Tshozoです。Nature Nanotechnologyに個人的に非常に興味を覚えた論文があったので紹介いたします。
“Wafer-scale monodomain films of spontaneously aligned single-walled carbon nanotubes”
Junichiro Kono et al., Nature Nanotechnologydoi:10.1038/nnano.2016.44
“カーボン3兄弟”のうちここ10年来三男のグラフェンが非常に喧しいわけですが、そもそも”ナノテクHype”とも揶揄されるほどの研究活動の隆盛の端緒を拓いたのは長男のC60、そして次男のナノチューブです。今回そのナノチューブに関し、一見するとなんとも都合が良すぎるような結果が出たのでご紹介しましょう。
いつもの 今回は真ん中のナノチューブが主役
Nature Materials, VOL 6, MARCH 2007, “The rise of grphene” より引用
今回の要旨は
「簡単な方法で、極めて高い配向性を持つ横倒しに揃ったカーボンナノチューブのフィルムがウェハサイズで出来た」
ということです。要はこれ↓。
上段真ん中がFE-SEM画像、その右横がTEM画像で
バッキバキに高密度な横倒しCNTがほとんど1方向に並んで形成されている
ライス大学河野研究室 Xiawei He研究員のPh.D.論文より引用(こちら)
模擬的に描くとこんなかんじ
ボストン大学 Ramesh Jasti教授のページより引用
すげえですね。一体何がポイントだったのか、経緯を見ながら追っていきましょう。
これまでの経緯
カーボンナノチューブは上で示した図のように、グラフェンをクルンと巻き込んだ構造をとります。これは円形状ポリフェニレンポリマーとも言うべきものであり、かなり高強度が見込めるのと面白い特性を持つことから一方向にそろえるとか繊維にするとかいう試みが様々に続けられてきました。たとえば静岡大学 井上翼教授(研究室HP)の成果、
基板上に生やしたCNTが全部紡がれて出てくる 写真は井上教授のページより引用
(詳細な生やし方などはAixtron社のページを参照のこと)
ピーっと引っ張ると一方向に揃って撚糸みたいになって、「織れる」集合体CNTの出来上がり。実際これでかなり配向性の高い導電シートが作られています。垂直配向CNTというのは結構昔からCVD等で作られていますが、通常の組み合わせで普通に育てただけではこのように連続体にならないところ、まだまだ不思議なナゾがあるのではないかと思います。
このほかにも有名どころの初期のものではフロリダ大の成果、
分散させたCNT溶液を濾過して形成できるCNT集合体
こちらより引用
「和紙の紙漉き」の要領で完全自立のCNTフィルムが作れるわけですが、「一方向に揃った」「高密度な」構成のナノチューブ構造体は、なかなかマクロなものは得られておらず、2014年のOhらによる成果を待たねばなりませんでした。
糸のように見える1本ずつがCNTそのもの 結構揃ってるがまだまだ微妙なのがいる
(Oh, J. Y.et.al, “Easy Preparation of Self-Assembled High-Density Buckypaper with Enhanced
Mechanical Properties.” Nano Lett. 2014, 15 (1), 190-197.)
これは相当に濃厚なCNT溶液を一気に濾過するやり方でしたが、これによってもなかなか「カンペキ」にCNTが一方向に揃った構造は得られていませんでした。そこで今回上記の延長線上の非常に簡単なやりかたでついにそれを実現させたため(主に筆者の)注目を集めているわけです。
今回の成果のポイントと期待
ようやく本論です。今回のポイントは、原材料を除けば別に特別なCVD技術とかを使わずにヘタすりゃ数万円くらいの投資で上記の特性を持った半導体ウェハサイズのCNT構造体を創り上げたことにあります。要は、「ただ濾過するだけ」なのです。
用意するもの:厳選したCNT(放電)と、濾紙(ミリポア製)と、減圧ポンプと、石鹸(性格には分散剤)と、水
ただ、普通にやったんじゃ出来ない。そこで最も大きなポイントは、
「極めてゆっくり、しかも相当に薄い(<0.1wt%)分散剤濃度のもと、濾過する」
ということでした。
出来上がったフィルムとFE-SEM画像
上のものと比べると配向性は圧倒的
一体、なんでこんなにきれいに並ぶのでしょう。色々理由は論文中で述べられていましたが、これまでの論文と決定的に異なるのは分散剤が濃すぎてCNT同士がうまくパッキングできていなかったのを、出来るだけ分散しつつパッキングが両立する状態を実現したことのもようです。
そのため、今回出来上がったこのフィルムはある意味でCNT結晶とでも言えるインパクトを持っているのではないかと思いました。また「ゆっくり濾過」というのも重要で、アナロジーを考えると再結晶とかに近いモンじゃないかと思っています。つまり、CNTを結晶の構成要素と考えると、再結晶で高純度なものを作るようにゆっくり「析出」させることで、あるべきところにCNTがきちんと収まる、というような。
・・・という筆者の妄想はさておき、半導体用途に色々使えそうなのはもちろん、導電性フィルム(どうしても非透明になるため狭い用途にしか使えないかな/EMCなら使えるかも)、また多大な表面積と低い内部抵抗を利用した電気化学的なリアクタ用途に向いているのではないかという印象を受けます。そこらへん、更なる応用例が今後も出てくることでしょう。益々の成果を期待いたします。
今回メインで確認された光検出能を検証するデバイスの模式図
今回作った配向CNTシートと、垂直配向CNTを組み合わせて作っている
同じく Xiawei He研究員のPh.D.論文より引用
主筆著者のご紹介
本論文の主筆は河野淳一郎先生(研究室ページこちら)。東京大学物性研究所にて三浦登先生(現名誉教授)の薫陶を受けられたあと、米国で数々の大学で実績を積まれ現在ナノテクの総本家ライス大学で研究室を主催されている、まっことスーパーな教授でらっしゃいます。
右側から河野教授、 Weilu Gao修士、Xiawei He修士
ライス大学ニュースサイト より引用
なお今回の論文では共研先としてLANLの他、浙江大学もいます。そして共研者の半分近くが中国系の方々。当該Dissertationを拝見したのですが、非の打ちどころが無い完成度の高い内容。まったくこりゃお手上げだわいウーン、という感じ。日本の研究者が得意としていた捻ったアイデアや気づきのチカラについても今回のような結果がバシバシ出てきているあたり、レベルとその層の厚みにおいて差が開きつつあるという、危機感どころか悲壮感が漂い始めているというのは筆者の被害妄想によるものであると願いたいところです。
【以下は蛇足】
あちこちで言われていることではありますが最近の日本の研究機関の傾向を鑑みますと、研究者各位のレベルは決してヒケは取らないどころか分野によっては完全に上で、かつ信義レベルも一般的には高いと思います。戦略の不備を各位の光る才能と必死の努力でカバーしてるのが現状でしょう。
が、財政難や際立った官僚化、”Der Buchstabe toetet den Geist”を地で行く奇妙キテレツルール縛りのせいで全体的に地盤沈下をしている点が否めません。・・・そもそも日本の場合はどの組織でも徳川幕府化・旧日本陸軍化するという弁証法的なリクツにはどうにも勝てんのでしょうか。どこで見たか忘れましたが”Die Weltgeschichte ist das Weltgericht.” という言葉は正に金言であると感じる次第で。
そしてそれは要求される価値観が変わらない業界では有利にはたらくのでしょうけども、こと変化の激しい先端研究分野では重石にしかならない、と、最近の組織を見つつ暗澹たる気分になるのでした。まぁそれがイヤならてめぇで何とかしましょうか。筆者のような50歳代のじいさまでもきっと出来ることがあるでしょう。
それでは今回はこんなところで。