実験結果のばらつきや再現性のなさは誰もが経験をしたことがある”難題”。君たちの日々の実験に「品質保証」の基準を取り入れることで、解決できる可能性がある。これを知ってもらおうと奮闘している研究者がいる。
ネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)の出版している日本語の科学まとめ雑誌である「Natureダイジェスト」4月号から。
新年度が始まりました。本シリーズも7回目となりまして、Natureダイジェストから個人的に興味を持った記事をピックアップして紹介しています。過去の記事は関連記事を御覧ください。
品質保証ブームを巻き起こせ!
本記事の主役はミネソタ大学獣医学部の内分泌研究者Rebecca Davies。研究の傍ら科学研究の世界では聴き慣れない、「品質保証」に関するグループを率いています。
化学分野でもしばしば再現性に悩まされることがありますが、医学生物学分野はそれとは比較にならないほど悲惨な状況(関連記事:実験の再現性でお困りではありませんか?)。
「70%が再現できない」
と言われ、医学生物学論文分野の再現性、信頼性は近年問題視されています。記事ではこれらの問題は品質保証という考え方で改善できるといいいます。そもそも、確かに工業製品や医薬品には国際標準化機構(ISO)などの国際品質保証規格があるにも関わらず、科学研究にはないことが不思議です。本記事ではその品質保証の考え方と実施例について述べています。そのなかの1つ「実験ノートチェック」は以下のとおり。
- 指定日に、メンバー全員がくじ引きを引いて、誰がノートを監査するか決定
- 化学者たちは、自分に割り当てられたノートをみて、実験にあった対照検体が用いられているか、データの貯蔵場所が明記されているか、どの装置を使ってデータを生成したかチェック
- 前回のデータで指摘された問題点が適切に対処されているか確認
作業かかる時間は10分程度、実施は2,3週間に1回。企業などでは特許等の関係もあり、似たようなことをやっているのかもしれませんが、化学分野の研究者もやってみるといいのではないでしょうか。
それ以外にも科学の品質保証問題点および解決策や、品質保証を行うにあたる苦悩などが述べられています。
「マイクロプラスチック」がカキの生殖系に及ぼす影響
プラスチックの微粒子「マイクロプラスチック」を体内に取り込んだカキは、生殖能力が低下することが実証された。プラスチックによる海洋生態系の破壊について、懸念がますます高まる。
以前、ケムステでも取り上げた話題です。(関連記事:“マイクロプラスチック”が海をただよう その1 その2)。生活を変えた素材であり、いまでは私達の生活に欠かせないプラスチックですが、その小さな”かけら”(マイクロプラスチック*)が悪影響をもたらしています。海洋に漂うそのかけらの量は、
「2050年ごろまでに、その量は重量比で魚類よりも多くなる」
と驚愕な予想もされているほど。今回の記事はそれらマイクロプラスチックがカキの生殖系にも影響を及ぼしうることが指摘されています。
一方で、魚類や鳥類などの飲み込みによる物理的な悪影響は考えられますが、安定なプラスチックが化学的にどんな悪影響をおよぼすのか、疑問なところです。極論をいってしまえば、砂と同じようなものなので。我々の記事にも書きましたが、どうやら他のマイクロ物質に比べて、有害物質が吸着しやすいというのか答えなのでしょうか。何れにしても科学の問題なので科学で解決できるとよいですね。
*大きさが、5mmにみたないものをいう
遺伝子組換え作物の危険性を指摘する論文に不正疑惑
遺伝子組換え反対派のウェブサイトなどで広く引用されている論文数本に、不正な画像改変などが見つかる。そのうちの1本はすでに取り下げられた。
最近発覚した遺伝子組み換えならぬ、論文組み換え事件の詳細です。こういう話が多いのはちょっと暗くなりますね。多くの機関で科学倫理教育が必須になるだけでなく、多くの時間をさかなければならないようになってきています。大変重要なことですが、一部の輩のおかげで、貴重な時間を拘束されるのはあまりうれしくないです。科学には誠実さをもって対処しましょう。本記事は特別一般公開されているので、ウェブ上で無料で閲覧することができます。
その他の記事
その他にも、物理系の記事も豊富です。例えば、最近話題となったアインシュタインの予言である、「重力波を初めて直接検出した」、2万年かけて太陽のまわりを一周する巨大惑星に関する「太陽系に未知の巨大惑星発見」、有名なホーキング博士が直近で出版した論文に関する影響を語る「ホーキング博士の新論文に割れる物理学界」なども面白く読めました。
また、今回から「私」とNature というコーナーがつくられています。これは著者インタビューですが、科学的に重要な発見をした研究者に、歴史的な背景を加えて語ってもらうコーナーです。第一回目はカーボンナノチューブ発見者の飯島澄男氏(「その存在に気付いたのが、私だけだった理由」)。前編・後編にわけて、しっかりと背景をインタビューしているのでオススメです。
そして、今回の日本人著者へのインタビューは、名古屋大学の伊丹健一郎教授(ボトムアップ法が拓くナノカーボン科学の新局面)。半年前、筆者と一緒にインタビューされている(記事:「プログラム合成」で、究極の構造多様性を征服する)ため、今回で2回目。大変人気ですね。今回はナノグラフェン担当の伊藤講師、ナノリング担当の瀬川Erato伊丹ナノカーボンプロジェクトグループリーダーとともにインタビューに答えています。この記事も無料公開ですのでぜひ御覧ください。
より面白くなったNatureダイジェスト
今回は面白い記事がたくさんありすぎて、全部取り上げたいぐらいでした。しかし、今回ピップアップした記事は、科学の面白さに関する記事ではなく、科学の信頼性、危険性に関する記事。もちろん科学の素晴らしい結果をフォローしておくのも大事ですが、このような問題提起の記事を読むことも必要だと思います。
なぜなら、科学の性質上、問題提起があればそれを科学技術で解決できるから。良い意味で否定的に科学をみることを心がけたいですね。
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外部リンク
- Nature ダイジェスト | Nature Publishing Group
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