[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

植物の受精効率を高める糖鎖「アモール」の発見

[スポンサーリンク]

第34回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院理学研究科(東山研究室)ご出身の郡司(水上) 茜 さんにお願いしました。   今回の研究はおしべとめしべが絡む植物の受精過程に、ごくシンプルな二糖化合物が関わっている事実を突き止めたというものです。冒頭図はその化合物を大量精製する際に用いたトレニアという植物の写真です。先日プレスリリースおよび論文として公表されていたのを機に、紹介させていただくこととなりました。郡司さんは本研究にて博士号を取得し、現在は愛知学院大学で助教職に就かれています。

“The AMOR Arabinogalactan Sugar Chain Induces Pollen-Tube Competency to Respond to Ovular Guidance” Mizukami, G. A.; Inatsugi, R.; Jiao, J.; Kotake, T.; Kuwata, K.; Ootani, K.; Okuda, S.; Sankaranarayanan, S.; Sato, Y.; Maruyama, D.; Iwai. H.; Garénaux, E.; Sato, C.; Kitajima, K.; Tsumuraya, Y.; Mori, H.; Yamaguchi, J.; Itami,  K.; Sasaki, N.; Higashiyama, T. Curr. Biol. 2016, 26,1091. doi:10.1016/j.cub.2016.02.040

実はChem-Stationの山口代表も本研究に関わっています。自然のしくみに化学と生物の両面から迫る、ユニークな研究の一つです。現場からのお話を伺ってみました。

Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

植物において受精率を高める物質AMOR(アモール)を発見し、その活性を単純な二糖が担っていることを明らかにしました。 被子植物の受精が達成されるには、雌しべの柱頭に受粉した花粉から花粉管が発芽・伸長し、雌しべの奥深くにある胚珠まで到達することが必須です。雌しべには花粉管を受精可能な状態に活性化する物質が存在することが示唆されてきましたが、実体はこれまで明らかではありませんでした。私たちはトレニアという植物を用いて、初めてその物質の同定に成功しました。この物質は植物に特有なアラビノガラクタン糖鎖(AG糖鎖)を持ち、さらに合成糖を用いることで、この糖鎖の末端に存在する二糖だけで活性を持つことを明らかにしました。植物の糖鎖に特異的な二糖構造が植物細胞間の情報伝達活性を担うことを初めて示すことができました。

AMORアッセイ系. AMORを含んでいる培地を伸長している花粉管は、マイクロマニピュレータによって目の前に置いた胚珠の卵装置へと伸長方向を変えて誘引される.

図1. AMORアッセイ系. AMORを含んでいる培地を伸長している花粉管は、マイクロマニピュレータによって目の前に置いた胚珠の卵装置へと伸長方向を変えて誘引される.

図2. AMORの活性を担うメチルグルクロノシルガラクトースの構造.

図2. AMORの活性を担うメチルグルクロノシルガラクトースの構造.

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

生物学的アプローチにより、AMORの活性をAG糖鎖の末端の二糖が担っている可能性が示唆されましたが、この二糖は市場では販売されておらず、また糖を合成する術も無く、二糖の活性を確認したくても出来ない状況でした。そのような中、名古屋大学のトランスフォーマティブ生命分子研究所 (ITbM)に、所属していた東山研究室も参加することとなりました。そこでは異分野の融合が進められており、現早稲田大学理工学術院准教授でありChem-Stationの代表である山口潤一郎先生と出会うことができました。山口先生は非常に難しい二糖の合成に成功して下さり、二糖のみで活性が確認できた時はすごく興奮して、すぐに東山先生に報告しに行ったことを覚えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

AMORの活性の検出は、すべて独自のバイオアッセイ系を用いて行っています。そのため、使用する花の状態や培養時間、培地の状態などによって簡単に結果が左右されてしまい、どんなサンプルを用いても活性が全く検出できなくなる時期もありました。最初は原因を突き止めるために長い時間を取られてしまうことがありましたが、一つ一つの最適な条件を確立することによって、すぐに原因が突き止められるようになり、効率よく正確にアッセイを進められるようになりました。また恣意性を排除するため、アッセイするサンプルはブラインドにしておくなど、自分で出した結果に常に自信が持てるようにしました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は化学が専門では無いのですが、今後とも生物学者として化学と融合させながら再び新規の面白い現象を発見できたらと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後までお読みくださいましてありがとうございます。私の研究は上述の山口先生だけでなく、本当にたくさんの方々のご協力のもと進められ、一つの形にすることができました。また、そのような出会いがありましたのも、すべて東山先生のお力添えの賜物です。この場をお借りして深く御礼申し上げます。

関連リンク

研究者の略歴

sr_A_Gunji_1郡司(水上) 茜 (ぐんじ(みずかみ) あかね)

所属: 愛知学院大学薬学部生体有機化学講座 助教

略歴:
2008年3月 名古屋大学理学部生命理学科 卒業

2010年3月 名古屋大学大学院理学研究科博士前期課程 修了
2013年3月 名古屋大学大学院理学研究科博士後期課程 単位取得退学
2016年3月 博士(理学)取得

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 有機EL素子の開発と照明への応用
  2. マイクロ波プロセスの工業化 〜環境/化学・ヘルスケア・電材領域で…
  3. 「リジェネロン国際学生科学技術フェア(ISEF)」をご存じですか…
  4. 「関東化学」ってどんな会社?
  5. 痔の薬のはなし 真剣に調べる
  6. 「リチウムイオン電池用3D炭素電極の開発」–Caltech・Gr…
  7. 最近のwebから〜固体の水素水?・化合物名の商標登録〜
  8. 液体中で高機能触媒として働くペロブスカイト酸化物の開発

注目情報

ピックアップ記事

  1. コニア エン反応 Conia–Ene Reaction
  2. 昭和電工、異種材接合技術を開発
  3. 第3のエネルギー伝達手段(MTT)により化学プラントのデザインを革新する
  4. 潤滑油、グリースおよび添加剤の実践的分離【終了】
  5. オリンピセン (olympicene)
  6. マクコーマック反応 McCormack Reaction
  7. 基礎材料科学
  8. 期待のアルツハイマー型認知症治療薬がPIIへ‐富山化学
  9. 宇宙に輝く「鄒承魯星」、中国の生物化学の先駆者が小惑星の名前に
  10. 臭素もすごいぞ!環状ジアリール-λ3-ブロマンの化学

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年5月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

植物由来アルカロイドライブラリーから新たな不斉有機触媒の発見

第632回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(中分子化学研究室)博士課程後期3年の…

MEDCHEM NEWS 33-4 号「創薬人育成事業の活動報告」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化する化学」を開催します!

第49回ケムステVシンポの会告を致します。2年前(32回)・昨年(41回)に引き続き、今年も…

【日産化学】新卒採用情報(2026卒)

―研究で未来を創る。こんな世界にしたいと理想の姿を描き、実現のために必要なものをうみだす。…

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP