Tshozoです。ネタをかき集めてたら約2ヶ月経ってしまいました。前回の続き。
最初から蛇足で申し訳ないのですが、タイトルの”Seven Sisters”というのはイタリアの独立系石油資本 ENIの伝説の親分 極道 トップ、エンリコ・マッティがイランの石油開発において「談合している」と糾弾した、「複数の石油会社」を指すものから始まったようです。前回示した「石油の世紀」をきちんと読むとそういう記述がありました。Anthony Sampsonの記述した本のタイトルはこの言葉を象徴的に引用したものだそうです。大変失礼しました。
エンリコ・マッティ(Wikipediaより) 本当に英雄だった
単身でセブンシスターズに殴り込みをかけた漢中の漢 なおAgipは現ENIの前身
現在のセブンシスターズの置かれている状況
前回にてセブンシスターズの歴史を振り返ったわけですが、実は現状はセブンじゃなくなってます。おさらいで前回の記事の図を見ていただきますとわかるように合従連衡が進んだ結果、
の6社になってます。順序に他意はありません。ざっくりこれらシスターズ、「お嬢様方」の昨今の状況を書いてみると、売上高と利益の推移は下図のようになってます。恐ろしい売上高と利益の額面ですね(もっとも最近は資源安の傾向があり、目減りしていますが)。
簡単のため1ドル=100円に統一 ExxonMobilに至っては売上高が40兆円を超え、
最高利益が約5兆円(2012年)とかアタマおかしいレベル
数値は各社HPによる発表資料より引用
ただ、今後もこうしたパワーが継続するかどうかは別問題です。たとえば中国、ロシア、サウジアラビアといった新興勢力の実生産力を比較した場合、(2010年の時点ですが)下記のようになります。
見ての通り、お嬢様方の生産量はあまり多くない
ただし生産している量と、実際に精製する量とは異なるのに注意
またNG(天然ガス)を考慮すると様子が変わる
そして各社の原油リザーブ(賦存量)はこちら。
2012年時点での各社の石油リザーブ推定量
レオーベン鉱工大学研究員 Vassiliki Theodoridou女史の資料より引用(こちら)
ただし中東諸国の本当の埋蔵量・保有量はそもそも極秘という噂も
このリザーブとは基本義は「持ってる石油埋蔵量」のことで、つまりは石油会社の「預金」であり、リャド密約による石油本位制に近いシステムで経済が動いている現在では、リザーブの大小こそが各会社、果てはそれらの会社の所属する国家をも将来を左右すると言っても過言ではありません。
こうして「お嬢様方」の生産量・賦存量を見ると、「世界を統べる」と書いた割にはイラン・サウジ・イラクに比してだいぶ少ないのに気づきます。またアメリカの実質仮想敵対国であるロシアGazprom, Rosneft, Lukoil 3社合わせるとExxonMobilのざっと3倍以上の賦存量を持ってますね。これは将来国家的なパワーバランスが変わり得ることすら示しているわけです。
左の国の石油会社 これらのリザーブは非常に多い
(ガスプロム・ロスネフチ、ルクオイル、CNPC、ペトロレオス)
しかし預金が大きけりゃ商売で勝てるわけではない。金融業界で資金を上手く使える技術が必要であるように、石油も上手く使いこなさなければならないわけで。旧セブンシスターズによる商品の独占が実質的に崩れた今、競合して需給がだぶつき原油価格が激安になりそうなものですが、そうはいきません。
例えば一番リザーブがイランの国営石油会社(INOC:Iranian National Oil Company)が日本でガソリンを売りたいとしましょう。豊富な資源量を背景にジャブジャブにガソリンを供給して他メーカを圧倒する・・・というわけにはいかないのです。あたりまえですが。
何があたりまえか。基本的に石油製品は精製を行うと「全部一気に出来てくる」ため、「全部一気に売り切らなければ商売にならない」。つまりガソリンを売るために、他の製品(軽油、重油、エチレン、・・・)を全部売り切るための仕組みが最初からなければならないのですね。この「ドカッ」と出てきたものをほぼ全部一気通貫で売りさばいて商売にしなければならない、要は有機合成で反応の収率を最大化するのが反応の醍醐味のように、「商売の収率」を最大化したシステムが必要になります。これはあたりまえですが、筆者はこのサプライチェーンが石油産業の基礎のように思うのです。ちなみにガソリンも元々は灯油を売る際に出てきてた「ゴミ」だったわけで、それを使うように生まれてきた(生んだ?)のが自動車産業というのは周知の事実ですね。こういうようにサプライチェーンを創出してきた歴史もあるわけです。
生産地域によっても若干異なるが、設備を全部整えたとしても
赤枠のところの物品が全部ドカッと出来てくる 前回資料より引用
それが出来なければ、たとえば精製して出てくるナフサ(粗ガソリン)が30%とすると残りの70%はただの混ざりもんですので日本にガソリンを売るためにその70%は燃やすかゴミ同然の価格で売らなければならない、というとんでもないアホなことになってしまいます(・・・ということは、まず常識的に考えて有り得ないのですが、仮に万が一石油製品のシェアを20%だけでも「代替品」が発明されて奪い取ったとしたら、これら石油会社に結構な損害が発生することになるでしょう)。
もちろん売りさばくだけじゃ差別化できませんので、研究開発・精製技術や商品開発力はもちろん、国際的な契約に基づいた交渉力と紛争や揉め事に対応できる地力、リスク管理能力、法務力、そして統率力といったビジネスに必要な全てが要求されるわけです。これが本当の意味で現在出来る企業というのはおそらくこれら6社だけなのではないかと思います。
上で述べたリザーブの差に対し、お嬢様方(赤色)の精製能力は群を抜く
結局こうした数々の能力が重要な「関所」になり、大きな競争力の差となる
まとめると、「お嬢様方」が有している能力と武器とは下記のようになりますでしょうか。
・合成された各製品を一気につくり、売りさばける販売能力、ネットワーク、権力
・新商品を低コストで供給できる技術開発力・商品開発力
・技術的に高度でコスト性も適切、かつ安全に管理された原油生産・精製施設
・原油そのものを産油国から仕入れる契約構成力、交渉力と政治力
・政治安定性予見力、紛争リスク分析/判断力
・国の政治そのものすら動かしうる総合的なパワー
特にExxonMobilに関する著作「石油の帝国」では、同社が「契約」を神聖視し、政治・研究含めた徹底的なロビー活動と、極めて厳しい社内マネジメント体制を敷いていることが記載されています。もう一つの書物「石油の世紀」によると、初代ロックフェラーもその商売を遂行していく中で、商売のパートナーと「契約書の文面の一語一語を細やかに組み立てていた」という記述がありました。こうしたことから創業者ロックフェラー氏の厳しいビジネス道というものを、ある意味で最も正しく継承した企業だからこそ、今日も世界最大の石油企業として君臨しているのでしょう。同社を国家と考えると正に比類無き大帝国であり、100年以上世界のトップに在り続けていることになります。
最晩年のロックフェラーと、中興の祖 レイモンド・リー氏、
現在の総帥 レックス・ティラーソン氏(っょぃ)、現ロックフェラー家当主D. ロックフェラー氏
各写真はWikipediaとExxonMobilサイトより引用
ともかくこのビジネス形態を戦争に例えると「ものすごい大軍を一気に動かさなければならない」のと同値です。こうしたオペレーションを行うパワーについては特にExxonMobil, Shellは凄まじいものがあるようで、その統率力が根幹にある限り基本的な地力はそう簡単には落ちないとみてよいでしょう。
結論として、これらの馬力・収益性・将来への備え、全てを包括して100年近く基幹産業として存在し、ビジネスのかたちを自ら体現していること、そして化石燃料資源が無ければ「大の大人が泣き出す」ほどの重要性を持っておりそのニーズが今なお全く揺らいでいないからこそ、これら総合石油会社が世界の商売を統べていると言っても過言ではないのだと感じます。
なお産業の体質としては「古い」という印象をお持ちかもしれませんが、ただ古いだけでは殴り合いに勝てるわけもなく、様々な手を駆使して他社を出し抜き生き残ることが商売の本質だとしたら、その最も古くて新しい商売の現場は石油産業にこそあるのではないでしょうか。案外と、皆様の商売や研究そのものも、実はそうした「お嬢様方の手の平の上」で転がされているだけかもしれません。
それでは今回はこんなところで
関連書籍
[amazonjs asin=”480791295X” locale=”JP” title=”世界の化学企業: グローバル企業21社の強みを探る (科学のとびら)”][amazonjs asin=”4818822752″ locale=”JP” title=”戦後型企業集団の経営史―石油化学・石油からみた三菱の戦後”]