[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

反応中間体の追跡から新反応をみつける

[スポンサーリンク]

従来、反応開発は基質や触媒、反応条件を変えたときの生成物の「収率の変化」を追跡することで行われてきたが、今回、「反応の中間体」を追跡することで新たな反応を見出す画期的手法が考案された。

 

反応開発は一般的に基質の消費量や生成物を追跡することで基質や触媒、反応条件の網羅的なスクリーニングが行われます(Reaction-Based Screening)。

最近、ミュンスター大学のGlorious教授らによって報告されたMechanism-Based Screeningは反応全体でなく、想定する触媒サイクルの一部のみの評価を行い新たな反応を見出し、最適化する手法です。今回はその方法を実践した研究について紹介したいと思います。

“Accelerated Discovery in Photocatalysis using a Mechanism-Based Screening Method”

Hopkinson, M. N.; Gómez Suárez, A.; Teders, M.; Sahoo, B.; Glorius, F.;Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 4361. DOI: 10.1002/anie.201600995

 

Mechanism-Based Screeningのコンセプト

例えば化合物Aを触媒によって活性化し、Bを作用させることでCへと変換する反応を想定してみましょう(図1)。本手法では触媒と化合物Aから生じる中間体を追跡することで反応に適用可能な基質の同定を効率的に行うことができます。

 

図1. Mechanism-Based Screeningのコンセプト

図1. Mechanism-Based Screeningのコンセプト

 

Mechanism-Based Screeningの手順

著者らは実際に考案した手法を用いて新規光触媒反応の開発を行いました。光触媒は光の照射によって励起状態となり、触媒と基質との間で一電子移動を起こすことで活性酸素/還元種を生成し、反応を促進させます[1]。触媒による基質の活性化の観察は蛍光スペクトルによって行い、触媒のみの溶液(I0)と触媒と基質の両方を加えた溶液(I)の蛍光スペクトルの強度から以下の式を用いてクエンチ率(F)を算出しました。

2016-05-21_03-07-23

スクリーニングは1 .Quencher discovery、2. Quenching evaluationの2段階で行われています。

 

1.Quencher discovery

触媒は光触媒反応で頻繁に用いられるイリジウム錯体:[Ir(dF(CF3)ppy)2(dtbbpy)]PF6 (1)[2]を使い、化合物ライブラリーからランダムに選んだ100化合物のスクリーニングを行いました(図 2)。Fが25以上となるものをヒット化合物としたところ、7つの化合物(Q1Q7)が得られています。

そのなかから新規反応の開発を目指すためクエンチャーとして既知である4つの化合物を除外しました。

また残りの3化合物(Q3, Q6, Q7)の紫外可視吸収スペクトルを測定したところ、Q6はイリジウム錯体1の極大励起スペクトルの波長(420 nm)において高い吸光度を示しました。すなわちクエンチによる蛍光強度の変化ではなく、Q6の励起光の吸収によって高いFの値が得られたことが考えられます。そのためQ6は除外し、最終的に新規クエンチャー候補化合物はQ3Q7の2つとなりました。

図2

図2 Quencher discovery

 

2. Quenching evaluation

続いて得られたベンゾトリアゾールQ3、およびその誘導体を用いてイリジウム錯体1以外の光触媒の検討を行いました(図 3)。ベンゾトリアゾールのN上に電子求引基が存在し、かつイリジウム触媒6を用いた時のみ高いF値を示すことがわかりました。

図3

図3 イリジウム錯体の最適化

 

また、著者らはイリジウム錯体6が高い酸化電位を持ち、N上の電子求引基がベンゾトリアゾールの還元電位を低下させることから本反応はベンゾトリアゾールの一電子還元が起こることを予測しました。一電子還元によってトリアゾール部位が開環したジアゾニウム体となり、続く脱窒素化およびラジカルアニオン部位の水素化によってアニリドが生成します[3]。条件の最適化を行ったところ、ベンゾトリアゾールQ3からイリジウム触媒6、無水安息香酸存在下、NMP溶媒中で光を照射することでアニリドを高収率で得ることに成功しています(図 4)。

 

2016-05-21_03-11-41

図4

 

まとめ

今回著者らは反応機構に着目した新たなスクリーニング法を開発し、新規光触媒反応を見出すことに成功しました。本スクリーニング法は反応中に生じる1つの中間体のみを評価する手法であり、迅速に触媒と基質の最適な組み合わせの同定を可能とします。反応全体の最適条件の決定には、反応ベースのスクリーニングが必須となります。従来法と比較してこの方法を用いた場合、触媒と基質は決定するため、より効率的に行うことができるのではないでしょうか。

 

参考文献・リンク

  1. 可視光酸化還元触媒
  2. Lowry, M. S.; Goldsmith, J. I.; Slinker, J. D.; Rohl, R.; Pascal, R. A., Jr.; Malliaras, G. G.; Bernhard, S. Chem. Mater. 2005, 17, 5712. DOI: 10.1021/cm051312
  3. Katritzky, A. R.; Ji, F.-B.; Fan, W.-Q.; Gallos, J. K.; Greenhill, J. V.; King, R. W. J. Org. Chem. 1992, 57, 190. DOI: 10.1021/jo00027a036

 

Avatar photo

bona

投稿者の記事一覧

愛知で化学を教えています。よろしくお願いします。

関連記事

  1. 大学院生のつぶやき:研究助成の採択率を考える
  2. 「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用し…
  3. 今こそ天然物化学☆ 天然物化学談話会2021オンライン特別企画
  4. 鉄系超伝導体の臨界温度が4倍に上昇
  5. 結晶スポンジ法から始まったミヤコシンの立体化学問題は意外な結末
  6. 二元貴金属酸化物触媒によるC–H活性化: 分子状酸素を酸化剤とす…
  7. 第30回光学活性化合物シンポジウム
  8. 光で脳/神経科学に革命を起こす「オプトジェネティクス」

注目情報

ピックアップ記事

  1. ロタキサンを用いた機械的刺激に応答する効率的な分子放出
  2. ホフマン転位 Hofmann Rearrangement
  3. デンドリマー / dendrimer
  4. 「魔法の水でゴミの山から“お宝”抽出」
  5. スルホキシドの立体化学で1,4-ジカルボニル骨格合成を制す
  6. バイエルワークショップ Bayer Synthetic Organic Chemistry Workshop 2018
  7. 有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号
  8. アンモニアの安全性あれこれ
  9. 合格体験記:知的財産管理技能検定~berg編~
  10. 田辺三菱 国内5番目のDPP-4阻害薬承認見通し

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年5月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

城﨑 由紀 Yuki SHIROSAKI

城﨑 由紀(Yuki SHIROSAKI)は、生体無機材料を専門とする日本の化学者である。2025年…

中村 真紀 Maki NAKAMURA

中村真紀(Maki NAKAMURA 産業技術総合研究所)は、日本の化学者である。産業技術総合研究所…

フッ素が実現する高効率なレアメタルフリー水電解酸素生成触媒

第638回のスポットライトリサーチは、東京工業大学(現 東京科学大学) 理学院化学系 (前田研究室)…

【四国化成ホールディングス】新卒採用情報(2026卒)

◆求める人財像:『使命感にあふれ、自ら考え挑戦する人財』私たちが社員に求めるのは、「独創力」…

マイクロ波に少しでもご興味のある方へ まるっとマイクロ波セミナー 〜マイクロ波技術の基本からできることまで〜

プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーとして注目されている、電子レンジでおなじみの”マイクロ…

世界の技術進歩を支える四国化成の「独創力」

「独創力」を体現する四国化成の研究開発四国化成の開発部隊は、長年蓄積してきた有機…

四国化成ってどんな会社?

私たち四国化成ホールディングス株式会社は、企業理念「独創力」を掲げ、「有機合成技術」…

アザボリンはニ度異性化するっ!

1,2-アザボリンの光異性化により、ホウ素・窒素原子を含むベンズバレンの合成が達成された。本異性化は…

マティアス・クリストマン Mathias Christmann

マティアス・クリストマン(Mathias Christmann, 1972年10…

ケムステイブニングミキサー2025に参加しよう!

化学の研究者が1年に一度、一斉に集まる日本化学会春季年会。第105回となる今年は、3月26日(水…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー