水素はアンモニアやメタノールの製造だけでなく、オレフィンやガソリン等の製造にも用いられている、現代には欠かせない原料の一つです。将来的には水素を用いた製鉄や、アンモニア、ギ酸、メチルシクロヘキサン等の形での貯蔵可能なエネルギーとしても注目されています。
現在水素は800~1000℃で化石燃料のスチーム・リフォーミング反応、つまり高温でC-H結合を切ることで製造されており、大量のエネルギーを用いて製造しています。この問題を解決すべく「太陽エネルギーを使って光触媒で水を燃料(H2)に変える」という夢のような概念1,2が約45年前に日本の研究者から提唱されました。現在、この文献2の引用はなんと1万7千回を超え、これまでに様々な発見や改善がなされてきました。ところが残念なことにそのほとんどはお世辞にも効率が良いと言えるものではなく、水から水素が湧き出るなんていうのは夢のような話でしたが...今回、そのような夢を現実のものとするかもしれない超高活性光触媒膜が東京大学大学院工学系研究科の堂免グループを中心として開発され、Nature Materials誌に掲載されました。今回は本成果をご紹介いたします。
“Scalable water splitting on particulate photocatalyst sheets with a solar-to-hydrogen energy conversion efficiency exceeding 1%”
Wang, Q.; Hisatomi, T.; Jia, Q.; Tokudome, H.; Zhong, M.; Wang, C.; Pan, Z.; Takata, T.; Nakabayashi, M.; Shibata, N,.; Li, Y.; Sharp, I. D.; Kudo, A.; Yamada, T.; Domen, K. Nat. Mater. 2016, doi:10.1038/NMAT4589.
湧き出る水素
下図1は開発された光触媒が水を分解し、水素(と酸素)の泡を放出している様子です。実際に泡が湧き出る様子が動画(こちらの一番下:Supplementary Movie 1)で見られます。この動画はNatureを購読していなくてもタダで見られるのでぜひ見て頂きたいです。詳しい条件は論文に記載されていますが、基本的に水の入った容器の底に光触媒のフィルムが入っていて、太陽光を模擬した光を当てることで、大量の水素(と酸素)が生成されるというものです。
光触媒フィルムの作り方
光触媒の作り方はいたってシンプル(図2)です。
(I) RhとLaをドープしたSrTiO3(図中のHEP)とMoをドープしたBiVO4(図中のOEP)を合成し、これら2種類の光触媒を懸濁した溶液をドロップキャスト法でガラス板上に分散。
(II) 分散した光触媒粒子の上から真空蒸着で金薄膜を生成。
(III) 金薄膜と薄膜に付着した光触媒をテープではがす。
非常に簡単なプロセスで大量生産にも向いてそうです。ただ金薄膜を光触媒と一緒にテープではがす行程(III)は一見無駄の様に思えますが、このひと手間が高い活性を得るカギになります。
“Z-Scheme”で水を分解
カギをにぎるのはZ-Schemeというシステムです。Z-Schemeは植物の光合成における光吸収モデルの通称で、光触媒での水分解3に広く応用されています。
光触媒が光を吸収すると光触媒中の電子が励起され、電子が抜けた跡に正孔(正の電荷)が生成されます。水を分解するには「励起電子のポテンシャルがH+/H2より負」かつ「正孔のポテンシャルがH2O/O2より正」である必要があります。還元(もしくは酸化)のポテンシャルが大きければ大きいほど反応が進みやすくなりますが、そのために大きな光子のエネルギーが必要になり、可視光を多く含む太陽光を効率よく利用しての達成は難しくなります。そこで図3のように二つの光触媒を組み合わせることにより、植物の光合成(Z-Scheme)と同様に2段階で電子を励起し、大きなポテンシャルを生み出すことができます。
図3の光触媒におけるZ-Schemeでは、いかにBiVO4:Moの電子をSrTiO3:La,Rhの正孔で効率よく消費し、正/負のポテンシャルが高いBiVO4:Moの正孔/SrTiO3:La,Rhの電子を残せるかが活性に大きく影響します。ただし結晶構造が違う二つの触媒を焼結すると界面で結晶欠陥が出来、電子の移動が上手くいきません。そこでAuを仲介することによって、効率よい電子の受け渡しを可能にしています。
Z-Schemeを効率よく
BiVO4:MoからSrTiO3:La,Rhへの電子の受け渡しをスムーズにするには、これら2つの光触媒が金と接触していることが重要です。図2(I-III)の過程により、金薄膜をテープではがしても取れないほどしっかり金に付着している光触媒だけ分離できます。このためZ-Schemeがうまく機能して、水分解に対し高い活性が得られます。その一方で図4の様に金薄膜上に光触媒層を堆積すると、プロセスは単純ですが上部の光触媒が金と接触せず効率が低下します。
今後、実用化されるためには?
大量の水素が湧き出るこの光触媒フィルムですが、効率は太陽光に対して1%程度で、工業的に必要と言われる効率(10%程度)4とはまだまだギャップがあります。その一方で図5に示すようにSrTiO3:La,Rhがほとんど吸収しない419nmの光を使っても33%という驚異的な効率が達成できることから、今回発表されたフィルムの構造が非常に有効であることが伺えます。また水素もしくは酸素発生に特化した光触媒を別々に開発し組み合わせることが可能で、触媒開発の自由度が高く、効率がさらに改善されていくことが今後とも期待できます。
著者からのメッセージ
最後に、研究を指揮された堂免教授、久富助教から本研究に関するメッセージを頂きましたので紹介させて頂きます。
太陽エネルギーを用いて水から水素を生成する反応は,環境問題・エネルギー問題を根本的に解消する可能性のある夢の化学反応の一つです.我々の研究グループは半導体光触媒を用いてこの反応を実現するための研究をしています.今回の研究は水素生成用と酸素生成用の二種類の光触媒を組み合わせて二段階の光励起により水を分解するZスキーム型水分解反応に関するものです.Zスキーム型水分解反応では,水素生成反応あるいは酸素生成反応のいずれかに活性を示す光触媒材料であれば水の分解反応に利用できるため,バンドギャップが小さな光触媒材料を応用しやすいという特徴があります.
Zスキーム型水分解反応を効率よく進行させるためには,水素生成用光触媒と酸素発生用光触媒が高い活性を示すことはもちろん,本記事の図3で説明されているように,水素生成光触媒と酸素生成光触媒に余る正孔と電子を効率よく再結合させることが必要です.既往の研究では,二種類の光触媒間で電子をやり取りさせるために,可逆的に酸化還元反応を起こすことが可能な物質(Fe3+/Fe2+やIO3–/I–など)を電子伝達剤として添加する,二種類の光触媒をコンポジット化して粒子間電子移動を起こさせるなどの方法が検討されていました.しかし,水素生成光触媒上で電子伝達剤が還元される,あるいは酸素生成光触媒上で電子伝達剤が酸化されるなどの副反応が起こりやすいこと,二種類の光触媒の特性を損なうことなくコンポジット化することや粒子間電子移動を高効率化させることが難しいなどの理由から,高い水分解活性を実現することが困難でした.
2012年に当研究室の嶺岸助教(現准教授)らにより,粒子転写法という半導体光触媒粉末を導電層上に固定化する画期的な手法が発表されました(Chem. Sci. 2013, 4, 1120–1124).粒子転写法は光触媒粉末層上に導電層を製膜して光触媒・導電層接合体を作製する手法であり,導電層に直接接合している光触媒粒子以外を後処理により除去することができるため,粒界抵抗の少ない光触媒・導電層接合体を得ることができます.そこで,粒子転写法を利用して二種類の光触媒粉末を固定した光触媒シートを作製し,Zスキーム型水分解反応に応用する研究に着手しました.
研究当初は二種類の光触媒粉末を導電層上に固定化した場合に水分解反応が効率よく進行するかどうかはわかりませんでした.というのは,半導体と導電材料の間にはある種の相性があり,適切な材料を組み合わせないとショットキーバリアという電子の移動を妨げるエネルギー障壁が発生してしまうからです.今回も,水素生成光触媒と酸素生成光触媒のそれぞれに最適な導電材料を個別に用いて,後から両者を組み合わせる方が高活性化や解析が容易である可能性がありました.実際に光触媒シートを作製すると,導電材料が水中で腐食する,光触媒の活性点がシート作製工程で変質してしまうなど,様々な問題が生じました.また,二種類の光触媒が混ざっているために,光触媒活性にどの物性が影響しているのかを見極めることも困難でした.しかし,第一著者である王謙さんは粘り強く実験を続け,SrTiO3:La,Rh,BiVO4,金薄膜を適切な条件で組み合わせた場合に光触媒シートが従来の手法に比べてZスキーム型水分解反応に高い活性を示すことを明らかにしました(J. Catal. 2015, 328, 308–315).
今回の研究では,東京理科大学工藤教授の指導のもと酸素生成光触媒としてより高活性なBiVO4:Moを利用し,金薄膜の成膜条件や水分解反応時の反応条件を詳細に検討しました.その結果,光触媒粉末と金薄膜の接合体を加熱すること,反応液(純水)を60℃近くに加温することで,水分解速度がそれぞれ倍近く向上することがわかりました.さらに,物質材料研究機構高田博士の指導のもと逆反応を抑制するための表面修飾を行うことで,粉末光触媒による水分解反応としては飛躍的に高い1.1%の太陽光水素エネルギー変換効率を達成しました.さらに,光触媒シートに特有の実用上興味深い性質も見つかりました.それは,光触媒シートは水中に沈めて太陽光を照射するだけで純水を水素と酸素に分解でき,本質的に高い活性を維持したまま大面積化することが可能であるということです.これは水素と酸素がごく近傍で発生するために溶液抵抗や濃度分極の問題が無視できるためだと考えられ,光電極を用いた水分解反応とは大きく異なる特性です.実際,我々の研究グループはTOTO株式会社徳留博士の協力のもと,粉末光触媒スラリーを塗布することで大型の光触媒シートを作製し,実際に光照射下で水分解可能であることを確認しています.現在,より長波長側の可視光を利用可能な光触媒を応用するとともに,逆反応を抑制させる修飾法を開発していくことで,より高いエネルギー変換効率を達成することを目指しています.
最後に,二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発(人工光合成プロジェクト)について簡単に紹介したいと思います.人工光合成プロジェクトは,①太陽光照射下で水を水素と酸素に分解する光触媒とモジュールの開発,②水素と酸素の混合気体を分離する分離膜とモジュールの開発,③分離した水素と二酸化炭素を原料として有用な基幹化学品を合成する触媒およびプロセス技術の開発の3つのテーマから構成され,2012~2021年度の期間で研究が進行しています.今回の研究は水分解用光触媒の開発において画期的な進歩といえますが,これを社会に役立てていくためには後段の分離膜,合成触媒を含めてプロセス全体の効率と経済性を引き上げていくことが必要です.人工光合成プロジェクトでは多くの研究者が得意とする分野で人工光合成実用化のために研究に打ち込んでいます.今回の研究成果も,人工光合成プロジェクトを中心に多くの研究者の努力と連携により初めて成就したものです.この場を借りて改めて感謝するとともに,夢の化学反応・化学プロセスの実現に向けて研究を続けたいと思います。
堂免一成、久富隆史
参考文献
- Fujishima, A.; Honda, K., Bull. Chem. Soc. Jpn. 1971, 1148, DOI: 10.1246/bcsj.44.1148.
- Fujishima, A.; Honda, K., Nature 1972, 238, 37 DOI: 10.1038/238037a0.
- Abe, R.; Sayama, K.; Domen, K.; Arakawa, H., Chem. Phys. Lett. 2001, 344, 339, DOI: 10.1016/S0009-2614(01)00790-4.
- Maeda, K.; Domen, K., J. Phys. Chem. Lett. 2010, 1, DOI: 10.1021/jz1007966.