第35回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院先端生命科学研究院の野々山貴行 特任助教にお願いしました。
野々山先生の所属する龔 (グン)研究室では、様々なゲル材料の開発に取り組んでいます。中でもしなやかでありつつ十分な強度を有する「ダブルネットワークゲル」は特徴的な一つです(是非、リンク先の動画をご覧ください)。研究室ではその再生医療への応用を目指すという、大きなテーマも取り組まれています。
野々山先生が取り組まれた研究は、その一環であり、とくに人工軟骨への応用を目指すにあたっての基礎的な成果となります。先日論文とプレスリリースが公開されたことを機に、紹介させて頂く運びとなりました。
“Double network hydrogels strongly bondable to bones by spontaneous osteogenesis penetration”
Nonoyama, T.; Wada, S.; Kiyama, R.; Kitamura, N.; Mredha, Md.T. I. M.; Zhang, X.; Kurokawa, T.; Nakajima, T.; Takagi, Y.; Yasuda, K.; Gong, J. P. Adv. Mater. 2016, DOI: 10.1002/adma.201601030
研究室を主宰される龔剣萍 教授は、野々山先生を以下の様に評しておられます。
野々山様は、研究に対する情熱が高く、人より行動力とスピード感がある。また、研究や生活に対して良いセンスをもっている。ゲルの分野に入ったのはまだ日が浅いにもかかわらず、ゲルと骨の接着という大きな課題を解決してくれた。まさに一発のホームランである。
それではいつも通り、野々山さんから現場のお話を伺ってみました。ご覧下さい!
Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
私たちが研究している「ゲル」というのは、ゼリーのようにたくさんの水を含む柔らかい材料で、表面の摩擦が非常に小さいという特徴があります。これまでのゲルは機械的強度に乏しかったですが、当研究室が開発したダブルネットワーク(DN)ゲルをはじめ、工業ゴムに匹敵するような高強度・高靱性ゲルが近年多く報告されています。この高い機械的特性と低摩擦性を利用して、すり減った軟骨を治療するための新規人工軟骨としての応用が期待されています。一方で、この高含水率・低摩擦のためにゲルを体内の目的の位置で固定することが難しく、両者はトレードオフの関係にあります。
今回のプレスリリースでは、北大医学研究科安田特任教授・北村准教授のグループとの共同研究として、生体内でゲルを極めて強く固定する簡単で無毒な手法を報告いたしました(図A )。骨の無機主成分であるハイドロキシアパタイト(HAp)は、骨と次第に結合する「骨伝導性」を示します。このHApを複合化したゲルをウサギの膝関節大腿骨顆部に埋入したところ、4週間でゲルの母材の強度を超える高強度接着を達成しました(図B)。この手法によってゲルの医療応用研究がより加速すると考えられます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
生体に用いる材料の設計指針として、生物自身の自発的な代謝や治癒能力を利用することが、生体にとって最も自然でストレスの無い最善策であると考えています。軟骨・靭帯・腱といった結合組織を観察すれば、皆骨と強く直接結合しています。そこから着想を得て、骨と直接結合するゲルを作成しようと考えました。HApの骨伝導性は、生体セラミックス分野では昔からの周知の事実です。今回最も驚いたことは、骨関連の細胞がゲルの内部に侵入出来ないにもかかわらず、ゲル母材の内部まで骨形成が進展し骨とゲルが完全に融合していたということです(図C,D)。この結果は、これまで用いられてきたハードな医療材料では起こり得ないゲルの高い物質透過性による新たな融合形態だと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
ゲルと骨がどのような構造を形成して結合しているか、ということを評価するために、ゲル−骨の境界を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察しました。TEMで観察するサンプルには、厚さ100 nm程度の超薄膜が要求されますが、柔らかいゲルと硬くて脆い骨が一つになっているサンプルをナイフで成形することは非常に難しいです。極端に硬さが異なるため、骨が欠けてゲルから剥がれたり、厚みが均一にならなかったりと、まともに観察できるサンプルを作製できませんでした。あらかじめ骨の部分が極力小さくなるように加工し、ダイヤモンド製の硬いナイフで作製しました。このサンプル作製は当研究室博士学生の木山竜二さんが精力的に取り組んでくださいました。
またゲルと骨との接着強度測定も大きな課題でした。骨に埋まった円柱状のゲルを金属棒で押し込んで測定しましたが、金属棒が骨に少しでも当たってしまうと正確なデータが得られません。生体組織は個体差がありますから、専用の治具を作製し、レーザー光を使って軸調整を一つ一つ慎重に行いました。こちらは共同研究先の北大医学研究科の和田進先生がご尽力されました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
今回の研究を振り返ると、学際研究の強みを実感しました。異分野の研究者とディスカッションすると、自分では気付かない見解やアイデアを多く頂き、そこから更に研究が発展していきます。これからも化学のみならず様々な異分野の研究者と積極的にコラボレーションをして、自分の視野を広げてながら人の役に立つ研究を楽しみながら取り組みたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んでくださりありがとうございます。この研究は当研究室と北大医学研究科の共同研究のもと、たくさんの方々のご尽力によって達成されました。この場を借りて感謝申し上げます。Q4に記したように、私は様々な分野の方々と交流したいと考えています。私たちの研究に新たなアイデアや可能性を感じましたら、一緒に面白い研究をしませんか?
関連リンク
- 北海道大学大学院先端生命化学研究院 ソフト&ウェットマターの科学 研究室
- 自発的に骨組織と強く結合する高強度ダブルネットワークゲル ~骨伝導能・軟骨再生能を有する新規ソフトマテリアル(北大プレスリリース)
研究者の略歴
所属:
・北海道大学大学院先端生命科学研究院 生命融合科学研究部門 ソフト&ウェットマタ―の科学研究室 特任助教
・北海道大学国際連携研究教育局ソフトマターステーション(GI-CoRE)
略歴:
2008年3月 名古屋工業大学工学部生命・物質工学科 卒業
2010年3月 名古屋工業大学大学院未来材料創成工学専攻博士前期課程 修了
2013年3月 名古屋工業大学大学院未来材料創成工学専攻博士後期課程 修了 博士(工学)取得
2013年4月―現在 現職
研究テーマ:
ハイドロゲル、バイオミネラリゼーション、生体セラミックス、相転移