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化学者のつぶやき

向かい合わせになったフェノールが織りなす働き

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リボヌクレオチド還元酵素(RNR)は、DNA合成過程での核酸塩基の供給という面で生命の根幹を支える重要酵素です。また興味深いことに、類を見ない長距離ラジカル移動機構がその触媒活性に重要な役割をもつことが提唱されています。しかしながらそのメカニズムの大部分は未だ不明瞭なままです[1]。最近、米国ハーバード大のNocera教授らはRNRのラジカル移動機構に必須なチロシン残基対(Y730-Y731)に注目し、モデル分子を用いた電気化学実験と計算化学から隣接したフェノール対のラジカル移動機構における協同的な働きを調べました。

“Modulation of Phenol Oxidation in Cofacial Dyads”

Koo, B. J.; Huynh, M.; Halbach, R. L.; Stubbe, J.; Nocera, D. G. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 11860. DOI: 10.1021/jacs.5b05955

 

リボヌクレオチド還元酵素(RNR)とその働き

 大腸菌I型RNRは2種類のサブユニット(a2とb2)から構成されます。

a2(下図:赤,ピンク)は基質のリボヌクレオチド(NDPs)結合部位と2つのアロステリック部位(基質の選択や還元速度を制御)を有します。

またb2(下図:)は鉄二核クラスターにより安定化されたチロシルラジカルb-Y122・を保持しています (4 °Cで半減期4日)。

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このβ-Y122・は芳香族性アミノ酸残基を経由して35 Å以上離れたα-C439を可逆的に酸化し(β-Y122[W48?]β-Y356α-Y731α-Y730α-C439)、生じたチイルラジカルα-C439・が活性種となって(下図, a)リボヌクレオチド還元反応を触媒します(下図1, b)。金属因子を介さない長距離ラジカル移動は非常に珍しく、それぞれの残基間ではプロトン共役電子移動(PCET, Appendix参照)が起こると考えられています。

 RNRのラジカル移動機構を解明する手法として、変異チロシン残基を部位特異的に導入したRNR変異体に対する電子スピン共鳴法、紫外可視吸収スペクトル法がこれまで用いられてきました[2]。また、RNRの触媒機構がPCETを経由することに着目してフェノールの酸化機構を電気化学的に調べる研究もあります[3]

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しかしながら実際の酵素はアミノ酸残基の周囲の環境が複雑になっており、フェノール/チロシン“単体”としての挙動を生体内モデルとして適用することは困難です。そこで筆者らはRNR内で特徴的に配置された2つのチロシン残基に着目し、そのモデル化合物の合成と電気化学的実験を行いました。

 

1組の向かい合ったフェノール対構造 ~Y730 & Y731~

上図に示すようにRNRのα2ユニット中のラジカル移動は隣接した2つのチロシン残基Y730とY731を介しています。Y730とY731はフェノールのπ平面が向かい合った対構造をとり、2つの水酸基の距離は3.3 ÅであることがX線結晶構造解析からわかっていました。

筆者らはこの特徴的なフェノール対構造がフェノールの酸化反応にどのような影響を及ぼすのか調べるため、下図に示す3つのモデル化合物を合成しました(下図a)。実際の結晶構造に類似したDPXは、2つのフェノールのπ平面が向かい合った構造をしており、水酸基間の距離が4.35 Åとなっています(下図-b)。

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 サイクリックボルタンメトリー(CV)法によりアセトニトリル溶媒中でのDPX、FPX、MPXの酸化反応を調べたところ下図に示す結果が得られました。

FPXとMPXは一段階二電子移動の酸化挙動を示したため(ピークIVとV)、フェノールの電極酸化と同様の機構(図4-i)で酸化されていると推測できます。これに比べて、DPXの酸化ではフェノール酸化に対応する酸化波のピークが2つに割れる(二段階二電子移動)という興味深い結果が得られました(ピークIとII)。

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筆者らは酸化電位の掃引速度依存性、塩基添加によるピークIのカソードシフト、DFT計算による中間体の酸化還元電位と酸性度の予測を行うことで下図に示す酸化機構を想定しています。

まず、通常のフェノール(F0)の酸化では一段階目の酸化でフェノールラジカルカチオン(F1)が生成したのち、速やかな脱プロトン化により中性のフェノールラジカル(F2)が生じます。F2はF0と同程度酸化されやすく、生成と同時にフェノキシウムカチオン(F3)への酸化が起きるため、全体として一つの酸化波が観測されます(FPXとMPX)。一方でフェノール対構造をもつDPXでは、隣接したフェノール性水酸基からの水素結合の寄与があるため、一段階目のフェノール酸化が起きやすくなり、また二段階目の酸化ではフェノキシウムカチオン(D3)ではなく一重項ビラジカルカチオン(D4)が生じます。結果として二回の酸化の酸化還元電位の差が大きくなり酸化波の分裂が観測されました。

RNRのラジカル移動機構では、β-Y356α-Y731の経路でおよそ100 mVの大きな電位差を超える必要がありました[4]。今回のフェノール対の協同的な酸化機構は、この段階のラジカル移動の鍵になると考えられる。

 

参考文献

  1. Minnihan, E. C.; Nocera, D. G.; Stubbe, J.  Chem. Res.201346, 2524.
  2. Nick, T. U.; Lee, W.; Koßmann, S.; Neese, F.; Stubbe, J.; Bennati, M. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 289.
  3. Constentin, C.; Robert, M.; Savéant, J.-M. Chem. Chem. Phys. 2010, 12, 11179.
  4. Yokoyama, K.; Smith, A.; Corzilius, B.; Griffin, R.; Stubbe, J Am. Chem. Soc. 2011133, 18420.

 

[Appendix]

PCET

Proton Coupled Electron Transfer (PCET)とはプロトン移動(PT)と1電子移動(ET)が協同的に起こる機構で、両者が逐次的に進行する経路(EPT or PET)と同時に進行する経路(CPET)の2つに分類できる。また、前者に比べ後者は熱力学的に有利な経路であることが知られている。PCETはRNR以外にもシトクロムcオキシダーゼやガラクトースオキシダーゼなど多岐にわたる酵素でも見られ、フェノール部位を持つチロシンはこれらの酵素活性に大きく関与するアミノ酸残基である。したがってPCETを経由しうるフェノールの酸化機構(図)を理解することは、生物化学の理解へとつながることが期待される。

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