ゼオライト(沸石)や金属有機構造体(MOF: Metal organic frameworks)などに代表される多孔性材料は、その広大な表面積を利用した、ガス貯蔵や触媒、分子ふるいなどへの応用が世界中で研究されています。
多孔性材料は空孔を維持するのに十分な強度をもつために室温で固体であるため、現在のフロー・プロセスを基本とする工場規模での実用化が進んでいません。この問題を解決し得る、多孔性を有し、かつ、流動性のある材料として「多孔性液体」が考え出されました[1]。多孔性液体とは、その内部に空孔をもつため少ないエネルギーで物質の吸着・脱着ができ、さらに、ポンプと配管で輸送可能な流動性を併せもつような材料です(図 1)。多孔性液体は、省エネルギー化を目指した化学工場への応用や全く新しい形式の溶媒としての機能が期待できます。
多孔性液体の合成戦略
連続した構造体で空孔を維持する場合は、どうしても構造が頑強になってしまい、流動性をもたせにくくなります。
一方、液体は必然的に流動してあらゆる隙間を埋めてしまうため、流動性の高い柔軟な構造では空孔を維持するのは困難です。つまり、多孔性と流動性を併せもつ多孔性液体は本質的にジレンマを抱えている。
そこで近年、英国クイーンズ大学のJames教授らは、連続した構造体の最小単位で空孔を維持できる有機分子ケージに注目しました。彼らはまず、リバプール大学のCooper教授らによって合成された、固体状態で多孔性を示すかご状イミン[2]に様々な種類のアルキル鎖を導入し、ケージ間の相互作用を減らすことで融点を下げ、室温で液状の多孔性材料の開発を行いました[3]。合成されたアルキル置換かご状イミンは50 °Cで融解するものの、アルキル鎖がケージの内部に入り込み空孔を埋まってしまうために、多孔性液体の開発には至りませんでした。
そこで最近彼らは、ループ状に閉じたクラウンエーテルを置換基に用いることで、ケージ内部への侵入を防ぎ、かつ、流動性を確保することができるのではないかと考えました[4]。
多孔性液体の合成と評価
先の合成戦略に基づき合成されたクラウンエーテル・ケージは、それ自身では室温で固体であり、昇温してもクラウンエーテル部分が壊れてしまい、液化させることはできませんでした。しかし、クラウンエーテル・ケージは15-クラウン-5に高濃度で溶解させることができました。クラウンエーテル・ケージのクラウンエーテル溶液は、分子動力学による計算と陽電子消滅法(補足)による測定実験の両方から空孔の存在が支持されました。メタンガスの吸着量は、純粋な15-クラウン-5の8倍であり、温度を上げても吸着量の劇的な低下は見られませんでした。
しかし、クラウンエーテル・ケージは大量合成に向かず、また粘度も高いなど、問題点がありました。そこで彼らは、クラウンエーテル・ケージの改良版としてのスクランブル・ケージを開発しました。
スクランブル・ケージは市販されている試薬からたったの一段階で合成可能です。また、二種類のジアミンを用いることで、構造の多様性を増やし、溶解性の向上に成功しています。スクランブル・ケージのヘキサクロロプロペン溶液において、メタンガスの1H NMR実験から空孔内部にメタンが吸着していることが確かめられられています。また、キセノンを溶かし込んだ多孔性液体にケージに入り込める大きさであるクロロホルムを添加した場合、キセノンの大幅な脱離が観測されました。一方、ケージに入り込めない大きさの1-t-ブチル-3,5-ジメチルベンゼンを添加した場合にはキセノンの脱離は観測されないなど、サイズ選択性が高いことが示されました。
まとめ
今回、James教授らは適切なケージ置換基のデザインと適切な溶媒の選択により、多孔性と流動性をもつ多孔性液体を開発しまいsた。固体の多孔性材料と比較すると着脱能に改善の必要はあるものの、今後のさらなる研究によって、触媒反応、抽出、気体の貯蔵や分離などへの応用が期待されます。
参考文献
- O’Reilly, N., Giri, N., James, S. L. Chem. Eur. J. 2007, 13, 3020.
- Cooper, A. I. and coworker, Nature Mater. 2009, 8, 973. DOI:10.1038/nmat2545
- James, S. L. and coworker, Chem. Sci. 2012, 3, 2153. DOI: 10.1039/C2SC01007K
- Giri, N.; Del Pópolo, M. G.; Melaugh, G.; Greenaway, R. L.; Rätzke, K.; Koschine, T.; Pison, L.; Gomes, M. F. C.; Cooper, A. I.; James, S. L.;Nature 2015, 527, 216. DOI: 10.1038/nature16072
関連リンク
- Mastalerz, M “Materials chemistry: Liquefied molecular holes” Nat., 2015, 527, 174. (Nature, News & Views )
- 2. Cooper Group, News, “Scientists invent world’s first ‘porous liquid”
補足
陽電子消滅法
陽電子消滅寿命測定法は、陽電子をプローブとすることで非破壊・非接触で自由体積空孔のサイズ・分布を測定することができる測定法。原理は、放射生同位体である22Naがβ崩壊するときに得られる陽電子(電子の反物質で電子と同じ質量をもつが、電荷は正である)を物質中に入射すると、電子と衝突して対消滅する。この時、消滅した質量がエネルギー(光子)として放出される。
空孔が多い物質ほど、陽子が対消滅する確率が小さいので陽電子寿命が長くなる。そのため、陽電子寿命を測定することで資料の空孔のサイズがわかる。