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スポットライトリサーチ

糖鎖クラスター修飾で分子の生体内挙動を制御する

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第29回のスポットライトリサーチは、理化学研究所(田中生体機能合成化学研究室)特別研究員の小椋章弘 博士にお願いしました。

小椋さんが研究を行なわれた田中研究室では、生物体内で薬を合成して治療につなげるという「生体内合成化学治療」と呼ばれるスケールの大きな研究テーマに取り組んでいます(先日のインタビュー記事も参照ください)。この実現には、触媒・試薬などを病巣部に選択的に届ける技術が必要となります。糖鎖クラスターで分子を人工修飾することによって、その実現可能性を示したというのが今回の成果の肝要です。最近、プレスリリース・論文として公開されています。

“Visualizing Trimming Dependence of Biodistribution and Kinetics with Homo- and Heterogeneous N-Glycoclusters on Fluorescent Albumin”
A. Ogura, T. Tahara, S. Nozaki, K. Morimoto, Y. Kizuka, S. Kitazume, M. Hara, S. Kojima, H. Onoe, A. Kurbangalieva, N. Taniguchi, Y. Watanabe, K. Tanaka, Sci. Rep. 2016, 6, 21797.  doi:  10.1038/srep21797

グループを率いる田中克典 准主任研究員からは、小椋さんについて以下の様なコメントを頂いております。

小椋君は、穏やかで人が良く、研究はもちろんですが、海外旅行、あるいは酒造過程や土地柄によるお酒の味の違いの評価に至るまで、常に何か考えて企んで生活しています。今回の研究では、自分の得意な有機合成化学に加えて、動物実験や臓器の切片作成、さらに顕微鏡操作や分子イメージングをほぼ1人で行いました。生物学者や理研内外のいろんなサイエンティストと分野を超えて切磋琢磨した経験は、きっと小椋君がこれから次世代のサイエンスを切り開いていく上で大きなヒントになると期待しています。

小椋さんとは分野・環境が近い縁から、筆者も何度かお話しさせていただいたことがありますが、合成化学に留まらないサイエンス枠の追究を目指そうとする意志が印象に残っております。この4月より慶應大学にて助教としての新たなキャリアを歩まれるそうで、前途洋々な発展を個人的にも祈念してやまない研究者の一人です。それでは今回もご覧ください!

Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

糖鎖は生体内の高度な分子認識に不可欠な分子です。しかし嵩高さと高い水溶性のため扱いにくく、糖鎖の全構造を使った糖鎖環境模倣分子の創製は困難でした。今回の研究では、歪み解消クリック反応と理研クリック反応をワンポットで行い、テンプレートタンパク質へ糖鎖を多量に導入しクラスター化させる手法を開発しました。

sr_A_Ogura_1

合成した糖鎖クラスターをマウスに注射し、蛍光イメージングで追跡した所、糖鎖構造によって排出経路の制御や、肝臓の特定の細胞のターゲティング、さらに腫瘍のイメージングが可能であることを見出しました。生体内糖鎖クラスター環境を擬似化し動態を可視化した初の例であり、糖鎖生物学や医学分野への展開が期待できます。

sr_A_Ogura_2

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

普段生物を研究されている方にも簡単に再現できるように、キット並みのなるべくシンプルな操作だけで糖鎖クラスターを合成できるよう工夫しました。大量の糖鎖を導入すると、化学的環境の変化によりタンパク質が凝集しやすくなる傾向があったので、それを防ぐための反応条件には気を使いました。

 

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

私が当初考えていたよりも分野横断的な研究になったことでしょうか。

糖鎖の構造によっては糖鎖クラスターが肝臓に強く蓄積することがわかったので、切片を蛍光顕微鏡で観察することにしました。ターゲットの細胞を同定するためには組織学や免疫染色の知識が必要でしたが、うろ覚えの元薬学部の知識では当然不充分で、最初のうちは共同研究者の方と満足の行く議論ができなかった記憶があります。何冊か教科書を紹介していただいて勉強しました。こういうときに日本語の成書があるのは便利です。

 

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

幸いにして理研では分野横断的な研究に腰を据えて取り組む機会がありましたが、化学の持つものづくりの特性が異分野に新しい価値を提供できることを実感しました。この無二の特徴をいかに高め、発展させていくかをテーマに、化学コミュニティ内外でコラボレーションをしていきたいと考えています。

 

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

お忙しい所、ここまでお読みいただきありがとうございます。

異動に学会準備、就職活動に花粉と気の散る要因は枚挙に暇がない年度末と年度初め、不注意による思わぬ事故が起きかねません。今一度周囲を見回して、安全に気をつけて研究を楽しみましょう!

 

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研究者の略歴

sr_A_Ogura_3小椋 章弘(おぐら あきひろ)

所属:慶應義塾大学理工学部応用化学科 助教 (高尾研究室

経歴:1985年東京都生まれ。2008年東京大学薬学部薬学科卒業、同年同大学薬学系研究科へ進学。2010年-2013年日本学術振興会特別研究員(DC1)。2013年3月博士(薬学)取得。2013年4月~2016年3月 理化学研究所(田中生体機能合成化学研究室)特別研究員。2016年4月より現職。

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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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