[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

分子があつまる力を利用したオリゴマーのプログラム合成法

[スポンサーリンク]

 

プログラム通りにモノマーを組み合わせてポリマーを合成する方法の開発は、合成化学分野における究極の目標の一つです。その実現を目指したひとつのアプローチとして、生体を模倣した合成法が試されています。例えば、生体内でリボソームはmRNAに記録された情報を正確に読み取り、タンパク質を精密に合成できます(図1)。

2016-05-26_10-08-42

図1 リポソームによるタンパク質合成

 

このようなリボソームの働きを人工的に再現し、配列が制御されたオリゴマー分子を合成する試みがなされてきました。代表的研究は米国ハーバード大学のDavid Liu教授らによるDNA-templated synthesis (DTS)です(図2)[1]。テンプレートとして用いるDNAの末端にあらかじめ反応基質を導入しておき、このテンプレートDNAに相補的な配列を用いて次の反応基質を空間的に近接させることで、テンプレートDNAの末端にモノマーユニットを連結させることができます。

2016-05-26_10-14-57

図2 DNA-templated synthesis (DTS)

 

一方、英国オックスフォード大学のTurberfield教授らはDNAモーターを基盤としたプログラム合成法を報告しています(図3)[2]

DNAモーターは、二本鎖の安定性の違いを利用してDNAの鎖交換を誘起する手法で、これを動力源とした分子機械に応用されています。図 3のように、テンプレートDNAに対して部分的に相補鎖を形成できるDNAを用いて反応基質同士を反応させたのち、加えたDNAと完全に相補鎖を形成できるDNAを用いてテンプレートDNAを遊離させます。この操作を繰り返し行うことで逐次的に、DNAテンプレートの末端に順番を制御しながらモノマーユニットを連結させることが可能です。

2016-05-26_10-18-45

図3 DNAモーターを基盤としたプログラム合成法

 

しかしこの2つの方法も、リボソームとは異なり外部から反応剤を逐次的に投入する必要がありました。そこで最近、Turberfield教授らは、DNAの自己集合をうまく利用することで、配列の制御されたオリゴマー分子を混合系の中で自律的に合成する手法を開発しました。今回はこの論文を紹介したいと思います。

 

“An autonomous molecular assembler for programmable chemical synthesis”

Meng, W.; Muscat, R. A.; McKee, M. L.; Milnes, P. J.; El-Sagheer, A. H.; Bath, J.; Davis, B. G.; Brown, T.; O’Reilly, R. K.; Turberfield, A. J. Nature Chem 2016, 8, 542.  DOI: 10.1038/nchem.2495

 

本手法の原理

本手法は3種類のDNA、

  1. 開始DNA
  2. 仲介DNA
  3. 連結DNA

から構築されています(図4)。同じ色の部分は互いに相補的な2本鎖を形成できることを示しています。

図4 3種類のDNA

図4 3種類のDNA

これらの分子を混ぜ合わせると、まず開始DNAと仲介DNAがそれぞれ黄色と橙色で示した部分で2本鎖を形成し、ホリデイ構造を作ります(図5)。

その後、DNA鎖が相互に組み変わることで、仲介DNAの青色で示した塩基配列が露出します。

露出した塩基配列に対して、連結DNAの青色で示した部分が2本鎖を形成し、再びホリデイ構造を作ります。

このとき、開始DNAの末端に導入していたアルデヒド官能基と連結DNAの末端に導入していたリンイリドが空間的に近接するため、Wittig反応が効率よく進行します。これにより、開始DNAの末端で連結DNA上のモノマーユニットが連結されます。

2016-05-26_10-48-41

図5 反応機構

 

Wittig反応の進行後、DNA鎖が相互に組み変わると、今度は紫色で示した塩基配列が露出します。このとき、図6のような別の仲介DNAと連結DNAが系中に存在していると、引き続き反応が進行し、DNA鎖の伸長に伴って開始DNAの末端でWittig反応によるさらなる連結が起こります。

図5 別の仲介DNA、連結DNA

図6 別の仲介DNA、連結DNA

 

DNAの配列特異的な2本鎖形成を利用しているため、開始DNAと数種類の仲介DNA、連結DNAが混在していても、設計された順番でDNA鎖が伸長していきます。

これに伴い、開始DNAの末端に導入していたアルデヒドに順番に連結DNAのモノマーユニットがWittig反応を起こしていくため、配列が制御されたオリゴマーが合成されることとなります。

 

オリゴマー合成・解析

著者らは本手法を用いることで、異なる4種類のモノマーユニットをデザインした順番で連結することに成功しました。

望まない配列のオリゴマーはほとんど得られておらず、本手法が配列制御されたオリゴマーの合成に有効であることがわかります。また、この方法はコンビナトリアル合成にも応用可能で、反応終了後のDNAの配列を調べることで、モノマーの連結した順番を同定できます。

 

まとめ

今回著者らは自律的分子集合を用いることで、配列が制御されたオリゴマーのプログラム合成法を開発しました。これにより逐次的に反応剤を導入することなく配列の制御されたオリゴマー分子の合成が可能になりました。本手法は長鎖テンプレートDNAを用いず、DNAの自律的な分子集合を利用するため、わずかな配列の違いを設計するだけで、多様な分子の合成に応用が可能となります。

関連文献

  1. He, Y.; Liu, D. R. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 9972.DOI: 10.1021/ja201361t
  2. Milnes, P. J.; McKee, M. L.; Bath, J.; Song, L.; Stulz, E.; Turberfield, A. J.; O’Reilly, R. K. Chem. Commun. 2012, 48, 5614. DOI:10.1039/C2CC31975F
Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. アジサイから薬ができる
  2. 就職活動2014スタートー就活を楽しむ方法
  3. ゲノム編集CRISPRに新たな進歩!トランスポゾンを用いた遺伝子…
  4. Branch選択的不斉アリル位C(Sp3)–Hアルキル化反応
  5. イオン交換が分子間電荷移動を駆動する協奏的現象の発見
  6. 糖鎖を直接連結し天然物をつくる
  7. タミフルの効果
  8. 大気下でもホールと電子の双方を伝導可能な新しい分子性半導体材料

注目情報

ピックアップ記事

  1. エピジェネティクス epigenetics
  2. ビタミンB12 /vitamin B12
  3. 光C-Hザンチル化を起点とするLate-Stage変換法
  4. ニッケル-可視光レドックス協働触媒系によるC(sp3)-Hチオカルボニル化
  5. 第78回―「膜タンパク質の分光学的測定」Judy Kim教授
  6. 炭素をつなげる王道反応:アルドール反応 (1)
  7. やっぱりリンが好き
  8. 化学エネルギーを使って自律歩行するゲル
  9. 酢酸エチルの高騰が止まらず。供給逼迫により購入制限も?
  10. Cu(I) の構造制御による π 逆供与の調節【低圧室温水素貯蔵への一歩】

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年5月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

植物由来アルカロイドライブラリーから新たな不斉有機触媒の発見

第632回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(中分子化学研究室)博士課程後期3年の…

MEDCHEM NEWS 33-4 号「創薬人育成事業の活動報告」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化する化学」を開催します!

第49回ケムステVシンポの会告を致します。2年前(32回)・昨年(41回)に引き続き、今年も…

【日産化学】新卒採用情報(2026卒)

―研究で未来を創る。こんな世界にしたいと理想の姿を描き、実現のために必要なものをうみだす。…

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP