のCooper教授らによって合成された、固体状態で多孔性を示すかご状イミン[2]に様々な種類のアルキル鎖を導入し、ケージ間の相互作用を減らすことで融点を下げ、室温で液状の多孔性材料の開発を行いました[3]。合成されたアルキル置換かご状イミンは50 °Cで融解するものの、アルキル鎖がケージの内部に入り込み空孔を埋まってしまうために、多孔性液体の開発には至りませんでした。

そこで最近彼らは、ループ状に閉じたクラウンエーテルを置換基に用いることで、ケージ内部への侵入を防ぎ、かつ、流動性を確保することができるのではないかと考えました[4]

2016-05-01_21-43-08

図2 多孔性液体の合成戦略

 

多孔性液体の合成と評価

先の合成戦略に基づき合成されたクラウンエーテル・ケージは、それ自身では室温で固体であり、昇温してもクラウンエーテル部分が壊れてしまい、液化させることはできませんでした。しかし、クラウンエーテル・ケージは15-クラウン-5に高濃度で溶解させることができました。クラウンエーテル・ケージのクラウンエーテル溶液は、分子動力学による計算と陽電子消滅法(補足)による測定実験の両方から空孔の存在が支持されました。メタンガスの吸着量は、純粋な15-クラウン-5の8倍であり、温度を上げても吸着量の劇的な低下は見られませんでした。

しかし、クラウンエーテル・ケージは大量合成に向かず、また粘度も高いなど、問題点がありました。そこで彼らは、クラウンエーテル・ケージの改良版としてのスクランブル・ケージを開発しました。

2016-05-01_21-48-19

図3 二つの多孔性液体

スクランブル・ケージは市販されている試薬からたったの一段階で合成可能です。また、二種類のジアミンを用いることで、構造の多様性を増やし、溶解性の向上に成功しています。スクランブル・ケージのヘキサクロロプロペン溶液において、メタンガスの1H NMR実験から空孔内部にメタンが吸着していることが確かめられられています。また、キセノンを溶かし込んだ多孔性液体にケージに入り込める大きさであるクロロホルムを添加した場合、キセノンの大幅な脱離が観測されました。一方、ケージに入り込めない大きさの1-t-ブチル-3,5-ジメチルベンゼンを添加した場合にはキセノンの脱離は観測されないなど、サイズ選択性が高いことが示されました。

 

まとめ

今回、James教授らは適切なケージ置換基のデザインと適切な溶媒の選択により、多孔性と流動性をもつ多孔性液体を開発しまいsた。固体の多孔性材料と比較すると着脱能に改善の必要はあるものの、今後のさらなる研究によって、触媒反応、抽出、気体の貯蔵や分離などへの応用が期待されます。

 

参考文献

  1. O’Reilly, N., Giri, N., James, S. L. Chem. Eur. J. 2007, 13, 3020. DOI: 10.1002/chem.200700090
  2. Cooper, A. I. and coworker, Nature Mater. 2009, 8, 973. DOI:10.1038/nmat2545
  3. James, S. L. and coworker, Chem. Sci. 2012, 3, 2153. DOI: 10.1039/C2SC01007K
  4. Giri, N.; Del Pópolo, M. G.; Melaugh, G.; Greenaway, R. L.; Rätzke, K.; Koschine, T.; Pison, L.; Gomes, M. F. C.; Cooper, A. I.; James, S. L.;Nature 2015, 527, 216. DOI: 10.1038/nature16072

 

関連リンク

  1. Mastalerz, M “Materials chemistry: Liquefied molecular holes” Nat., 2015, 527, 174. (Nature, News & Views )
  2. 2. Cooper Group, News, “Scientists invent world’s first ‘porous liquid

 

補足

陽電子消滅法

陽電子消滅寿命測定法は、陽電子をプローブとすることで非破壊・非接触で自由体積空孔のサイズ・分布を測定することができる測定法。原理は、放射生同位体である22Naがβ崩壊するときに得られる陽電子(電子の反物質で電子と同じ質量をもつが、電荷は正である)を物質中に入射すると、電子と衝突して対消滅する。この時、消滅した質量がエネルギー(光子)として放出される。

空孔が多い物質ほど、陽子が対消滅する確率が小さいので陽電子寿命が長くなる。そのため、陽電子寿命を測定することで資料の空孔のサイズがわかる。

Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 「理研よこはまサイエンスカフェ」に参加してみた
  2. 究極のエネルギーキャリアきたる?!
  3. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑱:Apple…
  4. カブトガニの血液が人類を救う
  5. 窒素固定をめぐって-2
  6. アメリカ化学留学 ”立志編 ーアメリカに行く前に用意…
  7. 生体医用イメージングを志向した第二近赤外光(NIR-II)色素:…
  8. オゾンと光だけでアジピン酸をつくる

注目情報

ピックアップ記事

  1. 水素化ほう素ナトリウム : Sodium Borohydride
  2. 【追悼企画】カナダのライジングスター逝く
  3. START your chemi-storyー日産化学工業会社説明会
  4. 新薬と併用、高い効果
  5. Cooking for Geeks 第2版 ――料理の科学と実践レシピ
  6. 有機反応を俯瞰する ー縮合反応
  7. ハイブリッド触媒系で複雑なシリルエノールエーテルをつくる!
  8. 官能基「プロパルギル基」導入の道
  9. マニュエル・ヴァン・ゲメレン Manuel van Gemmeren
  10. 呉羽化学、社名を「クレハ」に

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年5月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP