第21回目となるスポットライトリサーチは、北海道大学 総合化学院 先端材料化学研究室 博士後期課程1年・ 大曲 駿さんにお願いしました。Pacifichem2015学生ポスター賞の受賞者の一人です。
長谷川研究室では「光る金属錯体」に興味を持ち、連綿と研究を継続されています。中でも大曲さん自身のテーマは、希土類元素が寄せ集まったクラスターの光特性を解明する研究。ディスプレイ、印刷、通信技術など、日常あらゆるところに顔を覗かせうる技術基盤になりえます。
研究室を主宰される長谷川靖哉 教授は大曲さんを次のように評しておられます。
大曲駿君は配属された学部4年生から一流の研究者を目指し、一生懸命に研究に取り組んでおります。彼は実験結果の報告をする際、いつも自ら考察することを忘れずに深いところまで踏み込んだ議論することができます。これから今まで以上に数多くの壁に直面するとは思いますが、大曲君ならきっと乗り越えられ、今まで以上に学術発展に貢献していけると確信しております。
教授の期待も大きい今後楽しみな研究者ですが、いつもどおり今回の受賞研究についてお話を伺ってみました。ご覧ください!
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
「サリチル酸メチル誘導体を用いた九核テルビウムクラスターにおけるエネルギー移動」です。
本来ならば光吸収能力に乏しく強発光化が難しい希土類ですが、錯体とすることで、光を効率的に吸収できる有機配位子からのエネルギー移動(PSEnT)を用いて強く発光させることができます。一方で、このエネルギー移動過程の逆である「逆エネルギー移動(BEnT)」は発光効率の低下を招きます(図1a)。希土類錯体の量子化学的計算は精度や所要時間の問題から難しく、配位子と希土類の関係は未だ完全に解明できていません。BEnTを抑制するためには、配位子と希土類間の関係を明らかにし、メカニズムを解明することが重要です。
本研究ではテルビウム(Tb)錯体において、実験的にBEnTのメカニズムの解明を試みました。その結果、これまでBEnTの影響については主に配位子の三重項励起状態(T1)とTbの励起状態のエネルギー差ΔEで説明されていましたが、系統的にBEnTの活性化障壁が最も重要であることが明らかとなりました。このことより、配位子と希土類間のエネルギー移動はエネルギーポテンシャル曲面を通してよく説明できることが分かりました(図1b)。
“Effective Photosensitized Energy Transfer of Nonanuclear Terbium Clusters using Methyl Salicylate Derivatives”
S. Omagari, T. Nakanishi, T. Seki, Y. Kitagawa, Y. Takahata, K. Fushimi, H. Ito, Y. Hasegawa, J. Phys. Chem. A, 2015, 119, 1943–1947. DOI: 10.1021/jp512892f
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
希土類錯体の中でもテルビウム(Tb)錯体は特にこの逆エネルギー移動(BEnT)が顕著であることが実験的に知られています。そのため、Tb錯体において高い発光量子収率(50%以上)を得るためには、少なくとも350 nm以下の短波長光で励起される配位子しか使用できないという本質的な制限があります。
本研究では、BEnTのメカニズム解明のために敢えてTb錯体においてBEnTが起こりやすいT1エネルギーを有する配位子を用いました。また、メチル基(-CH3)のみを用いることで、BEnTが進行する範囲内での微小なT1のエネルギー制御を実現するとともに、錯体の基本構造を同一にしました。これによって、直接的な比較ができるようにしているという点が工夫されています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究テーマにおいて難しい点は、異なる配位子を用いると希土類錯体の様々な性質が同時に変化してしまうため、単純比較ができないことが挙げられます。
これまでBEnTは配位子の三重項励起状態(T1)と希土類の励起状態のエネルギー差ΔEと、発光量子収率または発光寿命との関係で説明てきました。しかし、希土類錯体の量子収率や発光寿命は希土類周りの配位環境や、配位子の振動が影響するため、精密な比較ができません。すなわち、T1エネルギーの影響のみを検討する方法を編み出すのが最も難しい点でした。
私はそこで、9個のTbが酸素架橋されて強固な中心骨格を形成している希土類クラスター(九核テルビウムクラスター、図)を用いて、希土類中心の物性を固定し、Q2.でもある通りメチル基のみを用いることで配位子の構造を変え過ぎずに励起エネルギーのみを制御し、配位子間の単純比較を可能にしました。その結果、量子収率や発光寿命とエネルギー差ΔEよりも、BEnTの活性化エネルギーが正確にBEnTの影響を表せることを明らかにしました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は化学の基礎を成す研究を行い、化学や科学技術が発展するための礎を作ることを目指しています。私は工学系の研究室に所属しておりますが、私の研究の多くは「工学のための理学」となっています。
応用を可能にするのは基礎です。科学技術の発展に貢献するためにはその技術が必要とする基礎をまず作る必要があります。化学は様々な研究分野に細分化されていますし、中には非常にマニアックなものもあります。しかし、このようなマニアックなものを組み合わせて応用することで、様々な技術的ブレイクスルーが実際に起きてきました。
将来、社会に貢献できる応用・科学技術を念頭に置きながら、ブレイクスルーを生むための新しい基礎を作りたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
化学に限ったことではないかもしれませんが、私は沢山の知識を持つとともに、それらを整理して関連付けられることが非常に重要だと考えています。これは、実験結果を考察する上で必要になるだけではなく、追加実験を検討したり、新しい目標を立てたりするのにも役立ってきます。
研究者を志望する身として、私は日々できる限り多くの知識を蓄え、その度にその知識が私の中の化学の一部としてどのように他の知識と関連しているかを常に考え、整理するように心がけております。
関連リンク
研究者の略歴
大曲 駿(おおまがり しゅん)
所属:北海道大学 総合化学院 先端材料化学研究室 博士後期課程1年
テーマ:希土類クラスターにおける励起状態ダイナミクス
経歴:1991年東京生まれ。1998年にニューヨークに渡米、2006年に帰国。2010年4月に北海道大学工学部応用理工系学科に入学。2014年4月に北海道大学総合化学院(修士課程)に進学。2015年9月に修士課程を短期修了。同年10月から博士後期課程に進学し、現在に至る。