[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

光学迷彩をまとう海洋生物―その仕組みに迫る

[スポンサーリンク]

 

まずはこの動画をご覧ください。

これは熱帯~亜熱帯域に生息するサフィリナという生き物の映像です。美しい青色で光ったかと思えば、一瞬で姿を消したりします。あたかも光学迷彩を身にまとっているかのような、不思議な生物なのです(※ちなみに冒頭画像は光学迷彩のインパクトを我々に植え付けて止まない、『攻殻機動隊』の歴史的オープニングですね!)。

なぜこのような見え方をするのか?については、科学者にとって長年の謎でした。イスラエルのワイツマン研究所・Lia Addadiらによって、この仕組みにせまる研究が昨年のJ. Am. Chem. Soc.誌に報告されましたので、今回はこれについて紹介したいと思います。

“Structural Basis for the Brilliant Colors of the Sapphirinid Copepods”
Gur, D.; Leshem, B.; Pierantoni, M.; Farstey, V.; Oron, D.; Weiner, S.; Addadi, L. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 8408. DOI: 10.1021/jacs.5b05289

サフィリナについて

写真は冒頭論文より引用

写真は冒頭論文より引用

カイアシ類のサフィリナ(Sapphirina Copepod)は、熱帯・亜熱帯域の外洋表層(海面~300m水深)に生息する微小甲殻類(大きさはアリ程度)の一種です。“海のサファイア”との異名で呼ばれるのも納得の、美しい外見です。

サフィリナは、雄のみが動画のような光反射・透明化を示すことが知られています。回転しながら泳いできらきら光らせることで、雌にアピールしているんじゃないかと言われています。捕食者から逃れることにも一役買っていることでしょう。

これはサフィリナ自身が気合いで透明に変化しているわけでは無く(笑)、体を傾けたときに光の当たる角度が変わると、反射光の波長が変わるという特異な構造色に起因しています。さらに面白いことにこの色は、生息深度により異なることが知られています(浅水域では黄・橙・赤、深水域では青・紫となる)。

これまでの研究から、サフィリナの構造色には、皮殻内にあるグアニン結晶のハニカム状多層構造とその厚みが重要だろうと考えられてきました[1]。しかし色の違いや、入射角によって反射光の波長が大きく変わる現象については、うまい説明を与えるものとは言えませんでした。

サフィリナ皮殻のグアニジンハニカム(冒頭論文より引用)

サフィリナ皮殻に見られるグアニン結晶ハニカム多層構造(冒頭論文より引用)

結晶の厚みは重要じゃなかった!

Addadiらはなるべく生きたままに近い状態を観測すべく、独自の冷凍実験手法とCryo-SEM技術を組み合わせてサフィリナ皮殻の観測を行いました。色の異なるサフィリナをそれぞれ観測したところ、以下のことが分かりました。

  • グアニン結晶層の厚みは、どのサフィリナ種においてもほぼ同じ(約70nm)だった。
  • 各サフィリナ種で異なるのは、グアニン結晶層間に存在する細胞質の厚さ(50~200nm)であった。

「細胞質の厚みが異なる」という新たに得られた知見を加味して、反射光の波長シミュレーションを行ったところ、実測値・観測される構造色と大変良い一致を示すことが分かりました(このような特異な反射スペクトルには、グアニン結晶の複屈折性による反射光の強度減弱なども一役買っているのではとの考察がなされています)。またこの事実をして、実は細胞質をつくる代謝の違いで個別に色が調節されているのではないかとの示唆も得ています。

optical_camouflage_4

各サフィリナの反射光スペクトル、そのシミュレーション(Cy:細胞質の厚さ、Cr:結晶の厚さ)、細胞質の厚さが異なる様子を示すCryo-SEM像(冒頭論文より引用・改変)

 

また、サフィリナ背面から照射角度を変えて反射光のスペクトルを測定したところ、角度の増大に伴ってピーク波長が短波長側にずれていくことも分かりました。あるサフィリナについては、光の入射角が45°になると、反射光の極大波長が紫外領域に到達します。すなわち反射光が目に見えない波長になるため、透明に見えるのです。

optical_camouflage_5

入射角に応じた反射光スペクトルおよびサフィリナ外見の変化(冒頭論文より引用・改変)

 

この考え方を材料設計に応用することも、当然考えられます。どこまで大きいものを透明にできるのか、いくつかのパタンを組み合わせてカラーバリエーションを増やせないものか・・・などなど、興味は尽きないことでしょう。

一方で、六角形ハニカム構造の必要性と、それがどんな役割を果たしているかについては明言されていません。謎はまだまだ残されているようです。

終わりに

化学・工学は、「現象そのもの」よりも、それを結びつける「変化」とその「制御」にフォーカスした学問であるといえます。

ゆえに、目視で現象として把握しやすく興味を引きやすい「自然界の未知」を解き明かすというアプローチは、化学が扱う研究テーマにしにくい事情があるやも知れません。化学が市井の理解を得づらい背景には、実はそんな本質も寄与しているのではないかと思います。

しかし生命や自然の仕組みに学んだ後に、それを人間にとって役立つものに仕上げていく学際研究領域、すなわちBiomimetics Researchでは、化学・工学からの多大な貢献が望まれています。純粋興味からの入り口であっても、いずれは化学研究に繋がることは十二分にありえます。

このような長期目線からの大発見を戦略的に狙っていくには、基礎研究の灯を絶やさないことが何より重要といえるのではないでしょうか。

いつの日か、化学者の分子設計が生み出す光学迷彩技術の実現を夢見て、筆を置きたいと思います。

関連文献

  1. (a) Chae, J.; Nishida, S. Mar. Biol. 1994, 119, 205. (b) Chae, J.; Nishida, S. Mar. Ecol.: Prog. Ser. 1995, 119, 111. (c) Baar, Y.; Rosen, J.; Shashar, N. PLoS One 2014, 9, e86131. (d) Chae, J.; Nishida, S. J. Mar. Biol. Assoc. U. K. 1999, 79, 437. (e) Johnsen, S. Annu. Rev. Mar. Sci. 2014, 6, 369.
  2.  Chae, J. H.; Tsukamoto, K.; Nishida, S.; Ohwada, K. J. Crustacean Biol. 1996, 16, 20.

関連動画

関連書籍・商品

[amazonjs asin=”B00005EDM8″ locale=”JP” title=”GHOST IN THE SHELL~攻殻機動隊~ DVD”][amazonjs asin=”4254177410″ locale=”JP” title=”生物ナノフォトニクス―構造色入門 (シリーズ“生命機能”)”][amazonjs asin=”4621083708″ locale=”JP” title=”虫・コレ 自然がつくりだした色とデザイン”]

関連リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑨:トラックボ…
  2. 有機合成化学協会誌2019年1月号:大環状芳香族分子・多環性芳香…
  3. 徒然なるままにセンター試験を解いてみた(2018年版)
  4. 【追悼企画】鋭才有機合成化学者ーProf. David Gin
  5. ニッケル錯体触媒の電子構造を可視化
  6. 電気化学ことはじめ(2) 電位と電流密度
  7. Carl Boschの人生 その8
  8. 米国へ講演旅行へ行ってきました:Part IV

注目情報

ピックアップ記事

  1. うっかりドーピングの化学 -禁止薬物と該当医薬品-
  2. オキソニウムイオンからの最長の炭素酸素間結合
  3. TPAP(レイ・グリフィス)酸化 TPAP (Ley-Griffith)Oxidation
  4. 尿はハチ刺されに効くか 学研シリーズの回顧
  5. 鉄触媒での鈴木-宮浦クロスカップリングが実現!
  6. リベロマイシンA /Reveromycin A
  7. 【24卒 化学業界就活スタート講座 5月15日(日)Zoomウェビナー開催決定!】化学系学生のための就活×太陽ホールディングス
  8. 【ナード研究所】ユニークな合成技術~先端研究を裏支え!~
  9. 新元素、2度目の合成成功―理研が命名権獲得
  10. 有機合成化学協会誌2019年10月号:芳香族性・O-プロパルギルオキシム・塩メタセシス反応・架橋型人工核酸・環状ポリアリレン・1,3-双極子付加環化反応

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年3月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の開発

第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願い…

第57回有機金属若手の会 夏の学校

案内:今年度も、有機金属若手の会夏の学校を2泊3日の合宿形式で開催します。有機金…

高用量ビタミンB12がALSに治療効果を発揮する。しかし流通問題も。

2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン…

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー