年明けから怒涛のペースで紹介させていただいてすでに第20回目。今回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院医学研究科医学専攻 (上杉研究室) 博士後期課程4年の高屋潤一郎さんにお願いしました。これまで紹介してきたうちの数人と同様、先日のPacifichem2015の学生ポスター賞を受賞されており、今回の紹介に至りました。
研究室を主宰される上杉志成教授も、日夜研究に勤しむバイタリティーある大学院生である高屋さんに、今年からの海外留学を経て、さらに大きく成長してくれる期待を寄せているとのことです。
さて今回の研究ですが、ワサビの辛み成分受容体を活性化する小分子化合物を、「反応性化合物ライブラリ」から見つけ出したというものです。いつものように詳しい話を高屋さんに伺いましたので、続きをご覧ください!
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください
ワサビを食べたときに鼻がツーンとする感覚は、大抵の方が経験したことがあるのではないでしょうか。今回受賞対象となった研究は、その感覚を引き起こすワサビ*1のレセプターでもある、TRPA1チャネルを活性化する新しい化合物に関する研究です。この成果は最近、論文としても上梓いたしました。
Takaya, J., Mio, K., Shiraishi, T., Kurokawa, T., Otsuka, S., Mori, Y., Uesugi, M.
”A potent and site-selective agonist of TRPA1.”
J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 15859−15864. DOI: 10.1021/jacs.5b10162
Introduced as the JACS spotlights (DOI: 10.1021/jacs.5b13126)
この新しいTRPA1のアゴニストJT010 (1)は、約1,600個の反応性化合物で構成されたケミカルライブラリーから同定されました。
TRPA1のアゴニストは数多く報告されていますが、この化合物はある特定のシステインへの選択的修飾を介してチャネルを活性化する稀有なアゴニストであることが、ケミカルバイオロジー的手法を用いたメカニズム解析の中で明らかとなりました。本研究により、今まで不明瞭だったTRPA1の活性化が、ただ一つのシステインの修飾によることが示唆されたとともに、今後のチャネル解析に有用な新しい研究ツールを提供できたのではないかと考えております。
*1 正確には、辛み成分のAllyl isothiocyanate
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
もともと分子生物学を専攻していたこともあり、有機合成は上杉研究室に来てから初めて経験しました。そのため、作成した化合物にはすべて思い入れがあります。特に、ヒット化合物がタンパク質のどこに結合しているのかを示すためのツール作ったときは、どの部位に何を生やすかいろいろと悩んだ記憶があります。最終的に、シンプルなビオチン化誘導体JT010-B (2)を作成しましたが、狙い通り、TRPA1チャネルのビオチン化ができることが分かったときは、非常にうれしかったです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
TRPA1は、TRPチャネルの中でも特に多様な刺激を感受することができるチャネルです。極端な話、培地をピペッティングするだけで開いてしまいかねないチャネルのため、安定したデータを取れるようになるまでにかなりの時間がかかりました。
安定したデータがとれるようになったある日、今度はTRPA1が細胞でほとんど発現しなくなり、測定どころではなくなりました。原因を解明するには至らなかったのですが、どうやら細胞がマイコプラズマに感染していたようです。あくまで想像にすぎませんが、感染によって炎症性サイトカインやNOが生産され、TRPA1が常時活性化して細胞毒性が亢進していたのではないかと考えています。
結局、すべての生物試料を新品に入れ替えることで問題を解決しました。原因を究明することでSerendipityを得る場合もあるのでしょうが、時には一からやり直すことも必要であると学びました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
どんな形であれ、人の役に立つ“ユニークな”化合物を見つけていきたいと考えています。そのために、生理活性物質の同定・合成・展開から作用機序解析の手法まで、一貫した“知識”と“技術”を深めていくことが当面の目標です(すべてを自分でやるわけではないにしても、人との効率的な連携に知識は必須だと思います)。特に、もともと専門ではなかった有機合成化学を、もっと腰を据えて学ぶべきだと思っています。芸術的な天然物合成や、これまでにない反応開発を自分で行うのは難しいにしても、知識としての蓄えはこれからも積極的に行っていき、共同研究の可能性を常に探っていきたいと考えています。いずれ機会があれば、ユニークなテーマを持たせたケミカルライブラリーの構築にもチャレンジしたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
まず、最後までこの寄稿文に目を通していただきありがとうございます。
昨今、科学分野の壁がこれまでになく薄く、あるいは融合しつつあるように感じています。そんな中で、“ユニークさ”を備えた研究するためには、今まで以上にコラボレーションを推進していくことが大切だと考えています。
事実、ご紹介した研究は、多くの人とのコラボレーションで成り立っています。特に、森 泰生 先生(京都大学)、三尾 和弘 先生(産業技術総合研究所)を筆頭に、共同研究者の方々には大変お世話になりました。ここに感謝を述べたいと思います。
読者の方々に置かれましても、学会等でお目通りの際は、ご指導を賜りますようお願い申し上げます。
関連リンク
研究者の略歴
高屋 潤一郎
所属: 京都大学大学院医学研究科医学専攻 ケミカルバイオロジー分野 上杉研究室 博士後期課程4年
テーマ: 反応性化合物ライブラリを起点としたTRPA1の活性化メカニズム解析
略歴:1985年 神奈川県伊勢原市出身。2009年 茨城大学理学部卒業後、同大学大学院理学研究科に進学。2012年 茨城大学大学院理学研究科修了後、京都大学大学院医学研究科に進学。現在に至る。
受賞歴:2015年12月 Student Poster Competition Award at 2015 International Chemical Congress of Pacific Basin Societies (Pacifichem 2015)、2015年6月 新学術領域研究「天然物ケミカルバイオロジ-~分子標的と活性制御~」第7回若手研究者ワークショップ優秀発表者